第2話 ララ、早速の危機乗り切る?

 部屋には緊張が走り、皆が黙ったまま、神経を研ぎ澄ましていた。


「どちらも、剣から手を離しなさい」


 ドアが開く音と共に、突然声がして、全員がばっと声の方を見た。

 ララがエイドリアンを後ろに従え、奥の部屋から出て来たのだ。


 ヤコブはララの短くても特徴のある青みがかった美しい銀髪シルバーブロンドの髪を見て息を飲んだ。

 そして、すぐに膝をつく。

「皇女ララ様……いえ、陛下!」


 ララはヤコブを睨むように見る。

「貴方は……わたくしが偽物だと?」

「い、いやぁ」


 ヤコブはが目の前に現れた事に驚いていた。ヤコブは数年前まで宮殿の警備を担当していて、ララの顔を何度か見る機会があった。

 ララの身体全体から滲み出る独特のオーラのようなものはとても偽物に出せるはずもなく……それは他人のオーラを感知できる精霊使いのヤコブでなくとも感じているに違いなかった。


 どこからみても本物のララ皇女じゃないか


 ヤコブは冷や汗をかきながら心中で呟く。

 そもそもヤコブは帝都からの命令など、本気にしていなかった。


 リンドル伯爵令嬢の動きが怪しい。

 皇女の偽物と行動を共にしている可能性がある。

 もし担当区域に立ち入った場合は、引き留めて調査するように。

 

 今朝、早便でそんな命令が帝都から送られてきた。

 帝都から近い街は警戒態勢をとるように言われ、張っていたところ、リンドル伯爵家の馬車が着いたと聞き、驚いて出張でばって来たのだ。

 しかし、ヤコブはリンドル伯爵令嬢がララ皇女の侍女であることも承知していたので、偽物など連れているはずがないと思っており、形だけ調べて報告すれば良いだろうと思っていたのだ。


 なのに、いきなり偽物ではなく本物が目の前に現れ、ヤコブはかなり驚き動揺していた。


「大変失礼いたしました。しかし、陛下は今喪に服しているはず。なぜここに?」

 ヤコブは恐縮しながらも、軍人の隊長らしく怯まずに聞く。


「そんなこと、……言わなくちゃいけないのかしら?」

 ララはにっこりと微笑みながらはっきりした口調で言う。


 それからララは腕を横に出した。

 真後ろのエイドリアンが、出されたララの腕をそっと自分の掌の上に乗せる。ララは斜め後ろのエイドリアンを笑顔で見つめ、エイドリアンも優しい笑顔をララに返した。


 それを見ていた皆は、絵になる2人のなんとも言えない甘い雰囲気に頬を赤くする。


「ヤコブ……と言ったかしら」

 ララはエイドリアンにもたれるようにしてヤコブに声をかける。

「貴方がたには申し訳ない事をしましたね。叔父様は過保護なの……」

 ララはにっこりとヤコブを見て言った。


 そんなララの完璧な微笑みをしばらくの間唖然とした顔でヤコブは眺めていたが、はっとして頭を掻く。


「そういう……ことですか。本来喪に服されているはずのあなた様がその……お気に入りの騎士と共に抜け出して旅行を……それを連れ戻す為に公爵が偽物という事で手配したと」

 ヤコブは事情は理解したとばかりに言う。


「あら? ふふ、どうなのかしら?」

 思い通り勘違いしてくれたヤコブに、ララは曖昧な返し方をする。


 悪戯っ子のように微笑むララに、ヤコブは目をぱちくりさせ、それから立ち上がり帰ろうとする。

「お騒がせし申し訳ありませんでした。我々はこれで引き揚げます」


「お待ちなさい」

 ララが声をかけて、帰ろうとするヤコブを呼び止めた。


「明日の朝、わたくしたちがここを出発するまでの間、ここで警護をして欲しいわ」

「は?」

 ララの言葉に、ヤコブが思わず驚き聞き返した。


「だって、私の従者達は疲れているから休ませたいもの。あなた達もここまで来たのに何も仕事がないのはつまらないでしょう? だから私が仕事をあげるわ」

「はあ……」

 ララの言葉に、ヤコブは何とも言えない返事を返す。

、ここで警護をおねがいね」

 そう言うとララは身を翻し、エイドリアンと部屋に戻って行った。


 残されたヤコブや、騎士たちは唖然としている。

 いや、ヤコブ達だけではなくアンナやセイラ達も唖然となっていた。


 なんてことだ……

 これは……もしかして……

 ララ様のいいところを邪魔した仕返か!?


