第4話 皇帝の死因

 エイドリアン達と別れた後、ララはゆっくりと道を歩き続けた。


 しばらく歩いてからララはマントのフードをとって、特徴ある青みがかった銀の髪を出した。

 髪は短くはなったが、ララと認識するには十分だった。


 やがて人々が遠巻きにララを認識し始め、騒ぎ始める。

 騒ぎを聞き、家から人が飛び出してくる姿も見えた。


「皇女さま! ララ皇女様!」

 誰かが最初にララの名前を呼んだ。ララは少しだけそっちを見たが何も応えずに歩き続ける。


 一人が名前を呼んだ後は、皆が心配そうにララに向かって口々に声をかけてくる。

 だが、ララは黙ってまっすぐ前を向き、人々を無視するように歩き続けた。


「ララ皇女! ご無事でよかったです!」

「ララ皇女様! ララ皇女様が戻ってこられた!」

「ララ皇女様! 大丈夫ですか?」


 ララはそんな声を聞きながら前に進んでいると、前から騎士たちが馬で走って来た。

「ララ皇女様!」

 その中にはララが見知った騎士もいた。


 ララは知った顔をみてホッとするのが自分でわかった。


「疲れたわ」

 ララが小さな声でそう言うと、騎士のひとりが馬を降り、その馬にララを乗せ、馬を引いて歩き出す。


 そうよね、一緒の馬に乗ることなんて普通しないわよね


 ララはそんなことを考えた。

 今、なぜそんなことを考えたのか、自分でも不思議だった。


 宮殿の門をくぐり宮殿に入ると、宮殿に勤める者達が戻ったララを見ようとララの傍に人が集まって来た。ララの姿を見て、皆涙を流しながら喜んでくれた。

 だが、ララには最初に確認する必要があった。


「お父様は!?」

 宮殿の建物に入ってすぐ、ララはそう叫んで皇帝の寝室に走った。そんなララを誰も止めずに、皆悲しそうな顔でララを見ている。


 ララは皇帝の寝室に入ったが、そこには誰もいなかった。

「お父様は? お父様はどこなの!?」

 近くに来た執事のエバンスに向かってララは怒鳴るように聞く。


「陛下は、神殿です」

 静かな声でエバンスが答えた。

 ララはまた走り出した。



 神殿には大量の花に埋もれるように棺が置かれていた。

 とても豪奢なその棺をみて、ララの身体が震える。

 そばで棺の番をしていた巫女たちがララに気付いて、神妙な顔になる。


 ララは一歩一歩震えながら足を出し、ゆっくりと棺に近づく。

 棺の前に来ると震える手をゆっくりと棺の上に乗せた。

 そしてその震える手で棺のふたにある窓の部分を開ける。


「うっ、おとうさま……ひっく、ひっく」

 ララの瞳から大粒の涙がこぼれた。


「ララ皇女!」

 聞きなれた声が聞こえ、ララが顔を上げた。


 マルタン公爵の息子、ジェームスだった。

 ジェームスはララに駆け寄るとララを抱きしめる。


「よかった、無事で!」

「ジェームスお兄様……」

 ララは不思議そうな顔になる。

 ジェームスのすぐ後ろにはマルタン公爵も居て、ララを優し気な目で見つめた。


「ララ皇女、本当に無事でよかった。あなたが行方不明になって、どれだけ捜したか」

 マルタン公爵はララに優しい視線を向けてそう言った。


 マルタンは先ほどララが開けた棺の窓から中を覗き、悲しそうな表情を浮かべた。それからゆっくり棺の窓を閉める。


「陛下は、皇女を助ける為に自害されました。次の世代につなげるためです。……立派な最後と言えるでしょう。ララ、我々は兄上の意志を受け継がなければいけない」

 マルタン公爵は悲しそうに涙を流しながらララに言う。


「叔父様、お父様はどうやって……」

「胸を剣で一突きだ。長くは苦しまなかっただろうと医者は言っていた」

「くっ……」

 ララは、我慢できず、声をあげて泣きじゃくった。



 ~~*~~


 ララは、メイド達の手で久しぶりに磨き上げられた。

 温かいお風呂も久しぶりで、ララは悲しみの気持ちを消せないながらも、少しだけホッとした気持ちになった。


 だが、落ち着いてくると、ララはまた不安になった。メイド達の中に元々ララに仕えていた者たちがいないのだ。


「ねぇ、リタやアンナは戻ってきてないの?」

 不安になって聞く。


「リタ殿は解雇になり、アンナ嬢は実家に戻りました」

 ララはそれを聞きほっとする。


 ちゃんとみんな逃げ延びて生きて戻っている事を知り、今はそれで充分だとそう思ったのだ。


 セイラやジュードも、私を守れなかったことで解雇されているかもしれないが、生きているだろう。生きてくれていればそれでいい。


 もう誰も死なせたくはない


 ララは強くそう思った。




