第14話 開戦

「おじ様、私達の準備は整ったわ!」

 ララがそう言いながら、今や作戦本部のようになっているロバートの執務室に入って来た。


 ララは騎士と同じようにシルバーの甲冑を身に着けている。

 この甲冑もドワーフの造ったもので、薄くて軽く動きやすいのに防御力は強いという最高級品だ。


 甲冑を着たララを護るように、ララの前方にはミドルバとジュードが立ち、すぐ後ろにはエイドリアン、セイラ、ヘンリ―、そして少し離れてトム、シークが立っている。


 ララと、ララを護る騎士達を見てロバートは微笑む。

「強そうな護衛騎士達を従えた勇ましい女帝の姿ですね」

 ララはロバートにそう言われ、少し照れたように顔を赤らめる。


「勇ましいですか? 実際には、すぐに皆の魅了を解いて浄化するつもりだから戦闘にはならないと思っているのですけど、さすがに普段着というわけには……」

 少し恥ずかしそうにララが言う。


 ララの言葉を聞き、ララの可愛らしさにロバートは顔を緩めた。しかし、すぐに少し暗い顔になる。

「ララ、全員が浄化できるとは限らないから、十分に気を付けないといけないよ。あの本にも書いていたが、長く魔王の眷属となっていた者はもう戻らない可能性もあるんだ」

 ロバートにそう言われ、ララは言葉無く真剣な表情でコクンと頷いた。


「コタールのクロード伯爵のご一行到着!」

 報告者がそう叫んだ。ララとヘンリーがその報告に反応し、顔を見合わせて微笑む。良く知っている者の名を聞き、ララの緊張が少しほぐれた。

「心強いわね」

「ああ」


 ミドルバはロナルドが書き入れている紙を覗き見る。

「それなりの数が集まっているようですね、彼らを率いて、アーロン王子の元に急ぎましょう、陛下」

 ミドルバがララに進言する。

 ララも紙を覗き込んだ。その用紙には、集まった兵団がそれぞれどこに待機しているのかと、現在の国境の布陣が書かれている。


「ええ、そうね。……本当にありがたいわ」

 そう言い、ララは顔を上げ、ミドルバを見る。

「ミドルバ将軍、あなたを総司令官に任命します。急ぎドルトの戦闘部隊を連絡係に各兵団に割り当てて派遣し、指揮を執りなさい」

「はっ!」

 ララの指示にミドルバが勢いよく答え、そしてすぐにドルトの戦闘部隊の隊長の方に行く。ドルトの戦闘部隊はここ何日もの間、ミドルバ達が教育し訓練してきたので、すぐに意思疎通を図れる状況にあり、体制を整えるのに時間はかからないだろう。


 ララは次にヘンリーを見た。

「ヘンリー、クロード伯爵の部隊に後方部隊の指揮をお願いして貰えるかしら? 彼らは戦闘に慣れているし、まだこれから集まって来る部隊へのエスコートを含め、この地域への魔獣の流入を防ぎ護ってもらいたいわ」

