第15話 涙の再会
アンナとリタは、先導するメイド達を追い抜き、笑顔で廊下を走ってくる。走るふたりの目には既に涙が溜まっていた。
ふたりはホールの奥に座るララの元まで走って来た。
「ララ様!」
アンナがララにしがみつくように抱きしめる。
「アンナ!」
ララもアンナを抱きしめ返した。
「ララ様、よかった、ご無事で……」
リタは抱きしめ合うララとアンナを見つめ、すぐそばで涙を流している。
「本当によかった。ララ様、どれだけ私が心配したか……」
アンナは顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら言う。
「私もあなた達の事が心配だったわ。アンナもリタもどこも怪我はしてない? 大丈夫だった?」
ララがアンナとリタを交互に見て言う。ララの瞳にも涙が光っていた。
「私たちは大丈夫です。ああ……本当に、女神アテラミカよ感謝します。皇女を守ってくださって、本当にありがとうございます」
リタは涙を流しながら女神アテラミカに感謝の言葉を言う。
セイラは再会を喜び合うララ達の様子を見ながら、自分の頬に流れる涙を指で弾く。
「予定よりも早く着いたな」
セイラは笑顔を向けて言う。
「ほとんど休まずに走って来たもの。馬には可哀そうだったけど」
アンナがようやくララを放し、セイラを見てそう言った。
アンナとリタの様子が落ち着くのを待っていたジュードが口を開く。
「ちょうど今、ララ皇女と我々の意識合わせをしていた所だ。ララ皇女もすでに、公爵の事には気付いておられて、お互いの知っている情報を交換した」
ジュードの言葉を聞き、アンナとリタが頷いた。
「アンナ、ありがとう」
ララが言った。突然の言葉にアンナは不思議そうにララを見た。
「私の為に伯爵に協力を頼んで、お屋敷までも提供してくれて」
ララがそう言うと、アンナはまた涙目になる。
「お礼なんて!皇家を助けるのは我々貴族の義務!当たり前の事です」
「いえ、今は公爵に睨まれるような事は避けたい日和見主義の貴族達がほとんどでしょう。そんな中で協力してくれるというのは、本当にありがたいです」
ララがそう言うと、アンナはララの手を握った。
「大丈夫ですわ! 我がリンドル家は皇帝の隠密なのですから!」
アンナは強い口調で言う。
「その通りですよ、陛下」
突然アンナの声に被せるような男の声がした。
ララとアンナは声の主の方を見る。
声の主はアンナの父、リンドル伯爵だった。
リンドルはララの方に近寄り、そして膝を落とした。
「ご安心ください、陛下。我々、リンドル伯爵家とその一族は、新皇帝であるララ様に忠誠を近い、先の皇帝に引き続きララ陛下の御代を支えてゆく事を……誓います」
「伯爵……ありがとうございます」
ララは感動したように、瞳を潤ませながらお礼を言った。
リンドルはそんなララに微笑みを返した後、立ち上がって皆の方を見た。
「あまり悠長に構えているわけにはいかない、公爵がこんなものをばらまき始めた」
リンドルはそう言い、ポスターのような紙をテーブルに数枚置いた。それをミドルバとジュードが掴み上げて内容を確認する。
「! ……なんと」
ミドルバが小さな声を上げた。セイラはジュードが手に持っている紙を覗き見る。
ララ皇女の偽物現る!!
騎士と共にララ皇女を語っている
詐欺師の女がいる。
本物のララ皇女は
ウィリアム皇帝の喪に服しながら
皇位継承の準備を行っている。
従って、街に出ることは無い。
ララ皇女を語るなど、不敬の極み。
街を歩いている者は偽物なので、
見かけたら直ちに通報するように。
但し、決して傷つけぬこと。
有効な情報を提供した者や、
捕まえた者には、
働きに応じ報奨金を支払う。
報奨金は決して少ない額ではない。
紙にはそんな事が書かれていた。
「なんて奴らだ! ララ様を捕まえようとこんな事を!」
皆が、マルタン公爵に対し怒りを覚え、顔を歪めた。
「とにかく、この3か月が勝負です。ララ陛下が神殿に籠っていると皆が思っているこの3か月の間に彼らは何らかの手を使って陛下から実権を奪おうと仕掛けて来るでしょう。無理やり婚姻させたり暗殺もあり得るかもしれない……」
リンドル公爵がそう言うと、ララの顔が急に暗くなる。
「……実はもう一つ、皆に伝えなければいけない事があります」
ララが暗い声でそう言うと、皆がララを見る。
「私の婚約者である、エルドランド王国の第二王子アーロン殿下ですが、……彼らに襲われ、亡くなった可能性が高いです」
―――!
