第4章 皇女、戦う為に旅に出る
第1話 最初の目標、エルドランドへ出発
ララはエイドリアン、ミドルバ、ジュード、セイラ、トム、そしてアンナとリタと8人で最初の目標であるエルドランドに向けて出発した。
表向きは、リンドル伯爵令嬢一行の外遊という設定で出発したので、伯爵家の馬車にララとアンナとリタが乗っている。
一応、ララとリタがアンナの侍女という設定だ。
元ケールの騎士トムが馬車の御者となり、残りの騎士達は馬車を囲むように馬で随行していた。
どこから見ても貴族令嬢の外遊の馬車なので、中を覗くような者もいないし、移動中にララが見られる心配はなさそうだった。
ただ、精霊石で馬車を高速走行させるには公的な許可が必要になるため、今回は精霊石を使って高速で移動することが出来ない。
リンドル伯爵家の馬車が申請を出したと分かれば、公爵が警戒しない筈がないからだ。
そして、旅のコースも行き先を悟られないように工夫しているので、エルドランドに着くまでに時間がかかってしまうと言う問題があった。
サルドバルド帝国の首都からエルドランド王国の国境までは普通の旅人であれば5日かかる。そして国境を越えてからエルドランド王国の首都までは、そこから更に4日ぐらいかかってしまう計算になる。
だが、今はそんなに時間をかける余裕などない。
皇帝の喪に服すこの3か月の間で敵は必ず何かを仕掛けて来るだろう。
それに対抗する為に一刻も早く、ララに洗礼を受けさせる必要がある。
だからララ達は、馬車を使うのはサルドバルド帝国の領土内だけにする事にして、国境で馬車を捨て、その後は馬で移動する事にしている。
それによって国境を越えてからエルドランド王国の首都までにかかる工程を半分の2日に短縮できる予定だ。
リンドル邸を出発してから9時間程経って、ララ達一行は、一日目に宿泊予定の街に着いた。
今夜宿泊する予定の宿は、リンドル伯爵がよく利用する宿だ。
今は、その宿に向かって街の中ゆっくりと走っていた。
「もう少し先に進めないのですか?」
馬車の窓からララが顔を出し、ミドルバに言う。
ミドルバが答えかねていると、リタが代わりに口を開いた。
「ララ様、この街を出ると次に貴族令嬢が泊まれるような宿がある街に着くのが真夜中になります。貴族令嬢の馬車が無理をするなどしては、怪しまれます」
その言葉にアンナも同意し頷いた。
ララは、分かったわと、ため息つきながらも従った。
ララ達の乗る馬車は、その街で一番の宿泊施設の前で止まった。
宿に着くと、アンナを先頭にしてララとリタが歩いて宿に入った。そして護衛騎士達はアンナ達を囲むように歩く。
店のオーナーと思われる男が奥から出て来て、アンナに挨拶した。
そしてその後直ぐに部屋に案内される。
ララ達は特に怪しまれる事なく部屋に入れた。
部屋に案内してくれたメイドがドアを閉めて出て行った瞬間、皆がほっとして緊張を解いた。
部屋は最上階で、真ん中にリビングがあり、従者やメイドの部屋が続き間で用意された貴族用の特別室だった。
リタが貰ってきたお茶を皆に淹れてくれて、皆がほっと一息つく。
「食事は部屋でとると言ってあります。1時間ぐらいで運んで来てくれるそうです」
お茶菓子を差し出しながらリタが言う。
「ありがとう、リタ」
ララは微笑みながらお礼を言った。
皆がくつろいでいると、突然、ドアがノックされた。
コンコン
この音を聞き、一瞬で皆が緊張状態に戻る。
ララはさっと立ち上がり、アンナの後ろに控えるように立つ。
リタが確認するようにララの方を見る。
ララはリタを見て頷いた。
リタはドアの方にゆっくり歩いて行く。その間に、剣の鞘に手を置いているジュードが相手から見えない位置でリタの横に控えた。
「はい」
リタが小さく返事をしてドアを開けると、ドアの前に立っていた中年の男が頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。わたくしこの辺りの警備を担っている部隊の隊長をしているヤコブと申します」
自己紹介の内容に、皆の顔に緊張が走る。
「一体どのようなご用件でしょう?」
リタは落ち着いた声で答える。
さすがは長く宮殿で皇女付きを勤めてきただけあって、リタは動揺を一切顔には出さなかった。
