第16話 宮殿へ
マルタンは危険な前線には自分と繋がりが薄い者を配置したようだ。
前線に配置されていた戦士に聞くと、出撃前、全員に精力剤と称した薬が配られそれを飲んだらしい。中には見た目が気持ち悪い為、飲まなかった者も結構いたようだが、とくに咎められる事は無かったようだ。
彼らは、”神殿で祈っていたララがドルトの聖職者達によって攫われた”と、マルタンから涙ながらに聞かされ、これは国の威信にかけて取り返さなければいけないと妙な一体感で盛り上がった。そして、気がついたらここまで来ていたらしい。
そんな前線の約10万のサルドバルドの兵は、ララとホワイトドラゴンによって浄化され魅了を解かれると、すぐに新皇帝であるララに忠誠を誓い、ララ達とともに帝都を目指し進攻を始めた。
前線の兵士達をあっさり味方につけることが出来たララ達だったが、要所要所に配置されているサルドバルドの部隊の兵士達を浄化しながら軍を進めて帝都に近付くにつれ、全員を浄化するのが難しくなった。
特に上官クラスの者達はすでにかなり体を瘴気で覆われており、浄化に耐えられずに自我を失くす者の割合が増えて来る。
それでもララ達は、正気に戻った者達を仲間にしながら、8日目には帝都まであと少しの所まで軍を進めた。
しかし、さすがに敵も帝都には簡単に入らせてはくれなかった。
帝都に隣接する町や村に魔獣が大量に現れ、ララ達に向かって襲い掛かって来たのだ。
魔獣達のエネルギーの元である瘴気を圧倒的な浄化の力で消し去り、魔獣を倒していくが、魔獣は次から次に湧いて出て来る。
人と違い疲れを知らず昼夜襲って来る魔獣の対応に、ララ達は苦労させられ、その場所で停滞させられた。
ララ達が何よりも大変で苦労しているのは、民間人の保護だ。
ほとんどの魔獣は攻撃対象について考えたりしないので、近くの村や町にも入り込んで破壊しようとする。それを食い止める為にもかなりの人員を割かなければいけなかった。
ララは禁書に書かれていた”どの国も男が攻め入る前からすでに疲弊しきっており、すぐに白旗をあげなければならない状況だった”というくだりを思い出し、浄化の手を止めてため息をつく。
「このままここで魔獣の相手をしていてもらちがあかないわね」
ララが呟くように言うと、エイドリアンとセイラがララを見る。
「やはりまずは本丸を叩かないと、きりがない」
「そうですね」
セイラが同意する。
「一旦、ミドルバ将軍の所に戻って相談した方がいいかもしれないな」
エイドリアンが気を抜かずに周りに目をやりながら言う。
「そうね、そうしましょう」
ララは頷いた。
~~*~~
「将軍! 南側中央、魔獣の数が増えていて、援軍要請です!」
連絡係に配置されているドルトの神官が念話で受けた要請をミドルバに伝えると、ミドルバとロバートは大きなテーブルに置かれた地図を険しい顔で覗き込む。地図には駒で軍の布陣が示されていた。
「……エルドランドのレリントン伯爵の部隊だけではつらいか」
ミドルバが呟く。
「サルドバルドの先ほど編入した、第5部隊と合わせたらどうです?」
ロバートがアドバイスすると、ミドルバは頷きすぐに叫ぶ。
「レリントン伯爵の部隊と、サルドバルドの第5部隊を南側中央に!」
「はい!」
連絡係はミドルバの言葉をすぐに念話で伝えているようだ。
「疲れの酷い者や、怪我をした者は速やかに後方に下がって治癒能力者の治療を受けるように! 決して無理はしないように再度各部隊に伝えてくれ!」
ミドルバは連絡係として傍にいるドルトの部隊に向かい叫ぶ。
「怪我の酷い人は、私のところに連れてきなさい! 私が診ます」
ミドルバに続くようにロバートも叫んだ。
そんなふたりの元にチョビに乗ったララ達とユニが戻って来た。
「チョビとユニに水と何か食べ物を!」
ララがそう言うと、近くにいた騎士が対応するためすぐに動き出す。
「ララ様」
アンナとアーロンがささっと水と食料を持ってきてくれた。
ララ、エイドリアン、セイラが水に口をつける。
「聖獣達に、広範囲の浄化を続けさせているけど、魔獣がしつこくて大変だわ。このまま続けてもこちらが消耗させられるだけ、我々だけでも帝都にはいれないかしら?」
ララは、ミドルバ達に言う。
「ホワイトドラゴンが眠りに着いてから、南側と中央は押されていて余裕はないですね。西側はヘンリー殿下がコタールの軍を集結させてなんとか均衡を保てているという状況ですが、難しいかもしれません」
ミドルバが地図を見ながら言う。
「ドラは、もうしばらく寝させないと」
