第8話 アンナの思い

 辺りが暗くなってきたので、ララ達は少し場所を移して野営の準備をすることにした。

 リタが食事の準備を始めると、見やすいようにエイドリアンが明るい光を出してくれる。


「これは何? 随分明るいわ。炎ではないのね」

 ララが少し驚いて訊く。

「ああ…… これば電気だ。雷とかが光ってるあれだよ。怪我するほどでは無いけど、触れるとビリビリするから気をつけろ」

 エイドリアンが答えた。



 ララはアンナの元に温かい飲み物を持って行った。

 アンナは泣き止んではいたが、不安そうな表情で周りをキョロキョロと見ている。もしかしたら近くにアーロンがいるかもしれないと言う思いを捨てきれないのだろう。


 アンナは自分の方に近寄ってくるララの姿を見ると申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ありがとう…… ございます」

 アンナらしくない弱々しい声で礼を言い、カップを受け取る。

「アンナ、大丈夫よ、アーロンは無事よ」

 ララはそう言い、アンナの背中を撫ぜた。

「ララ様……」

 アンナはまた涙を流しはじめた。


 ララはアンナを見て気付いた。

 そして、今までの事を思い出しながら自分はなんて鈍感だったのかと情けなく思う。


 アンナは、アーロン殿下の事を……


 ララはこんなに近くにいた大切な人の気持ちさえ、自分は考える事なく過ごしてきてしまったのかと、アンナに申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


 アンナがアーロンを見る時の表情や、嬉しそうにアーロンと言葉を交わす2人の姿を思い出し、ララはどうして気が付かなかったのかと自分に腹を立てる。


 アーロン殿下の事も、わたしはアンナに対するアーロンを見て優しい人だと思っていたけど、彼のアンナを見るアレは……


 ララは、アーロンがアンナの手をとる姿や、花を渡す姿を思い出す。


 私は本当に鈍感で、子供だったのね


 ララは自分の事を情け無く思いため息をついた。



「誰だ!」

 突然ジュードが大声を上げ、剣を構えた。


 途端に、セイラとエイドリアンがララ達を庇える位置に移動し、トムがリタの元に移動した。そしてミドルバは剣を構えてジュードの横に立った。


 この騎士たちの動きにララは感心した。

 彼らはララ達が休んでいる間も、ちゃんと戦闘時の動きについて、相談し訓練をしている事が伺える。


「そちらこそ何者だ! ここで一体何をしている!」

 草木の生い茂っている向こう側から、男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 複数の人間の気配が、すこしずつこちらに近づいて来ている。


 辺りに緊張が走った。

 前方のジュード達は剣を持つ手に力が入り、いつでも戦える体制で鋭い視線を茂みの方に向け集中している。

 少し離れたところに居るララ達も茂みの方に意識を集中させた。


 アンナも泣き止み、セイラの横に並ぶように前に出ると、まだ濡れている瞳で茂みの方を睨み険しい顔で短剣を構える。リタもゆっくりララの方に近寄って、短剣を構えた。

 それを確認してトムが前方のジュードの方にゆっくり進む。


 茂みの中からは、落ちている小枝をパキンと踏む音や、カサカサと言う小さな音が聞こえて来る。その音はゆっくりとこちら側に移動して来て、何人かの人間がすぐ傍まで集まって来ているが分かった。


 エイドリアンがいつでも連れて逃げられるように、左手でララの腕を掴んだ。痛いぐらいにララの腕を掴んでいるエイドリアンの腕からララにも緊張が伝わる。


 人が動く音が止まり、しばらく沈黙が続いた。


 しばらくして再び相手側の男の声が沈黙を破って叫んだ。

「何者だ! 名乗らねば敵とみなすぞ!」


 エイドリアンがララの腕を放した。

「敵ではないのではないか? 敵や野盗なら、こんな態度は取らない」


 エイドリアンの言葉にミドルバ達も頷く。

 ミドルバが緊張しながら相手に向かって叫ぶ。

「我々は旅の者だ。お前たちは野盗ではないのか?」



「野盗? 我々は野盗ではない! エルドランドの騎士だ!」

 男の言葉を聞き、全員がほっとする。


「ア、アーロン殿下は一緒ですか?」

 叫んだのはアンナだった。エルドランドの騎士と聞き、声を上げずにいられなかったのだ。


「え?」

 女性の声に驚いたのか、ザザッという音を立てながら男達が茂みから飛び出てきた。

「なぜ、アーロン殿下の事を!?」

 男はそう言い、状況を確認するように見まわす。

「お前たちは何者……」

 と言う所で男がララの姿を確認した。


 !

