第4話 観光都市ビッサ

 次にララ達が訪れたのは、とても活気のある観光都市ビッサだった。


 ビッサは気候が良く、大きな湖があるので観光地として栄えている皇家直轄領だ。エルドランドとの国境に面した場所なので、サルドバルドの人だけではなく、外国人も大勢休暇に訪れる活気溢れる都市だ。


 観光地の安全を守る為、この街の入り口では衛兵のチェックがある。

 ララ達はかなり緊張していたが、チェックは形だけで、伯爵家の紋章を見ると、馬車の中を窓から覗いただけで通してくれた。


 ここは貴族の別宅が多く、リンドル伯爵家の別宅もあるので、衛兵たちは伯爵令嬢が休暇を過ごしに来たとしか思わなかったようだ。


 無事、入り口のチェックをやり過ごした一行は、リンドル伯爵家の別宅に到着した。


「久しぶりね、爺や」

 アンナは出迎えに出た白髪の執事に笑顔で声をかけた。


 ここの執事は2年前まで帝都のリンドル伯爵邸に務めていた人物で、リンドル伯爵からとても信頼されている。

 2年前、リンドル伯爵は彼の年齢を考え、仕事の多い帝都の屋敷から、のんびりと過ごせるこの別荘に彼を移したのだが、彼はじっとしてられる性格ではなく、今はここで新人執事やメイドを教育し、一人前になったら帝都の屋敷に送るという教育係のような仕事をしていた。


「お世話になります」

 ララがそう言うと、執事はゆっくり深く頭を下げた。


「陛下、お待ちしておりました。陛下をお迎え出来た事は大変なほまれにございます。どうか、ご自分の家だと思ってお過ごし下さい」

「ありがとう」

 ララは微笑んで応えた。



 執事の指示で若いメイド達がお茶の準備をしてくれた。

 これほど高貴なお客様を迎えるのは初めてなのだろう。彼女たちはとても緊張しているようだ。

 準備に時間がかかっているが、一生懸命仕事をする彼女たちを、皆は微笑んで眺めながら彼女たちが軽食やお茶を並べ終わるのを待った。


 「美味しいわ」

 ララはお茶を一口飲んで言う。周りで控えているメイド達がララの一言でほっとしたのが分かった。


 ララの言葉が合図になって、皆がお茶と軽食に手を付け始めた。

 騎士達はお腹が空いていたのか、サンドウィッチに手を伸ばしている。


「検問、あっさり通れてよかったですね」

 トムがサンドウィッチをパクパク食べながら言った。

「普通はドルト共和国に行く時にこの街を通ることはないから、警戒していなかったのだろうな」

 ミドルバが答える。


「ここは皇室直轄領で、執行官は皇帝派筆頭のクロムウェル侯爵でいらっしゃいますから、マルタン公爵もここで何かを起こすのは難しいかと……」

 執事がトムのカップにお茶を注ぎながら言った。

 そして、お茶を注ぎ終わると執事はにっこりと微笑んで言う。

「申し訳ございません、出過ぎた事を申しました」


 そんな執事を見てアンナが微笑む。

「ありがとう、爺や。ところで、お願いしてた物は手配出来てるかしら」

 アンナが聞くと、執事は頷く。

「はい、なるべく新鮮な物を用意するために、今、買いに行かせています」


 アンナは、食料品など旅に必要なものを揃えておくように予め連絡していたのだ。

 この街を出ると、エルドランドとの国境にある森の中に入り、しばらくは森の中を進むことになる。だから、ここがサルドバルドでの最後の補給地点になるのだ。


「助かるわ」

 アンナは執事に微笑む。

「とんでも御座いません、久しぶりにお嬢様にお仕え出来て、爺は喜んでおりますよ」

 執事は心からそう思っているのだろう。本当に嬉しそうだ。


 ララは、微笑んでいる皆の顔を見た。

 みんなが、この寛げるひと時を楽しんでいるようだった。


 そして、その笑顔を見ていて、ララは急に怖くなった。


 ―もし自分が叔父様に負けてしまったら?


 自分がもしマルタン公爵に負けてしまったら、きっとリンドル家など、自分を助けてくれている家門はことごとく不遇な目に遭うことになるに違いないし、ケール自治区の人達の苦しみも今以上のものになるに違いない。


 身内の命さえ簡単に奪う公爵だ。

 失敗すれば、皆の命が奪われる可能性だってある。


 ―絶対に負けられない


 自分にどれほどの力があるのか分からない

 お母様のように強い力は無いかもしれない

 でも、もう悔しい思いはしたくない


 早く洗礼を受けて、皆を救う力を身につけたい


 ララは、強くそう思った。


「ララ様、どうしました?」

 リタが心配そうにララに声を掛けた。

 ララははっとする。

「あ、いえ、何でもないわ」

 

