第12話 帝位への執着
サルドバルドがドルト共和国に宣戦布告したという言葉を聞いて、驚きのあまりララは意識が飛びそうになった。
ララは座っていた事もあり、なんとか周りに気付かれない程度で持ち直したが、リタは座っていながら体から力が抜けて目を閉じる。
ヘンリーとエイドリアンは言葉無く、驚きの表情で顔を見合わせ、アンナは不安そうにアーロンの手を掴んだ。
アーロンは横に座るアンナの肩を抱き、ミドルバ、ジュード、トム、セイラ、シークの5人は驚きながらも騎士らしく事態を見極めようと険しい顔になった。
「理由は?宣戦布告の理由は伝えてきていないのか!?」
いつもは落ち着いているロバートにも焦りの色が見える。
「そ、それが、皇女の奪還だと……」
ロバートの秘書官、ロナルドがちらっとララの方を見て言う。
「私の奪還!? 意味がわからないわ! 一体何が起きているの!?」
ララが青い顔で混乱したように言う。
「落ち着いてくださいララ様」
声をかけたのはミドルバだ。
「奴らは理由などなんでも良いのです。きっとララ様が洗礼を受けて聖女になった事に気が付いたのでしょう。それで、なにがなんでも帝位の継承を阻止する為に先に行動を起こしたのだと思います」
ミドルバは冷静に混乱状態のララを宥めようとする。
「だって、今更……あの人たちにとって皇位なんてなんの意味があるのよ。どうせ変な石を砕いたものを飲ませて自分の配下にするだけでしょう?皇帝であろうがなかろうが、関係ないじゃない!」
ララがイライラした感じで言う。
「マルタンにとっては皇帝という地位に意味があるんだ」
そう言ったのはエイドリアンだった。皆がエイドリアンを見る。
「コタールでアン王妃が言っていたじゃないか、本当はマルタンが第一王子だったんだって」
エイドリアンの言葉を聞き、ララはマルタンは母親の身分が低いせいで長男として生まれたのにそれを隠されて、第2王子として育てられたという話を思い出した。
「ああ……そうだな。そういうことか」
今度はヘンリーが納得したように呟く。
「そういうことか、とは?」
アーロンがヘンリーに聞いた。
「マルタンは、帝位に就くことに執着してるってことさ。強引ではあるけど、帝位にはちゃんとした手順で就かないと、あいつの中では意味がないんじゃないかな。だから暗黒の10年を作った男のように勝手に皇帝だと宣言したりはしないんだな」
ヘンリーがそう言うと、エイドリアンとロバートが納得したように頷く。そしてララも頷いた。
そうだ、それが全ての悲劇の発端だ。
ララは目を瞑って考える。
「なら、……私は絶対にマルタンに帝位を渡さないわ」
ララが目を開けてそう言うと、皆がララを見た。
「あ、あの、サルドバルドの軍隊は既に国境に集結していて、すぐにでも攻撃をしてきそうな状態なんですが……」
ロナルドが恐る恐るといった感じで言う。
「使役獣を持っている高位聖職者を数名、現地にすぐに向かわせて、相手を足止めさせてくれ、絶対にこちら側の領地に入れるな」
ロバートが言う。
「そ、それはもう、向かってますよ」
ロナルドは泣きそうな顔だ。
「なら大丈夫だ、心配するな。すぐには突破されないはずだ」
ロバートはすこしイラついたように言う。
「チョビ!」
少し考えていたララがチョビを呼んだ。
チョビが尻尾を振りながら喜んでララのほうに飛んで行く。
”なになに?”
「チョビ! 教皇様を連れてきて!」
”ええっ!?”
「え!?」
チョビとロバートの両方から声が響いた。
「ま、まさか、教皇様を聖獣の背中に乗せる気ですか??」
慌てるようにロバートが確認する。
「ええ」
ララはあっさり頷く。
”え~、や~だよ~、ユニに行かせればいいじゃん、ユニは馬なんだから”
図体が大きくなってもチョビはチョビだ。性格は変わらない。
「ユニには別の仕事があるのよ」
”え~”
渋り続けるチョビにララはため息をついて見せる。
「あ、そう? じぁあ、他のフェンリルにお願いしてみようかしら?」
”ええっ?”