「ああ、分かった。シーク、伝令を頼む」

「はい、すぐに行って、戻ってまいります」

 ヘンリーの代わりにシークが走って部屋を出る。ララはそれを見て不思議そうな顔をする。

「ヘンリーが行って直接指揮をとらないの?」

「クロードの部隊は俺が何も言わなくても大丈夫だ。いったろ? 危なっかしい従妹を最後まで見守るって」

 ヘンリーが笑いながら言う。

「……ありがとうヘンリー。本当に、心強いわ」

 ララはヘンリーに心からお礼を言う。


 ララは今度はロバートを見た。

「ロバート枢機卿、浄化能力者と治癒能力者に支援をお願いしてもらえますか? 後方でよいので、サポートしていただきたいです」

「すでに手配していますよ」

 ララの言葉にロバートは微笑む。

「さすがです、おじ様」

 ララも微笑み返した。


「それと……、おじ様、これは強制ではありませんが、ここはロナルドさんに任せて、私に同行し助言して頂けると嬉しいです。それとマルタン公爵についての見極めを……」

「参謀の依頼と、血族として最後まで立ち合えということだな」

「はい」

「承った」

 ロバートが快く返事をすると、ララはホッとしたように頷いた。

「さあ、準備は全て整いました! 30分後には出発しましょう!」



 ~~*~~


 アーロンとアンナは簡易的に木でくみ上げた塀の上にある物見台からサルドバルドの陣地を見つめていた。

 サルドバルドの兵はこちらに向かって何度となくアタックをしてきているが、都度、ユニと前衛の精霊使いによって押し返し、今の所大きな戦闘にはならずに済んでいる。

 前に出て来た敵兵をユニが浄化し何名もの捕虜を捉えているが、サルドバルド側の兵の数は徐々に増えてきており、いつまで睨みが効かせられるかは分からない状況だった。



 アンナは物見台から敵陣の方を睨みながら無意識に左腕を右手で軽く触った。

 アーロンがそれに気付いて心配そうな顔になる。

「大丈夫かい?」


 少し前に起きた小競り合いで、相手から放たれた爆弾の爆風がこの物見台にまで届き、衝撃でアンナは腕を強く打ったのだ。

「平気、このドワーフの甲冑のおかげで骨は折れていないし、打ち身だけだから」

 アンナはアーロンに微笑んで見せる。


 少しづつサルドバルドの兵はこちら側に近付いている。

 次の攻撃では、この物見台も吹き飛ばされるかもしれない。


 そう思いながらも、ここを死守しなければいけないと思い、二人は物見台を離れようとはしなかった。


「殿下、今もう少し後方に壁とやぐらを組み立てていますから、そちらまでお下がりください」

 アーロンの護衛騎士の一人が言う。

「いや、まだ下がるには早い」

 アーロンはそう答えるが、ふとアンナを見た。


「アンナ、君は先に後方に下がりなさい」

「いやですわ。言っても無駄だと分かっているでしょう?」

 アンナの返答にアーロンは苦笑する。


「殿下! 援軍が到着しました!」

 大きな声で待っていた言葉が叫ばれた。

 アーロンとアンナの顔が明るくなる。


「大聖女様が自ら兵を率いて、後方の櫓の所まで来ておられます!」

 報告の為に走って来た男がアーロンの前に来て膝を折って言う。


「アーロン殿下! 出向かえに参りましょう!」

 部下の一人がそう言うと、アーロンが頷いた。



 ~~*~~


 ララ達は軍を引き連れて目的の場所にまでやって来た


 皆少し休憩している。ララとロバートも一息ついて水を飲んでいた。

 チョビもララのすぐ横で水をもらって飲んでいる。

 そこにアーロンとアンナが走って来る。


「ララ様!」

 アンナが嬉しそうにララの名前を呼んだ。

「アンナ!」

 ララも嬉しそうにアンナに駆け寄り、アンナの体をまず確認する。

「いたっ」

 うでを掴まれてあんなが思わず声を上げた。


「!! 怪我をしたのね! 診せなさい!」

 ララは慌ててアンナの甲冑を脱がせにかかる。

「ラ、ララ」

 アンナはびっくりして声を上げるが、ララはお構いなしに甲冑を脱がせると、アンナの服の袖をまくり上げた。


「ひどい! 内出血してるわ」

 アンナの腕は赤黒く変色していた。

「大丈夫、そんなに痛くないですし、打ち身だけですから……」

「何言っているの! 痛くないわけないでしょう!」

 ララはそう言うと、手をかざす。


「忘れないで、あなたの親友は大聖女なのよ」

 そう言いながらララが力を込めると、ララの掌からほんわかした光が出て来てアンナの腕に落ちていく。

 アンナの腕の色はみるみる正常な肌色に戻っていった。


「すごいです、ララ様」

「でしょ? もうずっとこの力が欲しいと願っていたから私も嬉しいわ」


 ドカーン!!!!


 大きな音がして、ララ達はハッとなって前方を見る。

 セイラやエイドリアン達が慌ててララの方に走って来た。

「また攻撃を仕掛けて来たようですね」

 アーロンが言う。


「櫓の物見台に行きましょう。状況を確認したいわ」

 ララがそう言うと、皆が物見台まで行き、サルドバルドの方をみた。

 少し前方の塀の上あたりにユニが浮いていて、敵に睨みを効かせるようにサルドバルドの方向を見ている。

 チョビがすっと飛び上がって、ユニの方に飛んでいき、ユニと並ぶと、サルドバルドの方からどよめきのようなものが聞こえて来る。


「ユニが浄化してくれた何名かは捕虜としていますが、相手もどんどん兵を投入するので焼け石に水の状況です」

 アンナがララの横で説明する。

「ユニが浄化した人たちはどんな様子?」

 ララが聞く。

「戦意は喪失している状態ですね。なぜ自分がこんな戦いに参加しているのか分からないと言う感じの者もいます」

 騎士の一人が答えた。


「なら、やはり浄化して魅了を解きながら、前進していきましょうか」

 ララが考えるように言う。

「進む? まさか、自国であるサルドバルドへ攻め込むおつもりですか?」

 アーロンがララの言葉を聞き、驚きの声を上げた。

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