第3話 エイドリアンが気になる!

 エイドリアンはララと顔がつきそうな近さでララに微笑みかけた。

 ララの心臓は高鳴り、ララはエイドリアンから目が離せなくなる。


 ララに見つめられたエイドリアンは、微笑みを消し、まるで何かを問いかけるような表情で顔を少し傾けた。

 そんなエイドリアンの表情を見て、ララの耳から全ての音が消えた。高鳴る自分の心臓の音さえも遠のき、まるで時間が止まったようにじっとララはエイドリアンを見つめる。


 呼吸さえも――

 止まってしまいそうだった。


「……」

 少ししてエイドリアンが視線を外した。


「あの……そろそろ離してくれるかな?」

 困ったような声を出すエイドリアンに、ララはハッと我に返える。


 エイドリアンは視線をララの手に向けている。

 つられてララも自分の手を見た。


 ―――!


 なんと、ララは無意識にエイドリアンの服をグッと力一杯握りしめていた事に、今、やっと気づいたのだ。

 ララはそのせいでエイドリアンが自分から離れられなかったのだと気付き、恥ずかしさで真っ赤になって慌てて手を離した。

「ご、ごめんなさいっ!」


 解放されたエイドリアンは、ララから体を離しベッドの横に立った。

「いや、まあ、別に良いんだけど…」

 何だかエイドリアンも少し照れているようだ。顔を隠すようにしてエイドリアンは、椅子に戻った。


 それを見てララは慌てて上半身を起こす。

「エイドリアン! あなたが寝ないと!」


「俺は良い。女の子のベッドを取るほど落ちぶれてないから。もう明かりを消すから、早く寝た方がいい」

 エイドリアンはそう言い、明かりを消す。


 ――もう、どっちにしても眠れそうにないしな


 エイドリアンが真っ赤な顔をしながら心の中でそう呟いたのをララは知る由もなかった。



 ~~*~~


 日が昇ると共に、ララ達は宿を出発する準備を終えて宿の玄関を出た。


 この街の警備隊のヤコブ達は、やっと解放される嬉しさを顔一杯に滲ませながら笑顔で見送ってくれている。


 ジュードは去り際、ヤコブ達が大きな欠伸をしているのを見逃さなかった。ジュードは、馬車の窓から様子を覗き見しているリタを見てニヤリと笑う。リタもジュードにニヤリと微笑み返した。


 リタはずっと起きてヤコブ達の相手をしていたらしい。

 いろいと愚痴を聞かせてみたり、眠たそうな者達にはお茶を出しては話しかけたりと、さりげなく、でも確実に、一晩中彼らを眠らせなかったのだ。


 彼らはきっと、もう今日は仕事にならないだろう。

 まあ、追ってくることも無さそうだが、念の為の対策だった。


 ララは、アンナを自分の横に座らせ、リタに横になるように言う。揺れる馬車の中で、リタは横になって眠った。


 走る馬車の中から少しだけカーテンを開け、ララは外を覗き見た。

 馬に乗るエイドリアンの姿が見える。


 エイドリアンが馬に乗る姿は美しかった。

 前を向いているので顔は良く見えないが、姿勢よく真っ直ぐ前を向いていてる姿はとてもさまになっている。


 ララは、エイドリアンの足元や、馬の手網を持つ腕、そして背中に首元などを、まるで美術品を鑑賞するかのように見つめた。


「何か見えますか?」

 突然横からアンナに声をかけられ、ララはビクンっとする。


「だ、大丈夫ですか??」

 アンナが逆に驚く。

「すみません、いきなり声を掛けてしまって」


「あ、いえ、大丈夫よ。ボーッとしてたから驚いただけ」

 ララは焦りながら言い訳し、カーデンを閉める。


「予定より早く進んでるみたいですね」

 アンナが言う。

「そうね、でも、休憩無しで大丈夫かしら」

 ララがそう言うと、アンナは頷いた。

「そうですね、昨日、騎士たちはみな殆ど眠れなかったようですしね」


 

 小さな農村の道をゆっくりと進んでいる時、ミドルバが奥まった場所に売り出し中の空き家を見つけた。

 ミドルバは、その家主の元を訪れ、一日だけそこで宿泊出来るように交渉すると、家主はとても快く承諾してくれた。

 

 今夜も大きな街のそれなりの宿舎に泊まる予定にしていたが、昨夜のように駐屯兵が来る可能性がある。しかし、こんな小さくて穏やかな村の民家であれば、目立つこともなく見つかりにくいだろうと言うミドルバの判断だった。

 