 夕食は、マルタン公爵とその息子のジェームスと一緒に食べた。

 目の前の豪華な食事を見て、ララは何とも言えない気持ちになる。


 ケールでは、スープとパンを皆で分け合って食べていたのに。


「どうしたの、ララ?」

 ジェームスが心配そうにララを見た。

「食欲がないのかい?」


「え、ええ。なんだか、疲れていて」

「そりゃあ、疲れているだろうな」

 マルタンが心配そうに言う。


「今日は何も食べずに眠ります」

 そう言い、ララは席を立つ。


「送ろう」

 ジェームスが立ち上がろうとするのをララが止める。

「いえ! ……大丈夫。ひとりで部屋にもどれます」

「そうかい?」

「ええ、ありがとう。では、叔父様、お兄様、おやすみなさい」

 そう言い、ララは部屋に戻った。



 ~~*~~


「もう休みます。下がっていいわ」

 ララはそう言い、侍女とメイドを下がらせた。


 少し時間をおいてから、ララは部屋にある燭台に火をつけ、それを持ってベランダに出る。

 空には星が輝いているがちょうど月のある方向には雲があり、月は隠れていた。


 ララは、少し辺りを警戒するように確認してからベランダから屋敷の壁側に向く。それから壁に施されている美しい飾りの彫刻に触れた。確かめるように手を滑らせて、隠れている場所の突起に気付き、その突起を引っ張った。


 ゴゴゴ


 小さな低い音が鳴り、壁と床の境目が動いて下に続く階段が出てきた。


 ララは躊躇うことなくその階段を下り、庭に降り立つ。

 そしてララは素早く歩いて神殿に向かった。


 ララは父親の棺の前に来ると、手に持っている燭台を置き、棺の蓋を力を込めてずらしていく。かなり重いものだったがなんとかずらし、そこに眠っている父親を見つめた。


 お父さま……


 ララの目からまた涙が出てきた。


 一体、何が起きているのですか、お父様

 何故こんなことに


 ララはしばらくの間、涙を流しながら冷たい父親の頬に触れ、悲しみに浸った。しかしララは涙をぬぐうと、表情を変え父親の身体を調べ始めた。


 剣で自分を貫いたと言っていたけど、そんな傷はどこにもないわ

 やはり叔父様たちは嘘をついているのね


 ララはそんな事を考えながら父親の手を取り爪を見た。

 それから肌を確認する。


 毒ではないのかしら?


 ララは父親の口を開けさせて、口の中を確認してみた。


 口の中も荒れていない……

 毒を盛られたわけではなさそうね


 ララは近くにある精霊水の入った器で手を洗う。

 それからもう一度父親を見つめた。


 まるでお母さまの時と同じだわ

 あの時も外傷もなく毒物も痕跡もなく、突然死だと言っていた

 働き過ぎの人はそういう事があるのだと……

 そんな説明をされてお父様も納得されていたけれど…


 母の時の事を思い出しながら、ララは父親の胸元を整えようと手を伸ばした時、まだ濡れていた手から精霊水が父親の胸元に落ちた。


 じゅうう


 精霊水が音を立て煙を出したので、ララは驚いて手を引く。

 ララは父親の胸元を凝視するが、ほんの一瞬の事で、今は何もおかしなところはない。


 何? 今の?


 ララは驚いた顔で少し考える。そして精霊水の方に視線をやる。

 しばらく考えてからララは精霊水の所に行き、手を皿のようにして精霊水をすくって父親の所に戻ると、手にすくっている水を父親の胸にゆっくり落としてみた。


 じゅうじゅじゅじゅう


 ちょろちょろとララの手から精霊水が流れると、煙を出しながら音を立て精霊水が蒸発する。

 やがて、音と煙はしなくなった。


 ララは驚いて父親の胸のあたりに触れてみる。

 見た目は特に何ともないが、この現象にララは心当たりがあった。

 これは、魔石を浄化する時と同じような現象だった。


 どういう事?

 お父さまは、魔石か何かの影響をうけて亡くなったと言うの?


 ララは父親の顔を見つめ、顔に触れる。


「お父様、心配しないで。ララは必ず真相を調べて仇を討つわ」


 ララは名残惜しそうに涙目で父親の顔を見つめていたが、やがて父親から手を離し、深呼吸をすると父親の棺の蓋を閉めた。


 それから燭台を手にし、そっと神殿をでて部屋に戻る。



 ベッドに入った後、ララは眠れないでいた。


 どうして叔父様は嘘をついたの?

 剣で胸を一突きなんて……どうしてそんな嘘を?

 どうしてなの叔父様


 ララはそんな事を考えながら、ベッドでまた泣いていた。

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