 男は急に膝を折り、叫んだ。

「ララ皇女!」



~~*~~


 エルドランドの騎士団のリーダは、ゴルバスと名乗った。

 彼らはアーロンの消息を確認するために派遣された騎士団だったのだ。


 ゴルバスはララ達もアーロンを探していたと知ると、喜んで自分たちの野営地に案内し、そこで軽食を出すなどして歓待してくれた。


「ララ様が我らの王の在位20周年の宴席に出席してくださった時、私が護衛を担当させていただいていたのです。なので、お顔をよくわかっていました」

「そうでしたか、よく覚えていなくて申し訳けありません、ゴルバス卿」

「いえ、とんでもありません。こんな所にまで殿下を探しに来ていただけるなんて、ありがたい」

 事情を何も知らないゴルバスはララが自分たちが殿下の為に単身で探しに来たという事実に感激しているようだった。


 もしアーロンを襲ったのが、サルドバルド帝国の公爵だと知ったら、どう思うのかララは不安になる。


 今は、トラブルを避けるために黙っていよう。せめてアーロンの消息が分かるまでは余計な心配事を増やさないように……


 ララは、都合のよい言い訳だと苦笑するが、今夜はもう皆を休ませ、自分も休もうと、そう決意した。


 野営地といっても、エルドランドの騎士達はテントなどは張っていない。皆思い思いの所に毛布を引いて横になっていた。


 ララは女3人固まって寝るつもりだったが、ミドルバがとんでもない指示を出した。

 リタにはトムが付き、アンナにはミドルバが、ララにはエイドリアンが付いてそれぞれ少し離れて眠るようにと言うのだ。


 ミドルバは、敵襲があった時、それぞれの騎士が守る担当が明確になっている方が守りやすいのと、同じ場所で眠るっていると一気にやられてしまう可能性があるからと説明する。

 その上、ジュードとセイラは交代で見張りをするようにと言うのだ。


「エルドランドの騎士がこんなに居るのに、大丈夫なのでは?」

 ララが少し不服そうに言う。

「何があるか分かりませんから」

 と、ミドルバが小さな声で言った。

 ララは言われる通りにするしかなかった。


 エイドリアンは、ララの為に柔らかく平らな場所を探し、そこに毛布を敷いた。荷物の中から小さな袋を取り出しそれを枕の代わりに置く。


「こんな所で申し訳ありませんが、こちらでお休みください」

 エイドリアンは事務的な口調でそう言った。


 ララは少しドキドキしながら毛布の上に腰を下ろした。

 エイドリアンも腰の剣を外し腰を下ろす。そして剣はすぐに手にできるよう、真横に置いた。


 ララとエイドリアンはしばらく黙って座って周りを見ていた。

 眠りにつく者たちは徐々に眠りについているようで、小さないびきの音が聞こえて来る。

 しかし、警備担当の者はグループに分かれて起きていて、ひそひそ話す声も聞こえて来る。獣除けに何か所かに火が炊かれていて、その周りで休憩する者もいた。


 ララとエイドリアンは、ぼんやりとそんな騎士たちを眺めていた。


「眠れませんか?」

 エイドリアンがララを見て言う。


「あなたこそ、寝ないの?」

「あなたが眠ったら寝ますよ、なので、お休みください」

 エイドリアンが言う。


 ララは仕方ないと思い横になった。エイドリアンはそのままだ。

 ララは急に、昨日酔っ払った時の事を思い出し気になり始めた。


 エイドリアンは、あの時どう思っていたんだろうか?


 ふわっと毛布がララにかけられた。エイドリアンがかけてくれたのだ。

 ララはまだドキンとした。


 婚約者のアーロンが消息不明だと言うのに、自分は何を考えているのだろうと、ララは思った。そしてアンナの姿を思い出す。


 私は、感情が麻痺しているのだろうか?


 ララは自分が、婚約者のアーロンの事は好きだけど、愛していなかったんだと認識する。

 そして、アーロンも同じだったのだろうと考えた。恐らくアーロンはララの事を可愛い妹ぐらいにしか思っていなかったのだ。

 幼い私は、友達と恋人の区別もつかず、アーロンと恋をしているつもりだった。こんなものなんだと思っていた。

 

 もしかしたら、私と同じでアーロンも自分の気持ちに気が付いてなかったのかもしれないわね。何故、自分がアンナを婚約者と同じように扱ってしまうのか……気が付いてなかったのかも。


 ララは、いつもアーロンがアンナにもララと同じように花を贈ったりしていた事、ダンスを踊っていた事を思い出す。


 ララは大きくため息をつく。

 エイドリアンは少しララの方を見るが黙ってまた一番近い炎の方に視線を戻した。


 こんな状況で、アーロンの為に涙ひとつ浮かべない私はきっと酷い女。

 おまけに、私は、別の人にときめいているなんて、悪魔のような人間かもしれない。


 ララはまた自分が酷い人間のように思えてきた。

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