「可愛くて素敵な家ね」

 ララは家の中に入って言った。

「とても手入れが行き届いていますね」

 リタが家の中をチェックするように見て言う。


「私の実家もこんな感じなんですよ」

 セイラが家の中を眺めて、懐かしそうに言う。


「あら、そうなの?」

 ララは、アンナがララの為に引いた椅子に座りながら聞いた。


「はい。12歳の時に精霊力が高い事が分かって、ドルト共和国で教育を受けさせてもらう事になるまでは家族とこういう家で暮らしていたんです。今も、両親と兄弟はそこで農民をしていますよ」


「12歳でご両親と離れたの?」

 ララが少し驚いて聞いた。


「ええ、ドルト共和国の神聖学園の寮に入りましたから」

「それは、寂しかったでしょう?」

「そんなことはありませんよ。学校は楽しかったし、休みの度に実家に帰っていましたから」

 セイラはかかかと笑いながら言う。


「私が何故、高位の巫女ではなく、騎士の道を選んだか分かりますか?」

 セイラがララの方を見て言った。

 ララは首を傾けて分からないという顔をする。他の者達も自然とセイラの言葉を聞こうと、セイラに注目した。


「昔、うちの村が水害で農作物が全部だめになった時、ウィリアム皇帝とミラ皇后が支援物資を持ってきてくださったんです。その時、家とかも泥水かぶった状態だったから、皆、本当に汚い恰好だったんですよ。私や私の家族も泥だらけで…… でも陛下たちはそんな事を全然気にせずに、小さかった私を抱き上げて下さって、その上私にまで、何か困っている事はないか? って聞いてくださったんですよ。当時まだ5歳の私にです」

 そう言い、セイラはうっとりとした顔になる。


「本当に、なんて素晴らしい方たちだと思いました。それが忘れられなくて、それで学校を卒業する時に近衛隊への勧誘があったので。迷わずにこっちを選んだんです」

 セイラの話を聞き、ララ達の顔が自然と穏やかな顔になる。


「困っている事ないかと聞かれて、なんて答えたんだ?」

 ジュードが微笑みながら聞く。


「……私は、皆が疲れているのに休めなくて、大人の人たちが辛そうだから嫌だって言ったんだ」

 セイラの言葉を聞き、皆が感心したような表情になる。


「そしたらさ、陛下はすぐに宮廷の精霊使い達を呼んでくれて、あっという間に家とか道を綺麗にしてくれたんだ。それで、村の皆はすぐに植えられる野菜を植えて育てることが出来て、その後の暮らしも何とかなったんだよ。私は、雲の上の人だった陛下たちが、そんな風に、自分の話を聞いてくれるなんて思ってもなかったから、本当に嬉しかったんだ」


「セイラらしいな」

 ジュードが微笑んで言う。

 他の皆も少し照れた様子のセイラをみて微笑んだ。



 日が傾きかけた頃、この家の家主の夫婦が家を訪ねて来た。


 皆、一瞬警戒をしたが、彼らはこの村の村長だったようで、土地の料理を振る舞おうと村で採れた野菜や肉を持ってきてくれたのだった。

 村に住む他の人たちも、珍しい客に喜んでいるようで果物などを持ってきてくれて、夜は賑やかな食事になった。

 

「この家はね、住んでくれるならタダでもいいんだよ」

 村長は少し酔っているのか顔を赤くして言う。

「出来れば君たちのように若い人が来てくれたらと、家をいつもきれいにして待っているんだがなぁ。若い人達は街で暮らしたいと出て行ってしまうから……」

 村長が寂しそうにそう言うと、村の人が笑う。

「はは、また始まったよ。気にせんでくださいね旅の人! この人はいつもこうなんです」


「いや、農村から若者が減っているという話は最近よく聞きます。これは、国として考えなければいけない問題です」

 ミドルバが真面目な顔をして言った。


「みんなが農村を離れて誰も作らなくなったら、食料が足らなくなってしまいます! 農家の仕事はとても大切な仕事だと思います! ……という私も村を出てしまったから…… 大きな声では言えないんですけどね」

 セイラは最初は威勢よく言ったものの、最後には声が小さくなった。



~~*~~


「今日は、沢山いい話を聞けたわ」

 ララは寝る前に、ララの着替えを手伝うリタに言う。

「農村の事、私は全然知らなかったもの」

「そうですね、農村を訪れる機会もなかったですものね」

 リタは優しい声で言う。


「農村から若者が減っていると言う話を聞いて、何か出来ないかと考えてしまったわ。でもセイラのように優秀でやりたいと思う事がある人を農村に留めたくはないし、難しい問題なのよね、きっと」

「そうですねぇ」


「今はまだ、よい方策は浮かばなけど…… 私はいろいろと学んで、こんな風に帝国民の悩みを理解して対策を打てるような人間になりたいと思うわ」


 リタは、ララの言葉を聞き、嬉しそうに微笑みながら何度も頷いだ。



 次の朝ララたちは多めにお礼を置き、村長さんに感謝されながらその村を出発した。

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