ずっと眠らずに浄化し続けた聖獣のドラにも体力の限界があった。1時間程前に浄化能力の低下を感じ、ドラが休まなければならないと言い、眠りに着いたのだ。
2時間も寝ればよいと言っていたが、まだ1時間だ。
その時、馬が駆けて来る音と”ララ”と叫ぶ声が聞こえた。
ララが声の方を見ると、ヘンリーが馬でこちらに向かって駆けて来るところだった。
ヘンリ―は近くまで来て馬から飛び降りた。
「おい、ララ! その馬を俺にかせ!」
ヘンリーの言葉をララはすぐに理解できずに頭を傾ける。
「そいつだ! その浮いている馬!」
「あああ、ユニの事ね」
ララは、すっきりしたように声を上げた。
「そうだ。西側のルートに穴をあけられそうだ! クロードの部隊を投入したことでかなり魔獣を押せてる。その聖獣の力を借りればそこから帝都になだれこめるぞ!」
ヘンリーの言葉に皆の顔が少し明るくなる。
「よし、魔獣の足止めが出来る程度の戦力を残し、残りは西側に集中させよう!」
ミドルバが叫んだ。
攻め込む場所を一か所に定めたことで、ララ達の士気があがった。
進んでいる間にドラも目覚め、ドラ、ユニ、チョビが効率よく魔獣たちに対応してくれる。
途中、兵士たちの間で、長くマルタンに仕えた者が浄化によって廃人になって魔人化したと言う噂が流れた。
この噂が流れたことで怯えて白旗をあげるマルタンの臣下達が増え始めたことも侵攻を加速させた理由のひとつだ。
ただ、実際に魔人になったかどうかは分からない。
帝都の郊外に入ると、帝都民がララと聖獣達を見てララ達の味方になり、ララ達の侵攻を助けてくれた。
帝都民たちは、幸運をもたらすと言われているホワイトドラゴンを見て、感動したようだった。
結果的に、ララ達は魔獣との戦いである程度のダメージをうけたものの、サルドバルド兵とは大きな戦闘はなく、ほぼ無血の状況で宮殿の近くにまで辿り着いた。
ララ達は宮殿の近くに着いて宮殿を眺めた。
宮殿は外から見ても分かるような禍々しさを放っている。
公爵一派は、城に籠城し交戦の構えを崩さなかったので、ララ達は宮殿の周りをぐるりと兵士で取り囲んだ。
「ララ、みてごらん」
ロバートが高台から宮殿を指さして言う。
ララがロバートの指さしている部分を見ると、その場所は宮殿内の神殿だった。
「あの場所だけ、瘴気に侵されていない。きっと巫女や神官達が護っているのだろう。瘴気に覆われないうちに助けなければ」
ララはロバートの言葉に何度も頷いた。
「きっとリリアンヌが指揮をとって護ってくれているんだわ、リリアンヌは聖女クラスの高位巫女だから」
ララは少し考える。
「宮殿からの脱出用通路を通って、助けに行きましょう。そして、マルタンを捕まえるわ」
ララがそう言うと、ミドルバやエイドリアン達もララの元に集まって来る。
「ミドルバ、そしてアーロン殿下とアンナは残って、我々が城に忍び込もうとしているのを悟られないようにしてください」
「それは、……かまいませんが、大丈夫ですか? 危険ですよ?」
アーロンが心配そうに言う。
「大丈夫、皆と一緒に行きます。おじさま、エイドリアン、ヘンリー、ジュード、トム、セイラ、シーク、一緒に来てくれる?」
名前を言われた者はみな、”もちろん”と答える。
「チョビとユニにも来てもらうわ。……ドラは、目立つから、このまま空中で姿を見せたまま睨みを利かせていてもらいましょう。私がここを離れてないようにみせるカモフラージュにもなるでしょうから」
ララが考えながら言うと、ロバートが頷く。
「そうしましょう。それと、我々が神殿の者達を助けた後、攻撃を始めて貰って兵を宮殿の中に突入させてください。そうすれば宮殿の中は混乱状態になるはずですから、その混乱を利用してマルタン達を探し、追い詰めましょう」
ロバートの言葉を皆、真剣な顔で聞いた。
「いいんじゃないか? それで行こう」
ヘンリーが言う。
ミドルバが頷いて言う。
「では、我々は、中に踏み込む者達をなるべく多く選定しておきます。相手が相手なので、精霊力のある者と、攻撃能力も持つ治癒能力者を中心に編成したほうがよいですね」
「ええ、ミドルバ、よろしくおねがいします」
ララがそう声をかけると、ミドルバは「はっ」と頭を下げた。
「じゃあ、宮殿に中に、……行きましょうか」
「はい」
ララの言葉が出発の合図となり、秘密の通路の入り口に向かってララ達は出発した。
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