第9話 聖獣封じの石が導く場所
ララは自分が酷く嫌な人間のように感じた。
父の事にしてもそうだわ。
父が亡くなった後、泣き疲れるほど泣いた、でも何日も経っていないと言うのにララは喪に服すこともせず、こうやってここに居る。
自分の身を守るためとはいえ、ひどい娘だと、お父様は思っているかもしれない。……いえ、きっとそう思っているわ。
皆、大聖女の娘だと言って私に期待をしてくれているけど、私のような俗物がお母さまと同じなわけがない。
……ドルト共和国で洗礼を受けたとしても、精霊たちに祝福なんてしてもらえなかったら?
ララは不安になって、こころが押しつぶされそうになる。
「おい……大丈夫か?」
突然エイドリアンの声が聞こえて、ララはハッとする。
気付くと、エイドリアンが心配そうに顔を覗き込んでいた。
ララはいつの間にか、眠りについていて、眠りながら泣いていたようだった。エイドリアンもいつの間にかララの横で体を横たえていたようで肘をついて肩を上げ、ララの方を心配そうにのぞき込んでいた。
「な、なんでもないわ」
ララは慌てて涙をぬぐう。しかしボロボロ涙は止まらず流れてきた。
エイドリアンは驚いてララを見て、ハンカチで涙を拭いてやる。
「夢でも見たのか?」
エイドリアンが訊く。
「違うわ、目にゴミが入ったのよ」
ララは強がっていう。
「……」
エイドリアンはじっとララの目を見る。
ララは恥ずかしくなって目を逸らした。
「強がらなくていい、この一か月、いろんな事があったんだから」
エイドリアンが優しく言う。ララはエイドリアンに視線を戻した。
「父親が暗殺され、信頼していた親族に裏切られたと分かったんだ。あんたにとっては、辛かっただろう。それに婚約者もまだ消息がわからないしな」
エイドリアンの言葉にまたじわぁっとララの目が熱くなる。
「泣いてもいいぞ、あんたはよく頑張っている。泣きたいなら泣いていい」
ララはエイドリアンの優しい言葉を聞き、涙をぼろぼろ流し始める。
だが、ララは声を出さなかった。他の皆に泣いていることを悟られないように声を殺して泣く。
エイドリアンは、離れた場所で揺らめいている炎を見ながら、ララをなぐさめるように撫ぜた。
しばらく泣いた後、ララの涙は止まったようだ。
ぼんやりとしていたララだったが、しばらくして顔だけを動かし、エイドリアンの顔を見た。
エイドリアンもララの頭が動いたので、視線をララの顔に移す。
ふたりは黙って見つめ合う。
先に動いたのはエイドリアンの方だった。
ララの腕に置いていた手を滑らせるようにララの頬に移動させた。
それからララの青みがかったシルバーブロンドの髪に触れる。
エイドリアンはララの美しい髪が切られた事をずっと気にしていたのだ。
「すこし伸びてきたな」
低い声でそう言い、ララの髪を指先で弄ぶようにさわる。
ララの心臓がどくどくと爆発しそうに動き出す。
それは、エイドリアンの心臓も同じだった。
エイドリアンはララの目を見たまま、ララの後頭部に手を回した。
すこし驚いた顔でララはエイドリアンを見る。
その後エイドリアンは少し強い力でララの頭を自分の方に引き寄せてようとしたが、ララは緊張し思わず力を入れて離れようとする。
エイドリアンは逃げようとするララに不思議そうに問いかけるような目を向ける。ララは困惑した顔をし、視線を外し目を泳がせた後、上目遣いにエイドリアンの顔を見た。
ララの視線が自分に向いたことを確認したエイドリアンはララの頬に触れた。その時―――
ピカッ――!
