第5話 彼らは帝国の民です

「やめてくれ、店先で!」


 土産店の主人が少年を殴る納品業者を見て大声で怒鳴った。

 その声で、店の中にいた客は全員、店主の方を見る。

 腰の剣にふれようとしていたトムの手も止まり、店主の方を見た。


「そんなところで子供を殴るな! 迷惑だ」

 店主は納品業者に向かって言う。声は先ほどと違い大きくはない。

「す、すいやせん。すぐに荷物運んで帰りやすんで」


 ララ達も店主が声を上げている相手の納品業者に気づきそっちを見る。

 丁度、少年がふらふらと立ち上がるところだった。納品業者の男は少年を睨み、目力で少年に荷物を抱えるよう圧をかける。

 少年はふらふらしながら荷物を持ちあげた。


 その様子を驚くようにみているララ達に、土産屋の主人が説明する。

「コタールの商人ですよ。私達から見たら気分の悪い話だが……あの国は奴隷制度が残っていて、ああやってまだ若い獣人族を酷使するんです」


 店の主人の言葉を聞き、エイドリアンの顔色が変わった。

 エイドリアンは納品業者の方を睨むと、足を一歩だす。


 それをララがエイドリアンの腕をがしっと掴んで止めた。

 エイドリアンはなぜとめるんだという表情でララを見る。


 ララはエイドリアンの方を見る事なく、納品業者の男に声をかける。

「ねぇ、そこのあなた!」

 