「リンドル伯爵令嬢の身辺警護について帝都より命を受けております。中に入れていただけませんか?」
男は丁寧な口調でリタにそう言う。
リタが困った顔で「そうは言われましても」などとお茶を濁す対応をしている時、エイドリアンはララの腕を軽くつかんだ。ララが少し驚いてエイドリアンを見ると、エイドリアンはララの目を見てから、そのままララを続きの間に連れて行き、静かにドアを閉める。
ドアが閉じられたのを確認してからアンナが声を出す。
「リタ、かまわないわ、中に入っていただきなさい」
アンナの言葉を聞き、リタは男を中に招き入れた。
「お初にお目にかかります。わたくしこの辺りの警備隊長のヤコブと申します。リンドル伯爵令嬢におかれては長旅でお疲れかと存じますが、帝都から伯爵令嬢に同行し警護をするように命を受けました」
ヤコブという男は、アンナの前で膝を折ってそう言う。
「是非我が隊に御身を護衛をさせていただきたく」
護衛と言う名の監視だろう。アンナは冷たい視線をヤコブに向ける。
「……それは、どなたの手配かしら?」
「帝都の命と聞いております」
「見ず知らずの方からの行為を受けるわけにはいかないわ、ご心配頂かなくとも、私の護衛騎士たちで十分でしてよ」
アンナは貴族らしい微笑みでヤコブに言う。
「そう言うわけにはいきません。ご存じないかもしれませんが、ララ陛下の偽物が出没していることもあり、警戒が必要なのです」
「まあ! おほほほ、ララ様の偽物ですか?」
アンナは大きめの声で笑いながら言う。
「ああ、失礼。でもねえ、ヤコブ隊長とやら、ご存じかしら? わたくしは、長くララ様のおそばに仕えていたのですよ? 偽物がわたくしを騙せるわけなどないし、心配いりませんわ」
「それは……そうかもしれませんが」
ヤコブは一蹴されながらも、次の言葉を探しながら部屋の中の人をさりげなく確認している。
「ところで、リンドル伯爵令嬢、一体どちらに向かわれているのですか?」
ヤコブは視線をアンナに向けて尋ねた。
「ケール自治区ですわ。支援物資を届けるためです」
アンナはとりあえず嘘をつく。この街ならまだ南に位置するケールに行くと言っても不思議がられることは無い。
「令嬢はララ様の侍女をおやめになっていると聞きましたが……」
「ええ、よくご存じね。だから今は父の商売の手伝いをしていますの。ご存知でしょう?父のリンドル伯爵は商売人だと言う事を」
「ええ、まあ。リンドル商会の商品は沢山出回っていますからね」
ヤコブは一通り確認し終えたのか、まっすぐアンナを見る。
「大変申し訳ありませんが、他の部屋も確認させていただいても?」
「なぜですの?」
アンナは少し強い口調で言う。他のメンバーも顔を険しくした。
「なにか危険なものが置かれている可能性があります」
ヤコブは食い下がる。
「そんなものあるわけないでしょう、一体何をお調べになっているのかしら?」
アンナがさすがにイラついた声になった。
「大切な御身を守るためです、承知していただけませんか?」
ヤコブも引き下がらなかった。気が付くとヤコブの部下たちが廊下に並んでいて、部屋の中に入ってきそうな状況だ。
「お嬢様は嫌がっている、このままお引き取り下さい」
セイラがヤコブの前に出た。すると、ヤコブの部下たちも部屋の中に入って来てヤコブの前に出ようとする。しかしそれはヤコブが制した。
「我々も仕事なのですよ。お嬢様、ご理解いただけませんか?」
ヤコブはもう一度丁寧に言う。
「……」
アンナは動揺を悟られぬように、扇子を広げ口元を隠しつつヤコブを見つめる。
ヤコブは頭を下げた。
「おねがいします。我々は強制的に調査する権限をもらっていますが伯爵令嬢相手に手荒なことはしたくはありません」
その言葉に、ジュードとトムがリタの横に立ち、ミドルバがアンナの横に立つ。
ヤコブはそれを見て軽く自分の剣の鞘に手を置く。ヤコブの前に立つセイラも同じように剣の鞘に手を置いた。
「なぜ、それほどまで警戒なさるのですか?」
「そちらこそ、何故それほど神経を尖らせているのかしら?」
ジュードとトム、そしてミドルバの手も剣の鞘に触った。
部屋に緊張が走った。
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