第3話 エイドリアンの命はララのもの
帝都に隣接する郊外の街はそれなりに栄えていた。
通りには店が立ち並び、買い物客も多い。
ここは帝都に入る前にほとんどの旅人が立ち寄る街だ。
長く旅をしてきた者たちは、帝都に入る前にここで身だしなみを整えてから帝都に入る者が多い。
なので、旅人向けにそういった店も多く、帝都並みの店の数でなんでも揃えられる便利な街だった。
「止めて」
ララが声をかけた。
「どうしました?」
トムが馬を止めると、他の騎士たちも馬を止める。
「……あの奥の店で、ドレスを一式買ってきて。庶民が宮殿に呼ばれた時、あの店で一式そろえて来るの。安くてそれなりの商品が手に入る店で、お金に余裕のない貴族令嬢も結構利用していることで有名なの」
「わかりました」
トムはそう言い、他のふたりの護衛に行かせる。
エイドリアンが、馬をトムとララの方に寄せた。
「宿を探してくる、今夜は早めにこの辺りで泊まろう。宮殿までここから馬でまだあと3時間はかかる。明日暗いうちに出て皇女を宮殿近くまで送り届けるようにしよう」
エイドリアンはそう言い、馬を走らせた。
エイドリアンが見つけてきたのは大きな旅館だった。
商人や騎士、観光客、いろんな人が客として宿泊していて、いちいちエイドリアン達に目を止める人もいない。
大きな商人の娘と護衛という設定で宿屋に入った為、従者用の部屋がついている上流階級者用の部屋が用意された。
メイドに案内され、部屋に入るとすぐにエイドリアンが自然な仕草でララを椅子に座らせた。
「お食事は部屋に運びますね」
案内してくれた部屋付きのメイドが言う。メイドは窓の所に行ってカーテンを開ける。
「皇帝陛下が崩御されてすぐなので、今週はレストランでのイベントを中止しているんです。普段なら、踊り子が踊りを見せたり、楽しい見世物をやってるんですけど」
メイドはどこか寂しそうな笑みを見せて言った。
「ああ……そうだ、3日前でしたね、皇帝陛下が亡くなったのは」
トムが愛想のよい様子で言う。
「ええ、ララ皇女様もまだお帰りになっておられないのに、これからどうなるのか……」
「皇帝陛下はご病気だったのですか?」
「いえ、病気ではなかったのですが……実は、変な噂がながれているんです」
メイドの言葉に、ララを含めた全員がメイドの方を見た。
「噂とは?」
エイドリアンが訊く。
「なんか、自殺したとかいう噂です」
「自殺!?」
メイドの言葉に、ララは驚いて椅子から立ち上がり叫ぶ。
「お嬢様!」
エイドリアンがララの肩を持って、椅子に座らせる。
メイドは驚いた様子でララを見ている。
「すまないが、お嬢様に、お茶とお菓子を持ってきてくれ」
エイドリアンが柔らかく微笑みながら言うと、メイドは顔を赤くして「はい」と答えて部屋を出て行った。
「お父様が、自殺ってどういうこと!?」
ララが怒りをぶつけるようにエイドリアンに言う。
「落ち着けよ」
「あなたたちのせいよ!お父様が自殺したとしたら、あなたたちのせい!許さないから!」
ララは泣きながらエイドリアンに怒りをぶつけるように言った。
その夜、ララは全く眠れず、朝になるのが待ちきれない様子で一晩を過ごした。
まだ日が昇る前に一行は旅館を発つ準備を整えた。
「こんなに早く、発たれるのですか?」
驚いて宿の人間が声をかけてきた。
「ああ、お嬢様をはやく送り届けないといけなくてな。婚約者殿が待っているんだ」
そう言い、一行は宿を出て馬を走らせた。
空が明るくなってきた。ちらほら、人の気配を感じ始めた。
ララは馬に揺られながら、朝日に照らされる静かな帝都の街並みを見る。
あちこちに皇帝の崩御を示す、黒と白の旗が掲げられている。そしてそれぞれの玄関の前にも、その旗が貼られていた。
ララはそれを見て皇帝が死んだと言うのが事実であると実感し、涙がでる。
「ここでいいわ、降ろして」
ララが言う。
「ここからだと、1時間は歩く必要がありますよ?」
「かまわない。だって、あなたたちは逃げないといけないし、私は一人でも多くの人に姿を見せないといけない。だからここでいいわ。私はゆっくり歩いて帰るから、あなた達はここで引き返しなさい」
ララがそう言うと、トムがエイドリアンを見る。エイドリアンは頷いた。そしてエイドリアンは馬を降りると、ララをトムの馬から降ろしに行く。
「では、皇女、あなたが良い皇帝になることを祈ります」
ララを地面に降ろしながらエイドリアンが言う。
「ええ」
ララは地面に立ち、エイドリアンを睨むように言う。
「なるわ。そしてあなたの望むようにケールの人たちも幸せになれるようにします。でも、私が立派な皇帝になったとき、私はあなたを捕まえて、あなたに罪を償わせるわ」
ララは真剣な目で言う。
「それまでは、あなたはケールの人々を守らなければいけない。だから今は見逃してあげる。でもケールの人々にあなたの保護が必要なくなったその時、あなたの命を私がもらいます」
ララは目にたまる涙を拭う事もせず、エイドリアンを見つめている。
「よく覚えておいてください、エイドリアン=クルーゾン殿下」
エイドリアンはララを見つめ返し、そして小さく頷いた。
「ああ、もし君が賢帝となって、ケールの民も問題なく過ごせるようになったら、俺の命はあなたにあげると約束しよう」
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