第6話 ララが帝位についたら……

「ったくあなたと言う人は……」

 ミドルバは呆れた顔で何があったかを聞いていた。

 ミドルバだけではない、ジュードやセイラ、アンナも呆れている。


「分かっているのですが? 我々は公爵に狙われているのですよ? せめて洗礼を受けるまでは目立つ行動は控えて頂かないと!」


「ごめんなさいミドルバ。でも腹が立って我慢できなかったのよ……」


「エイドリアン殿下もエイドリアン殿下です!」

 今度はアンナがエイドリアンを見て怒り始めた。


「このメンバーなら、ララ様を止められるのは殿下だけなのに! どうして黙ってたのですか!」

 アンナの剣幕にエイドリアンはばつが悪そうに眼を逸らす。


「まさか本当に、その男を売ったりはしないですよね?」

 ジュードが心配した顔で言う。


「信用ないわね、本当にそんな事するわけないじゃない! 帝国では人の売買は禁止しているんだから」

 ララは少し拗ねたように言う。


「ならどうされるんですか?」

 ミドルバが聞く。ララは少し考えてから答える。

「クロムウェル侯爵に後の処理はお願いするわ。禁止している物を持ち込んだと言う事で対象物を没収の上、適当な罰金でも払わせて国外退去……で、体裁を整えるってところかしら?」

 ミドルバがため息をつく。

「よかったです。問題は起きそうになくて」


「本当に信用無いのね。私だって、コタール王国と外交問題を起こすつもりはないわよ」

 ララはそう言い、少しほほを膨らませる。


 ミドルバはもう一度ため息をつき、少し諭すように話す。

「外交問題もそうですが、こんな所で問題を起こせば、マルタン公爵に居場所がバレます。このコースは今はマークされてませんが、警戒されることになると……」

「ミドルバさん! そんなにララ様を責めないでください!」

 トムが叫びミドルバの言葉を遮った。


「わ、私は、感謝しています! 本当に、嬉しかったんです! 俺たちにもちゃんと手を差し伸べてくれるという事が分かって!」

 トムはそう言って膝をつく。


「俺は、エイドリアン殿下の護衛騎士ですけど、これからはララ陛下のことも全力で守ります! 必ず、ララ陛下が正式に帝位につけるように、俺も全力を尽くします!」

 トムの目からは涙が流れている。

 皆トムのその姿を見て何も言えなくなった。



 少年達3人は伯爵家でお風呂に入れてもらい、傷の手当てを受けた後、ララ達の元にやって来た。


 3人はララとエイドリアンの正体を聞かされ、感動して涙を流す。その姿はさっきのトムのようだと、エイドリアンがからかうように言う。


「エイドリアン殿下、どうか私達を殿下の護衛騎士としてください」

 少年達はエイドリアンの前にひれ伏し懇願する。

「いや、もう俺は殿下ではない。頼むなら、ララ皇女……いや、陛下や陛下の護衛騎士団の団長のジュードに頼んだ方がいい」

 エイドリアンは落ち着いた声で少年達に言い聞かせた。


「いいんじゃないかしら? この子達の希望をかなえてあげれば……」

 ララが横からそう言った。エイドリアンが驚いてララを見る。


「丁度いい機会だわ、ケールの事で……今私が考えている事を皆に言っておこうと思います」

 ララはそう言うと視線をテーブルに降ろし、手に持っていたカップを置いた。

「これは、全てが落ち着いてから施行する話ではありますが……」

 そう言うと、ララは顔を上げた。

 皆、ララの方を見て、ララの次の言葉を待った。


 ララは、皆の顔を見まわしてから、話し出した。

「エイドリアンが以前言っていたように、今となってはケール王国を復興するのは難しいと、私は思っています」


 そう言い、ララはエイドリアンを見た。

「しかし、このままの状況を続けるのもよくありません」

 エイドリアンはララの言葉に頷いて見せる。


 ララはエイドリアンから視線を外し、ミドルバやジュードを見る。

「そこで、私が正式に帝位を継承した後、エイドリアンを……エイドリアン=クルーゾンを公爵に封じようと思います」


 ――――!