「部屋で休みますか?」

 アンナがララに声を掛ける。

「大丈夫、それより、散歩に行きたいわ」

 ララはアンナを見て言う。

「せっかくだし、観光したいもの」



 ~~*~~


 この街に初めて来た、ララとエイドリアン、そしてリタとトムの4人は、観光がてら街を歩くことになった。

 案内をリンドル家のメイドがしてくれ、数人のリンドル家に仕える騎士が分からないように警護もしてくれた。


「ここはビーチで、夏場は人で溢れます」

 キレイな砂浜に案内してくれたメイドがそう言った。ケイトという名前らしい。


 夏が終わったこの季節でも、ビーチには沢山の人が来ていた。

 皆、波打ち際まで歩いて行き、繰り返し近づいて来る波を見つめていたり、楽しそうに波から逃げたり追いかけたりして遊んでいる。


 ララ達も歩きにくい砂浜を海の方に向かって歩いた。

 不安定な砂の上を歩きながら、ララ達はすでに笑顔になっていた。


 波打ち際まで進み、メイドのケイトを含めた5人は並ぶように海にむかって立ち、海を眺めた。


 日が大分傾いてきているこの時間、太陽の光を受けて海はキラキラと輝いている。

 本当に綺麗だ


 心地よい音とともに、波が引き、そしてまたやってくる。

 ララ達の頬が自然と緩み、皆の顔が穏やかな顔になる。


 油断していたララの足元に大きな波が近づき、慌てて避けようと動いたララの体は傾いて転びかける。


「きゃ」

「危ない!」

 エイドリアンが慌ててララを支えた。


 それを見て、トムとリタが顔を見合わせた。

 エイドリアンは、ララと少し離れたところに立っていたのに、物凄い勢いで走ってララを支えたからだ。


「……頼りになる護衛騎士ですね」

 メイドのケイトも驚いて言う。ララの顔が赤くなった。


 エイドリアンは、ララを波打ち際から少し離れた所に引き戻し、その後自分の右肘を突き出した。

 ララはそれに気付き、そっとそこに手をかける。

 砂浜を歩いている時に、ララが何度かけそうになっているのを見ていたのだろう。

 ララはエイドリアンにエスコートされながら、歩き出した。


「あの辺にお土産屋さんが並んでいるので、見てみますか?」

 ケイトが振り返ってララを見て声をかける。ララは頷いた。


 ララとエイドリアンは腕を組んだまま土産物屋さんに入った。

 そして、自然とふたりで楽しそうに店を見て回り始める。


 その様子をトムとリタが何とも言えない顔で見ていた。


「こんなものが売り物になるのか……」

 並べられている貝の首飾りを見てエイドリアンが言った。


 それに答えたのはケイトだった。

「ええ、子供でも買える値段ですし、結構人気商品なんですよ。それに、これを作ってるのは孤児院の子供達なので、それを知っていて沢山買ってくれる貴族の方も居るのです」


「へえ」

 エイドリアンが感心したような声を出す。


「ただ恵んでもらうのではなく、仕事をして収入を得る事で子供たちも誇りをもてるので、とても良い取り組みなんですよ」


 ケイトの言葉にララが感心したように頷いた。

「お屋敷にどのぐらいの人がいるの? 皆にお礼にプレゼントしたいわ」

 ララがそう言うと、ケイトはとても嬉しそうに微笑んだ。


 ララとエイドリアンは貝の首飾りを店の人に包むように頼んだ後も、店内を見て回った。

 ララが綺麗な髪留めに目をとめた。螺鈿らでん細工の髪飾りだ。

 ララはエイドリアンから手を離し、それを手に取って見た。エイドリアンはララの手からその髪飾りを取ると、ララの髪につけて見た。

 それからエイドリアンは頷き、店主に買うと伝えた。


 トムとリタは、土産を見ているふりをしながら二人の様子を観察していて、ため息をついた。


 痩せこけた少年が3人、重そうな荷物を抱えて店に入って来た。

 エイドリアンの方に意識が言っていたトムは、3人の少年がすぐそばを通っている事に気付かず動いた。それで、少年のひとりとトムがぶつかってしまい、ぶつかった少年がふらついて転び荷物を下に落とした。


「あ! すまない!」

 トムが咄嗟に謝る。その瞬間にその少年の雇い主と思われる納品業者が飛んで来て転んだ少年を殴り叱った。

 「何をしている!」


 それを見てトムは驚いて固まった。近くにいたリタも固まる。


「荷物を落としやがって!」

 納品業者の男はそう言い、さらに少年に手をあげる。


 トムが驚いて止めに入ろうとして少年の方に近寄った時、少年の足に足枷が付いている事に気付いた。


 足枷!? あれは奴隷用の足枷だ!

 もしかして奴隷として売られた獣人族か!?


 トムは納品業者の男を睨み、そしてトムの手が自然と腰の剣の方に動いた。

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