ララの言葉に、皆が絶句した
「公爵たちがアーロンを襲うと言っていたので、慌ててお母さまの聖獣の一つを起こして助けに向かわせましたが、間に合わなかったようです。その夜、公爵の息子のジェームスが私の部屋に来て――」
そこまで言い、ぞくっとしララは言葉を止めた。後をセイラが続ける。
「ジェームスがララ様を襲おうとしていた所を巫女と私たちが助け出しました。間に合ってよかったです」
「そんな目にお会いになったのですか?」
リタはセイラの言葉を聞き、真っ青になって涙を流す。
「リタ、大丈夫よ。セイラ達のおかげで無事だったのだから」
「ララ様、リタはもう二度とララ様から離れません!」
「わたしもです、ララ様。二度とおひとりにはしません」
リタに続き、アンナも言った。
その様子を見ながら、リンドル伯爵は思考を止めず頷きながら言う。
「公爵は陛下の婚約者を暗殺して、自分達が陛下と姻戚関係を結んで権力を手にしようとしているという事ですね」
「それは目的を果たす為の過程のひとつでしょう……彼らは密かに自分より帝位継承順位の高い人を殺そうとしているようです。全員を殺した後、私を殺す気かもしれません。自分が帝位につけるように……」
ララがそう言うと、リンドル伯爵は頷いた。
「ありえますね。こちらも早く対抗する力をつける必要があります。その為には、まずララ様の洗礼を終わらせなければ」
リンドルがそう言うと皆が頷いた。
「それと、帝位継承権の上位者を保護しないといけません」
リンドルの言葉の後に続いて、ララが言った。
「公爵より継承権が上の方というと……」
リンドル伯爵は考える顔をする。ララも少し考える。
「二人いますね。でもふたりともこの国にはいません」
ララが言った。
「どこにいるのですか?」
ミドルバが訊いた。
「ひとりは、ドルト共和国ですね。聖職者として暮らしています」
「え? 聖職者?」
驚きの声をあげたのは、ケールの騎士たちだ。
「我が国は、血を大切にしていて、皇族の血が濃ければ外国籍でも継承権があります。現在、私の次は先帝の……おじい様の弟の息子であるロバート=フィックス枢機卿です」
「え? フィックス枢機卿? 枢機卿が皇位継承権第二位、いや、今はララ様が皇帝だから、皇位継承権第一位…なんですか?」
トムが驚きの声を上げる。
「はい。今わたくしが死ねば、彼が次の皇帝ですね」
ララが答えた。
「もしかして……その次はコタール王国の第一王子ヘンリー=ウォルターか?」
そう言ったのは、エイドリアンだった。
ララがエイドリアンの方を向く。
「ええ、よくご存じですね」
「昔、本人から聞いたことがある。冗談かと思っていたが……」
「ヘンリー殿下のお母さまである、コタール王国の皇后陛下はお父様の姉君なのよ。つまり私のおば様ね」
「ああ。確かそんなことを言っていたな」
エイドリアンが昔を思い出しながら言った。
「帝国では暗殺防止のため、皇位継承権の順位は基本的に口外禁止になっているんだけど……べらべら話すのはヘンリーらしいわね」
ララはそう言い、視線をリンドル伯爵に戻す。
「その次がマルタン公爵になるので、フィックス枢機卿とヘンリー、この二人を守る必要がありますね」
「そうですね、まずは、ドルト共和国に行き、卿に事情を話すと同時に、洗礼を受けましょう」
リンドル伯爵は頷いて言う。
「どうやって行くんだ?」
エイドリアンがリンドル伯爵を見て言う。
「向こうだって、ララ皇女がドルト共和国に行く事は分かっている。ここからの道々や、国境はきっと張られているだろう?」
「そうだな」
ミドルバがエイドリアンの言葉に同意して言う。
「大所帯で行くのも目立つだろうし、どうしたものか」
「わたくし、まずは、エルドランド王国に行きたいです」
ララが突然そう言ったので、皆がララを見る。
アンナが青い顔で頷く。
「アーロン殿下の件ですね……」
「ええ。アーロン殿下の事を、エルドランド王国の王と王妃に知らせて、謝らないと……」
そう言うララの瞳には強い意思を感じた。
ララの瞳を見て、これは止められないと、皆が思った。
「では、エルドランド王国からドルト共和国に向かいましょう。その方が安全でしょうし」
ミドルバはララの気持ちを汲んでそう言った。
「移動はなるべく人のいないところを通るべきだな。目立たないように」
ミドルバの言葉に続き、エイドリアンが言う。
「俺と、トム、それからミドルバ師匠とジュードとセイラ。この5人でララを連れて行こう」
「私も行きます!」
エイドリアンが言うメンバーの中に自分たちが入っていなかったので、リタとアンナが同時に叫んだ。
「いや、しかし」
エイドリアンが困った顔になって、確認するようにララの顔を見る。
「お願いです! 私達も連れて行って下さい!」
リタとアンナは必死な顔でララの顔を見て言った。
「アンナはともかく、リタは……今回はとても危ないのよ」
ララは少し申し訳なさそうに言う。
「お願いです! 足手まといにはなりませんから! 私はもう、二度と、二度とララ様から離れたくないんです!」
リタはララにすがって泣きながら懇願した。
ララは、リタの懇願には抗えなかった。
ララ達は結局、ララ、エイドリアン、ミドルバ、ジュード、セイラ、トム、そしてアンナとリタの8人で出発することになったのだった。
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