 全員が驚きで絶句してララを見つめた。


「そして、ケールを……現在のケール自治区をクルーゾン公爵領として与えようと思います」


 ララのこの言葉を聞き、トムやミドルバ、そして少年3人の顔がぱあっと明るくなる。

 エイドリアン自身は何を言われたのか分からないと言う風に困惑した顔をしていた。


 ララはエイドリアンの方を向くと、真っ直ぐにエイドリアンの瞳を見て訊く。

「どうですか、エイドリアン殿下。受けてくださいますか?」


 エイドリアンはまだ呆けた顔をしている。


「エイドリアン殿下、都合の良い事を言っている事は分かっています。こんなにケールの人たちを傷つけておきながら、今更と思うかもしれません。でも、どうか、未来の為に受けてくださいませんか?」

 ララはエイドリアンが断らない事を祈りながら言う。


 エイドリアンは目を瞑った。そしてゆっくり深呼吸して目を開ける。


「謹んでお受けいたします、陛下。きっと、我々ケールの民はララ陛下に忠誠を誓うことになるでしょう」


 エイドリアンがそう言うと、その場がわあっと明るくなった。

 アンナが執事に興奮しながらシャンパンを持ってくるように言い、全員でシャンパンで乾杯し飲んだ。



 お酒に慣れていないララはシャンパンを飲み、少し酔ったようだった。

 ララは酔った事を誰にも悟られたくなくて、こっそりテラスに出ると、柵にもたれかかって月を眺めた。

 今日の月は半月より少し膨らんだ月だ。晴れているので綺麗に明るい輝きを放っている。

 心地よい優しい風がララの短い髪をふんわりと揺らしていた。


 しばらくして、エイドリアンがララの元にやって来た。

「陛下、大丈夫か?飲みすぎたのか?」


 エイドリアンのその言葉に、ララはくすっと笑う。

「あんた、とは言わないの?」

 ララの言葉にエイドリアンはバツが悪そうに視線を逸らす。


「あなたには、ララと呼んで欲しいわ」

 ララはにっこりと微笑んで言う。

「……なら、俺の事も殿下や公爵をつけないでくれ」


「分かったわ」

 ララはそう言い、月を見上げた。

「月はどこで見ても変わらず美しいわね」


 ララの言葉に促されて、エイドリアンも空を見上げる。

「そうだな」


「なぜかしら、綺麗だと思って月を見ているとあなたが来る。初めて会った時…… あなた達が私を誘拐した夜も月がきれいな日だったし、ケールの隠れ家では毎日のように夜は一緒に月を見ていた…… それから、私を城に助けに来てくれた時も月の綺麗な夜だったわ」

 ララは楽しそうに話す。酔っているせいで気分がよさそうだ。


「どうしたんだ? 酔っているのか?」

 エイドリアンも楽しそうなララを見て微笑みながら言う。


「なぜだか分からないけど、私はあなたが傍にいると安心するみたいなの」

 突然のララの言葉にエイドリアンが驚きの表情になった。


「アーロンや、ジェームスと一緒に居る時とは全然違う……」

 ララは頭をふらふらさせながら呟いた。


 エイドリアンはララから目を逸らし、少し考える。

「そりゃあ、アーロン殿下はあんたの婚約者だろ? 俺と一緒にいるのと違うのは当たり前だ」

 エイドリアンは考えた末に、当たりさわりなさそうな事を言う。


 その言葉を聞き、ララはぶんぶんと首を大きく振った。

 反動で倒れそうにふらつくのをエイドリアンは支える。


「違うの、そうじゃないの。アーロンはね、優しいけど違うのよ。お兄さんみたいなの」

「……」

 ララの言葉にエイドリアンは何とも言えない表情になるが、エイドリアンの事などお構いなく、ララはしゃべり続けた。


「手にキスされてもドキドキしないし、フワフワしないの」

 エイドリアンの目が泳ぎ始める。

 ララはお酒が入るとよく喋るようになるタイプのようだ。


「そう言えば、アーロン殿下とはこうやって二人っきりになることもないわね。アーロン殿下はとても優しいから、いつも私とアンナを一緒に扱ってくれるけど、私に特別はないのよ」


 ララはエイドリアンの瞳を見つめる。

「でもエイドリアンは、こうやっていつも私だけに会いに来てくれる」


「ララ、みんなの所に戻ろうか? もう寝た方がいいんじゃないか?」

 エイドリアンはララの視線から逃げるように目を逸らしながら言う。


「ふふ」

 ララは機嫌の良さそうな様子でエイドリアンにもたれる。

「おい、大丈夫か?」

 エイドリアンはララを支えながら心配する。

「とっても気持ちよくて眠い……」

 そう言ってララは目を閉じると、本当にそのまま眠ってしまった。


 ―――――……

 エイドリアンはララを支えながら困った顔になった。



 ~~*~~


 ララは、朝、目が覚めた後、しばらくぼーっと天井を眺めた。


 あれ?どうやってベッドに入ったのかしら?

 ララは昨日の夜の記憶をたどる。


 ――――――――!


 ララは、昨日の夜の事を思い出し真っ青になって体を起こした。


 酔っ払っていたとはいえ、何とはしたない事を!

 しかも、婚約者のアーロンの消息も分からないこんな時に……


 ララは、もしかして自分は酷い女なのかもしれないと自己嫌悪に陥った。

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