 ヤコブはそんな事を考えながらまた頭を掻いた。



 ~~*~~


 部屋に戻りバタンと扉を閉めた途端、ララはその場に座り込んだ。


「大丈夫か?」

 エイドリアンが心配そうに言う。


「怖かった……」

 ララは涙目になる。

 今にも剣を交えそうな状況でピリピリしていた騎士たちの間に割って入ったのだ。怖さでララの心臓はバクバク言っていた。

 一歩間違えれば偽物だと言われ、戦闘状態になっていたかもしれない。

 それを考えるとララの足の震えは止まらない。


「よく……頑張ったな」

 エイドリアンが言う。

「だって、あなたがやれって言うから」

 興奮気味のララの声が少し大きかったので、エイドリアンは慌ててララの口を塞ぐ。

「ばか、声を落とせ、聞こえる」

 そう言いうと、いきなりエイドリアンはララを抱き上げ、ドアから離れたベッドに降ろした。

 エイドリアンに抱き上げられてララの顔が真っ赤になる。


「これで、朝までは新しい命令を受けることも、誰かにお伺いをたてることも出来ずにここに釘付けになる。今ので、偽物の件も嘘の情報だと認識してくれただろう」

 エイドリアンはベッドに座り、得意気に言う。

「それはそうかもしれないけど……なんだが、わたし、凄く酷い皇族みたいじゃない?」

「いいんじゃないか? どうせ貴族のイメージなんてそんなもんさ」

 エイドリアンは悪びれずにそう言った。


 コンコンとドアがノックされ、ララとエイドリアンはドキッとする。

 二人は顔を見合わせてから、エイドリアンが「はい」と返事をした。


「お食事をお持ちしました」

 メイドのようだ。

「どうぞ入って」

 今度はララが返事をする。


「お食事、こちらに準備しますね」

 宿のメイドがふたり、ドアを開けて入って来てそう言いうと、テーブルに料理を並べ始めた。

 その時、ヤコブがこっそりドアの隙間からララ達を覗き見る。そして小さな声で部下に、”ベットでいちゃいちゃしてる”と言ったのが聞こえた。 

 その声で、ララは自分たちがベッドに腰かけているのを思い出してハッとなり、真っ赤になった。



 ~~*~~


 食事の後片付けが終わった後、ララとエイドリアンはテーブルで向かい合って座りお茶を飲んでいた。

「あ」と、突然ララが青くなって声を出し、エイドリアンを見た。


「もしかして、今晩はここで一緒に過ごさないといけないの?」

「そういう事になるな」

 エイドリアンはララの質問に即答する。


 少し顔を赤らめ、なんとも言えない複雑そうな顔で何やら考えているララを見てエイドリアンは、フッと顔をほころばせる。

「心配するな、今の俺はあんたの護衛騎士だ。ここで寝ずの番をするよ」


 エイドリアンのその言葉を聞いたララがバッと顔をあげた。

「それはいけません! あなたは明日も馬に乗るのですよ? 私は馬車ですから、私が寝ずの番を致します!」


 真剣な表情でララが言う。エイドリアンは一瞬ポカンとした顔になり、それから表情がぱあっと明るい笑顔に変わった。

 心の底から微笑んでいるのがわかる素敵な明るい笑顔に、ララは思わず見惚れる。


「寝ずの番って……あんたがか? あんた、徹夜なんてした事ないだろう?」

 笑い声を殺すような仕草で可笑しそうに言うエイドリアンに、ララは頬を赤くする。


「な、何事にも初めてはあるでしょう?」

「いや、まあ、そうなんだけど、あんたはホント面白いな」

「お、面白い? し、失礼だわ」

 顔を赤くして照れながら怒るララをエイドリアンは可愛く思う。


「はは、いいから、ベッドで寝ればいい。あんたは一応陛下なんだから」

「い、一応って何? それに、あんたってなんですか、無礼だわ」

 怒って横を向くララ。

 その様子が無性に可愛くて、構いたくなるとエイドリアンは思った。


「これは失礼しました。、どうかお許しください」

 今度は物凄く丁寧にエイドリアンが言う。


 そしてエイドリアンは席を立って座るララの前に膝をついた。

「私も放浪生活が長く、口も随分悪くなってしまったようです。大変申し訳ございません」

 そう言い、エイドリアンは腕を差し出す。


「お許し頂けますか? 美しきサルドバルトの至宝」


 ララは、綺麗に整った顔が自分を見つめながら甘い声で言葉を囁くのを聞き、顔を真っ赤にする。


「美しき陛下、どうか私にあなたの美しい手をとる事をお許し頂けませんか?」

 エイドリアンは更に甘くララに向けて言う。


 ララはからかわれているのは分かっていたが、それでも慣れない扱いに顔を赤くして目を泳がせる。

「か、か、からかうのはいい加減にやめてくださいね」

 そう言いながらもララは出されたエイドリアンの手に自分の手を乗せた。


「ぶ、無礼は許しますので、も、もう、お休みなさいエイドリアン殿下」

 ララはそう言い手を引こうとしたが、エイドリアンが離さなかった。

「な、」

 ララが抗議の声を上げようとしたその時、エイドリアンはララの手の甲にキスをした。

 ────!


 ララは椅子に座っていたにも関わらず、頭がくるりんと回る感覚に襲われる。

 そして、そんなララをエイドリアンは急に抱きあげた。

 ────!


 ララは驚き、パニック状態で体に力が入らず、声も出せず、そのままベッドまで運ばれる。


 エイドリアンはベッドにララの頭を下ろす時、ララに衝撃が無いようにしっかりとララの頭を腕に抱えたままでゆっくりと下ろした。

 その時、ララとエイドリアンの顔がくっつきそうなぐらいに近付く。


 ララが、近付いたエイドリアンの長いまつ毛と黒い瞳に魅せられ思わず見惚れていると、エイドリアンがララの視線に気付き、その近さでララに微笑みかけた。


 ドキンッとララの心臓が高鳴り、ララはエイドリアンから目が離せなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る