 ララに声を掛けられた男は、ララを見て揉み手でララの元に来た。

「何でございましょう? 貴族のお嬢様」


「あなた、何人の奴隷をもってるの?」

 ララは高飛車な様子で言う。

「今回連れて来てるのはこの3人ですが何か?」


「そう、悪いんだけど私疲れたの。屋敷まで連れて帰ってくれない?」

「は?」

 ララの言葉に男はキョトンとする。


「その奴隷に、私を屋敷まで運ばせなさい」

 ララは腕を組むと男に向かって高飛車にそう言った。


「えっ? いや、でも」

 納品業者の男はララの命令を聞き、戸惑っている。

「もちろんお礼は弾むはよ、すぐそこまでよ、良いでしょう?」

 ララは納品業者に対しあくまでも高飛車な態度で言う。

「はあ…… でも、運ぶってどうやって」

 納品業者の男は困ったような表情だ。


「あれよ」

 ララは彼らが荷物を乗せて来た物を指差す。

 長方形の板で、ある前と後ろに担ぎ上げる為の二本の棒が付いている。

「あれに私を乗せて、二人は私を運びなさい。それから残りの二人は私の買った物を持ってきなさい」

 ララはそう言った。

「え? 残りのふたりって……」

 納品業者の男は戸惑って聞く。

「あなたに決まっているでしょ? 私の友人に荷物を持たせるつもり?」

 ララは少し機嫌悪そうに言う。

「はあ、わかりました」

 商人の男は渋々承諾した。


「どうする気だ?」

 少年たちが荷台を準備している間に、エイドリアンがそっとララに聞く。

 ララは、エイドリアンの耳元で何かをささやく。


 少年たちの準備が終わりララの方にやって来る。

 ララはエイドリアンを見て、抱き上げて載せろとジェスチャーで示した。

 エイドリアンはため息をついてからララを荷台に乗せた。


 店の主人が気分悪そうに「ったく、貴族ってヤツは」と呟くのが聴こえたが無視する。


「あら、案外乗り心地いいわ」

 ララは、気分良さそうにそう言う。

「お前ら,落とすんじゃないぞ」

 商人はそう言い、屋敷に向かって出発した。


 エイドリアンは、歩きながらケイトに耳打ちする。ケイトは小さく頷き、少しララ達から離れ、離れて歩く体格の良い男二人の元に近づくと、何かを耳打ちする。

 男は達は頷くと、駆け足でその場を離れた。

 ケイトはその後また、ララ達の傍に戻った。


 ~~*~~


「こ、ここですか、お嬢様」

 納品業者の男は、着いた場所が名門リンドル伯爵家の別荘であると分かり、顔色を変えていた。


「そうよ、このまま中に入って」

 ララがそう言うと、おそるおそる彼らは門を抜けた。

 そして、彼らが門を抜けた瞬間に、門が閉じられた。

 納品業者の男と少年たちは急に門が閉じられた事に驚いている。


 ララはとんっと、荷台から降りると少年たちを見て聞いた。

「さてと、君たちは獣人族なの?」


 ララの突然に聞かれ、3人の少年は顔を見合わせ戸惑いすぐに返事が出来なかった。


 トムが低く小さな声を上げる。

「彼らの足には足枷が付いています」

 トムの言葉を聞き、皆が少年達の足元を見る。トムが少年の1人に近寄って、ズボンの裾を少し引っ張り上げた。


 そこには凶暴な罪人に付けるような拘束性の高い足枷が付いていた。

 それは、逃げようとしたり歯向かおうとした時に強力な電気を流し苦痛を与えさせるための道具だ。電流の強度は調整はできるが、強ければ失神するぐらいの電気を流せる。

 騎士の一人がそのことをララに説明した。


「我が国では使用を禁止されている物ね」

 そう言うとララは納品業者の男の方を見た。

「外しなさい、すぐに」


「なっ、これはっ……」

 納品業者の男が抗議の声を上げようとした瞬間、トムが鋭い視線を男に向け男のど元に剣を当てた。男が冷や汗をかいて黙る。


「外しなさい」

 ララはもう一度言った。


 喉元に剣を突き付けられ、商人は慌ててポケットから鍵を出した。

 リンドル家の騎士がそれを受け取り、青年達の足枷を順に外す。


 不安そうにしていた少年たちだったが、自分の足につけられた足枷が外されると、笑顔になり顔を見合わせた。


 納品業者の男が悔しそうな顔をする。

「こんなことは、理不尽です! 私はコタールの商人で、ちゃんと自国では奴隷を使う許可を得て手に入れた奴隷です! いくらサルドバルドの伯爵家の方と言えども、こんな事、許されないのではないですか!?」

 男が必死でまくし立てた。


「さっきの質問に答えて貰えていないので、もう一度聞くわ。あなたたちは、ケールの獣人族よね?」

「は、はい!」

 ララの言葉に、三人が少し元気になった様子で一斉に返事を返した。


「どうして、奴隷になってしまったの?」

 ララが優しい声で聴く。


 三人は顔を見合わせて、そして一人が代表で口を開いた。

「お,俺たちは三人で釣りに出ていた時に、獣人狩りに捕まって売られたんです!」


「この商人があなた達を買ったのね? 獣人狩りの連中から」

 ララは確認するように聞く。

「はい!」


「い、いや、まて、そんな、獣人狩りにあった子なんて知らなかった!」

 男は流石にまずいと思ったのか、慌てて獣人狩りから買った事を否定する。


「嘘です! 知ってて買ったのを俺たちは聞いてた!」

 少年の一人が勇気を振り絞って叫ぶ。ララが少年を見た。

 それから男の顔を睨んで聞く。

「いくらで買ったのかしら?」

 男が言い淀んでいると、少年の一人が叫ぶ。

「1人200リズだと言っていました!」


「そう……200リズね、随分やすいものね」

 ララはそう言い、冷や汗をかいている男の方を見る。


「いけません!」

 急にトムが叫んだ。ララを含め、みなが驚いてトムを見た。


「ララ陛下! この男に金を払って買い戻そうとお考えですよね!? ダメです! そんな、また金銭で売り買いされるなんて! 彼らは物ではありません!」

 トムは懇願するようにララに言った。


 ララはトムの言葉を聞き、驚いたように目をぱちくりさせる。


「何を言っているのトム?」

 ララはそう言いながら騎士が手に持っている足枷を自分で確認するために手に取る。


「……この子たちは私の民なのよ、なぜこの男にお金を払う必要が?」


 ララがそう言うとトムの顔がぱあっと明るくなり、嬉しそうにララに頭を下げる。


「へ、陛下? ララ陛下だと?」

 納入業者の男は、驚いてララの顔を見る。その顔は恐怖に怯える顔に変わっていた。


 ララは男の顔を見た。

「彼らは我が帝国の民です。だから当然返してもらいます。そしてあなたには我が民を虐待した罪を償ってもらうわ」


「虐待!? ちょっと待ってください、私はコタール人です。だから自国の法律に従っているまでです!」

 男は必死で訴える。


「何を言っているの? あなたは今、サルドバルドの領土に立っているのよ? わが国の領土で、我が国の民を奴隷として扱うなんて……認められるわけないでしょう?」

 ララは男を冷ややかに見て言う。


 それからララは手に取っていた足枷を少年の一人に差し出す。少年は不思議そうな顔をしながらも差し出された足枷を受け取った。

「その男に、この足枷を付けてあげなさい」

 ララは少年の方を見て言った。


「!」

 皆が想像もしてなかったララの言葉に驚き絶句した。


 納入業者の男は、ララの言葉に驚き、これはまずいと思ったのか、逃げ出そうとして後退る。しかしそれを見ていた騎士たちが男を捕まえた。


「や、やめてくれ、どうしてそんなことを!」

 抗議の声を上げて逃げ腰になっている男を、屈強な騎士たちが掴み、男の手足を抑えた。


 その様子を見て、少年のひとりが確認するようにララを見る。

 ララは少年に微笑んで頷いてみせた。


 ララの顔を見て、少年は意を決したような顔になり、足枷をもって男の前にかがんだ。

「お、おいっ! やめろ」

 騎士に抑えられ動けない男は叫ぶ。

 少年は、男の様子を伺いつつも、男の足に足枷をはめた。


「は、外してくれ! これは酷いです! 私は商人ですよ! 奴隷も正当な金額で買い取ったものだ! なぜ私がこんな目に!?」


 叫ぶ男を無視して、ララはその場に居る皆に言う。

「この男の値段は200リズよ。売りに出しなさい。売れるまでは牢にでも入れておくといいわ」

「そ、そんな!」


 男が悲痛な声を上げる中、ララ達は青年達を連れて屋敷の中に入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る