「だってチョビ、私のお願い聞いてくれないんだもの」
そう言い、ララはぷくっとほっぺたを膨らませて見せる。
”わ、わかったよ~、行けば良いんでしょ? でも、僕は顔知らないよ”
「そか、そうね。誰か知ってる人を連れて行って。おじさま、誰がいいかしら?」
「ララ、本当に教皇様を? 教皇様はもう60を超えていらっしゃって、……結構なお年だよ?」
ロバートは不安そうに言う。
「きっと大丈夫よ、おじさま。女神のご加護がありますもの!」
”女神のご加護”と言われると、ロバートにも何も言えない。
「誰か教皇様の顔の分かる若い方をお願いします」
にっこりしてララがそう言うと、ロバートはロナルドの方に視線をやった。
「……」
ロバートとロナルドは見つめ合う。
「……え?」
ロナルドが悲壮な顔で自分を指さした。
選ばれたロナルドも可哀想なものだが、フェンリルに必死でしがみつく教皇様を想像し、みんなが気の毒そうな顔をした。
しかし、猶予が無い今、他に方法もなく……
すぐにチョビをすぐに迎えに行かせる事になった。
チョビを見送った後、ララはヘンリーを見た
「ヘンリー殿下、援軍を依頼して頂けますか?」
ララが言うと、既にヘンリーはシークを傍に呼んでいた。
「言われるまでも無い」
「ありがとう」
ララは笑顔でお礼を言い、次にアーロンを見る。
アーロンはララの言葉を待たずに言う。
「分かっているよ、すぐに援軍を出させよう。今ここに居る騎士団にもすぐに出撃準備をさせよう」
ララはアーロンの言葉に頷き、それから言う。
「アーロン殿下、現在ここに滞在するアーロン殿下の配下の者と、元マルタン公爵家の臣下達を率いて先発隊として出て頂けませんか? ドルトの国境警備隊と合流して国境に来ている兵を足止めして頂きたいのですが……」
アーロンはララの顔を見て頷く。
「ああ、かまわない。準備出来次第出よう」
「数が少ないし、危険な先発隊をお願いして申し訳ありません……」
ララは本当に申し訳なさそうに丁寧に言う。
「いや、私の配下の兵はいますぐ出発できるし、今考えられる布陣としては、まず私が時間を稼ぐために出るのがベストな選択だと思うよ。任せてくれ」
アーロンは少し微笑みながらララに言う。
「ありがとうございます。援軍の準備が整い次第、援軍をおくりますね。それと、今はまず、ユニを同行させます」
ララはそう言いながら浮いているユニに来るように手招きした。
「あちらの兵は恐らく魔石の粉末を飲まされている者たち。ユニが役に立つと思います」
「ああ、とても助かるよ。ありがとう、ララ」
アーロンにお礼を言われ、ララは微笑んだ。そしてユニの頭を撫ぜる。
「ユニ、お願いできるかしら」
”勿論です。わたしが瘴気など一気に吹き飛ばしてやりますよ”
「ありがとう、ユニ」
「ララ」
アンナに呼ばれて、ララはアンナの方を見た。
「ララ様、わたしもアーロン殿下に同行させてください」
アンナの言葉に皆が驚いてアンナを見る。
「アンナ、何を言っているんだ、行くのは最前線だ!とても危険だぞ!」
そう言ったのはセイラだった。心配で声を上げずにいられなかったのだ。
「アンナ、セイラの言う通りよ。とても危険な場所なの。私はあなたに行かないで欲しいわ」
ララはアンナに優しく言う。
「いえ、私は剣も使えますし、万が一の時の為に武道の訓練も受けています。だからお願いします、行かせてください」
アンナが強い意思を持って言う。
ララとアーロンは困ったように顔を見合わせた。
「お願い、ララ、もう二度とあんな思いはしたくないの」
アンナは懇願するように必死な目をララに向けて言う。
ララはアンナの瞳を見つめた。
そしてその瞳の中にあるアンナの強い意思を見て、ため息をつく。
それからララは決心のついた表情でアーロンを見た。
「アーロン殿下、アンナを預けて良いですか?」
ララがそう言うと、アンナの顔がぱあっと明るくなった。
アーロンはアンナの方を数秒みてから、ララの方を見て頷く。
「……はい! 必ずお守りします」
アーロンも力強くそう答えた。
アーロン達の部隊は最小限の準備だけを行い、わずか1時間後に最前線に向かって出発した。
その後、チョビが教皇を連れて戻って来たのは、わずか4時間後のことだった。
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