突然、ララの胸が、物凄い光が放たれた。
驚いてふたりは離れ、体を起こす。
「おい、大丈夫か? なんなんだ、この光は??」
エイドリアンが心配そうに言う。
「わ、わからない」
ララも驚いて、自分の胸のあたりを見ている。
それからはっと気づいて、胸にかけている袋を取り出した。袋は青白い光を放っている。
「それは?」
まぶしそうにしながらエイドリアンが訊く。
異変に気付き、セイラとジュード、そして他の騎士達も走って来た。
「せ、聖獣封じの石よ。お母さまの聖獣を封じている石を持って来たの」
ララはそう言い、袋から石を取り出す。
青、緑の石のうち、光を放っているのは青の聖獣封じの石だった。
青い石は突然、ふんわりと宙に浮く。
皆、驚いて、一歩下がった。
「ララ、危険かもしれない、下がれ」
エイドリアンは剣を手にして言う。
「いえ、お母さまの使役獣が封じられている石よ、危険なわけないわ」
そう言い、ララが立ち上がると、青い石は青白く光りながらふんわりと浮いたまま動き出した。
皆が驚く中、ゆっくりと動き出す。
ララがゆっくりとその青い石を追うように歩き出すと、エイドリアンがララの腕を引っ張り後ろに下がらせ、自分が前を歩き出す。
そして、何人かの騎士たちも一緒について行った。
「どこに案内するつもりなんだ」
青い石はかなり険しい場所を移動した。皆、エイドリアンが精霊力で灯した明かりを頼りになんとかついて行っている。
ララも騎士たちにサポートされながらなんとかついて行っていた。
やがて青い石は崖の前で止まる。
「行き止まりだ、どういうことだ?」
騎士の一人が確認するように見まわしながら言った。
すると聖獣封じの石はふわっと高く上に浮き上がっていく。
皆は青い石を目で追う。
青い石は崖の中腹辺りで止まったと思うと、崖に吸い込まれるように消えた。
皆が、不思議そうに顔を見合わせた。
エイドリアンが明かりを増やし、エイドリアンを含む何人かの騎士が崖を登り始めた。
ララは下から崖を登るエイドリアンの姿を心配そうに目で追う。
青い石が消えたあたりで、突然エイドリアンの姿が消えた。同じように壁を登っていた他の騎士達も姿を消す。
どうやら、その場所に下からは見えにくい、横穴があるらしい。
上から騎士が下を覗き見て叫んだ。
「ア、アーロン殿下だ! アーロン殿下がいる!」
皆の顔が一斉に明るくなり、喜びの声が上がる。
「しかし、大怪我を負っていて……聖獣の子供が上に乗っていて離れない」
「!」
ララはその言葉を聞き、崖を登ろうとする。
「お、皇女様!」
慌てて騎士が止めた。
「危ないです!」
「私をアーロン殿下の元に連れて行ってください!」
ララが叫ぶ。
「ロープはないか?」
下のララの様子を見てエイドリアンが横の騎士に確認する。
「あ、持っています」
上に昇った騎士の二人が腰に付けたロープを外した。
エイドリアンは懐から小さな精霊石を出し、ロープに付け、ロープを下にたらした。
ララは垂らされたロープの先に作った輪っかに足を入れ、ロープをしっかりと掴む。
精霊石をつけたロープを上から引っ張ると、軽々とあまり揺れることなくララを横穴まで引き上げた。
上まで登ったララは、そこで横たわるアーロンを見て青くなる。
「アーロン殿下!」
ララはアーロンに走り寄った。
アーロンは右肩から斬られているようで、意識は無く真っ青だった。
アーロンのお腹の上に、以前見た時より更にひとまわり小さくなったチョビが乗っている。
「チョビ……」
ララはチョビに触れる。
”おそいよ……もう、僕、限界に近い”
ララが触れるとチョビは少し目を開けて会話をしてくれた。しかし、とても疲れている様子でほとんど動かない。
「ありがとうチョビ、アーロンを助けてくれて」
ララはそう言いながらチョビを優しく撫ぜる。
”この人間の命は今、僕が繋いでいるんだ。僕が離れると死んでしまう。だから、知らせることも動くことも出来なかったんだ、ごめんよララ”
「いいのよ、本当にありがとう、チョビ…もう少し頑張れる?このままドルト共和国まで運べば聖女クラスの精霊使いに治療をしてもらえるけど、ここから3日ぐらいかかるわ」
”……3日、しかも動かすって……無理だよ、もう僕眠くて……お腹もすいてるし”
「た、食べ物はすぐに何とかするわ」
”無理だぁ、ねえララ、それを起こしてよ”
「え?」
”ユニだよ、僕の呼びかけに答えて、ララをここまで連れてきてくれたんだから、起きかけているはず”
ララは下に落ちている青く光っている聖獣封じの石を手に取った。
「わ、分かったわ、やってみる」
そう言い、ララは念を込めてみる。
しかし、反応はない。
”ララ、そうじゃないよ、力一杯叫んでもだめ、そういう事じゃないんだ、語り掛けるんだよ、心を繋げるように”
「わ、わかった」
ララは聖獣封じの石を見つめ、祈る。
お願い力を貸てほしいの
まだ、洗礼を受けてない私で申し訳ないけど
お願いします!
ピカッ!
青い石が激しく光り出した。物凄い光だ。
そこにいた全員が目を閉じる。
凄まじい光の中に何かの形が現れた。
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