第7話 国境を越えアーロンを探す

 獣人族の少年たち三人は、伯爵家に預ける事になった。

 仕事をしながら、その合間に騎士の訓練を受けさせ、勉強を教えて欲しいと執事にお願いすると、執事は快諾してくれた。


 ララ達は昼過ぎに伯爵家を立つことにした。


 見送りに出て、寂しそうな表情をしている少年たちに、エイドリアンが何か声を掛けている。

 エイドリアンに声をかけられ、少年たちは少し微笑みを見せた。


 今回、移動手段として準備したのは馬だけだった。

 馬車はここに残し、ここからは足の速い馬で移動する。


 しかし、ララとリタは単独で馬に乗るのは難しいため、それぞれ誰かに乗せてもらわなければならない。

 2人とも軽い乗馬ぐらいなら出来るが、精霊石を付けた馬で早駆けし続けるのは無理だからだ。


 ララはお世話になったメイドや執事にお礼を言いながら玄関を出ると、自然とエイドリアンの方に向かって歩いた。

 それを皆、黙って見ている。


 エイドリアンは、傍に来たララを当然のように抱き上げて馬に乗せ、それからエイドリアン自身も馬にまたがった。

 その様子を皆が動きを止め、黙って見つめる。


 自分が見られていることに気付き、ララが首をかしげた。

「どうかしたの?」


 ララのその言葉に皆はハッとして、動き始める。

「えーっと、では……わたくしはどういたしましょう?」

 リタがそう言うと、トムが手を上げリタを呼ぶ。

「わたしでよければどうぞ」

「ああ、すみません、こんなおばさんで申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 リタはそんな風に言い、トムと一緒に馬に跨った。



「それでは皆様、くれぐれもお気をつけ下さい」

 執事がそう言い、頭を下げると、玄関に出ていた使用人たちが一斉に頭を下げてララ達を見送った。



 ここから国境まで、精霊石を付けた馬なら2時間ほどで着ける。

 一行は安全の為、商人や旅人が通る道ではなく、整備されていない道を選んで駆けた。



 国境の警備の様子を前もって確認する目的もあり、国境の手前で休憩を取ることになった。ちょうど休憩に良さそうな小川があったので、そこで馬を止めた。

 ミドルバが騎士達を集め、国境の様子を探りに行く者を決める。

 どうやら、セイラとトムに決まったようで、二人がその場を離れた。


「ほとんど妨害を受ける事なくここまで来れましたね」

 アンナがハンカチを川の水につけ、それで顔を軽く拭きながら言う。

「そうですね。このコースを選んだのは正解だった」

 馬に川の水を飲ませながらジュードが言う。


「公爵の力には限界があるのだろうな」

 エイドリアンが2人の会話を聞いて言った。

「マルタン公爵はそれほど強い能力をもっているわけではないのだろう。だから魅了も近くに居る者にしか作用しないし、離れると短い時間で解けてしまうから、帝都の外には仲間を作りにくいんだろうな」


 エイドリアンがそう言うと、ミドルバが頷いた。

「確かに、マルタン公爵は婚外子という事もあって、王族ではあるが精霊力は弱いと言う話を聞いた事がある」


「その話は私も聞いたことがあります」

 ミドルバの言葉に、ジュードが頷く。


「母親譲りで能力が高くないせいで、宮殿の隅にある小さな宮に母親と住まわされ、従者も最低限で、教育もまともには受けさせてもらえていないと…、昔は社交界でそんな風に噂されていたのに、いつからかそんな噂は聞かなくなって、公爵位を賜って重臣となっている…と、そんな事を父が言っていましまね」


「魅了の能力のおかげだろうな。公式に記録されてない程の小さい能力だと思っていたが、結構役にたっているのだろう」

 ジュードの話を聞きミドルバが言った。


「……あまり気負う事もないのかもしれませんね。公爵の影響力は帝都の外までは及ばないのかも」

 リタが少し明るい声で言う。


「油断してはいけないわ」

 そう言ったのはララだった。

「マルタン公爵は頭のいい人よ、精霊力に頼らず彼はいろんなことをやり遂げてきた人だわ。油断は出来ない」

 ララの言葉に、全員が頷く。


「あの……」

 ずっと黙っていたアンナが小さな声を出した。ララ達がアンナの方を見る。

 アンナは何かを言いかけて止める。

「どうしたの?」

 ララが不思議そうに聞いた。

「あの……ずっと考えていたんですが、アーロン殿下は国境の辺りで襲われたんですよね?」

 アンナ言い難そうに小さな声で言う。

「ええ、マルタン公爵達はそう言っていたわ」

 ララが答える。

「では、エルドランドに入ったら、我々が襲撃を受けた温泉のある場所に行ってみませんか?」

 アンナはララの顔を見て言った。


「あの場所はアーロン殿下に教えて貰った場所です。きっとアーロン殿下もあの場所で一夜を明かそうとしたんじゃないかと思うんです。そして休んでる時に襲われたのではないかと……」

 アンナはそこまで言って、一度言葉を止めてそれから再び続けた。

「アーロン殿下を探したいです。私は殿下は生きていると……信じたい」


 皆が少し悲しい顔でアンナを見た。

 既にあれから何日も経っている。なのに何の連絡もなく、ララが放ったと言う聖獣も姿を現さない。


 アーロン王子が生きている可能性は極めて低いだろうと、皆がそう思っていた。


 だが、エイドリアンがそんなアンナをみて頷いて言った。

「ああ、そうしよう」



 しばらくしてセイラとトムが戻って来た。

 国境に特に兵士は配置されておらず、通常の配備だという事で皆を安心させた。


 念のため、人の通らない獣道から抜けれる場所があるという事で、検問は通らずにそちらの道を選択した。

 魔物の出るコースだという事で警戒はしたが、魔物になれているトムとエイドリアンの先導で、魔物を避けてエルドランドの領土に無事に入った。


 それから2時間ほど走り、温泉の湖のある、あの場所に着いた。

 アンナと、ララは馬を降りると、あたりを確認する。


 植物が密集していて陰になっている所に、兵士の死体が横たわっているのをアンナがみつけ、「きゃっ」と声を上げた。


 皆がそちらを向くと、アンナが手で口を覆い、真っ青になって震えながら立ち尽くしていた。


 リタ以外のみんながアンナの元に走る。ララはアンナの瞳の中に涙がにじんでいるのを見つけて、ハンカチを差し出した。

 アンナは、ララの方を見るが、出されたハンカチを受け取らずに、ララを見つめて震えている。


 ジュード、セイラ、トムが死体を確認した。それから、3人は他に誰かいないかを確認する為に、茂みの更に奥まで足を進めた。

 その様子をエイドリアンとミドルバが見つめている。


 ララはアンナの肩に優しく手をかけ、リタの横にまで移動させた。


 しばらく時間がたって、戻ってきたジュード達の顔色は悪かった。


「エルドランド王国の兵士の死体が奥にいくつも転がっている。腐敗の状況から、アーロン殿下と一緒に襲われた者達だと思う」

 ジュードがミドルバとエイドリアンに報告するように言う。


「アーロン殿下はいたか?」

 ミドルバが訊く。

「いえ、見た範囲では見当たりませんでした、セイラ、トムは?」

 ジュードがそう言うとセイラとトムが首を振った。


 ジュード達の様子を見て、アンナは身体を震わせ膝を落とした。

「アンナ!」

 ララが心配して声を駆ける。


 アンナは声を出さずに震えて泣いている。

 ララとリタはアンナの背中を一生懸命さすって慰める。


「ひっく、す、すみませ…… ララ様…… わたし、うう、すみません」

 アンナは謝りながら泣き続けた。

「アンナ……」

 ララはアンナの背中をやさしく撫ぜながら、アンナが震えているのは、死体を見たのがショックだったからだけではないのだなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る