第4話 ミドルバが見たもの

 ケール侵攻の1年前、先の皇帝が逝去しウィリアムが皇位に就いてしばらく経った頃から、ユーランド大陸全土で強盗や海賊が横行するようになった。


 全身を黒ずくめで覆った彼らは、自ら獣人族だと名乗って商隊や貴族の馬車や船を襲い暴れまくっていた。

 当時はどの国も彼らには悩まされていて、商人の行き来に相当な影響を受けていた。


 各国は盗賊や海賊の討伐の為、騎士団を森や海に派遣していたが、彼らは人を襲っては消えるように消息が分からなくなり、なかなか捕まえることが出来なかった。


 そんな時、強盗や海賊はケール王国の獣人族の村を本拠地にしていて、実はケールの王族に飼われている者達だと、そんな噂が出始めたのだ。


 ミドルバは言った、自分もそれを信じていたと。


 なぜならこれだけ暴れまくっているのに、ケール王国の関係者は、商人も旅人も、誰1人として強盗や海賊に襲われていないという事実があったからだ。


 実際、襲われた商人が、自分たちはケールの商人だと嘘をついた途端、彼らは引き上げていき、事なきを得たと言う話が何件もあったと言う。



 ───だから私は、

 この後の皇帝からの命令に、その時は何の疑問も持たず従ったのです


 ミドルバは、辛そうな表情でそう言った。



 サルドバルド帝国の場合、商人だけでなく外国へ送った外交官の一行も盗賊に襲われ、相当な損害を出していました。

 それを受けてサルドバルドでは、即位してまだ間も無い新皇帝、ウィリアム陛下のもと、盗賊対策ついての検討がされていました。

 宮廷に大臣達が集まり、連日議論が行われていたのです。


 会議の場では、ケールが国として獣人族を使って人々を襲わせているのだという事を前提に、ケール王国を倒すべきだと言う多数の意見が出されていました。

 当時は私もケール王国が裏で糸を引いていると信じていたので、ケール討伐派の1人でした。


 しかし、皇后陛下がケールに討伐に入ることを強く反対されていたし、強硬派と穏健派とが議論をぶつけ合い、なかなか前に進みませんでした。


 ただ、有事に備えての準備はしておいて良いだろうとの事で、先ずは軍備だけは整えておこうという事だけは決まりつつありました。


 そして……

 この時の事はララ皇女も覚えていらっしゃると思いますが、皇后が突然お倒れになり、病床につかれました。

 そうです、皇后陛下がお倒れになったのは丁度この頃だったのです。


 穏健派の意見をまとめていた皇后陛下がお倒れになったことで、議会は一気にケール討伐の方に傾き、私がケール討伐の為の総司令官に正式に任命されました。

 そして、ケール侵攻の準備を進めるようにと命令が下ったのです。


 当時は私自身、ケールの王族達を叩かなければ大陸に安心は来ないと思っていたので、私は喜んで任務に当たりました。


 皇帝からは、多くの犠牲を払うこと無く、圧倒的な力で迅速に一気にカタをつけられるよう、資金の心配はせずに準備せよと命じられました。

 なので私は軍事用に多くの精霊石を準備し、SS級の戦士や賢者たちを集めました。

 そして500人の能力者と5万の兵を先発隊として整え準備したのです。


 そして、とうとう侵攻の命令が下り、私が率いるサルドバルドの軍が一気にケールに攻め入ったのです。


 十分準備をしていた我が軍は怒涛の勢いで勝ち進み、侵攻からわずか3週間でケール城まで攻め入り城を占拠しました。

 ケール側は攻められる事を全く予期していなかったようで、ほぼ抵抗を受けることも無く、帝国の完全勝利といえる状況でした。


 ここまでは……

 私はなんの疑問も持たず、ただ命令通り無事に仕事を全う出来たことを誇りに思っていました。


 しかし……

 ケール城を占拠してから、徐々に私は疑問を持ち始めたのです。



 ~~*~~


 ミドルバ達がケール王国の王城を占拠した後、すぐに帝国からケールの王族の首を落とせという命令書が届いた。

 しかし、なんの裁判も話し合いもなく、いきなり処刑というのはおかしいと感じたミドルバは、すぐには命令が実行できずに躊躇していた。


 ところが、なんの行き違いかミドルバが戦場となった町の一つを視察に出ている間に、副官によってケールの王と王妃が処刑されてしまったのだ。


 視察から戻ったミドルバは副官を叱責したが、後の祭りだった。


 副官は、帝都からの命令に従うべきで、自分に非は無いとそう訴えた。

 また、第一王子のエイドリアンの首もすぐに落とすべきだとそう言ったが、ミドルバはそれは保留させて止めた。


 ミドルバが第一王子の処遇をどうすべきか悩んでいるところに、報告の為に帝都へ戻らせた腹心の部下から、皇后ミラ様はケール侵攻の命令が下った前日に亡くなっていたと言う知らせが来た。


 その知らせはミドルバに衝撃を与えた。

 だからあの日、突然侵攻の命令が下されたのだと、ミドルバはその時初めて理解したのだ。


 ミドルバはこの事実に驚き、確認の為に帝都に戻ろうと準備した。

 そしてミドルバが帝都に発とうとした直前、再び帝都から命令書が届いた。しかも2通。


 1通目は、王族を早く処分せよというものだった。

 そして2通目は、これ以上の殺生は不要。執政官を送るので、その者に今後の対応を任せて兵を引き上げさせろという内容だった。


 2通目の方が後から出されたものだったので、ミドルバはこれ以上王族を処刑せぬよう命令し、状況を把握するために帝都に戻った。


 帝都に戻った将軍ミドルバは、早速皇帝に謁見しようとしたが、皇后の喪に服している最中という理由で、謁見することが出来なかった。


 ケールとの戦後処理は、ミドルバが皇帝に会う方法を探している間にも進んでいた。


 ケール国の王女をはじめ、貴族や高官達の家族が人質として次々に帝都に送られて来た。


 ケールの王女は宮殿に小さいながらも宮を与えられ、その他の人質の娘達は、貴族の屋敷に割り当てられた。


 基本的に人質と言えど貴族や高官の家族。貴族の家では客として丁重に扱われるはずで、生活も保障されているし待遇は決して悪くないはずだ。

 ミドルバは、送られてくる娘たちを見てそう自分に言い聞かせていた。


 しかし……

 まるで戦争前から全部計画されていたと思わされる程の迅速な動きにミドルバは不審を募らせる。


 ミドルバには、不審に思いはじめてる一番の理由が別にもあった。


 ミドルバは、ケールの王族が盗賊や海賊と繋がっていたという証拠を探そうと、何人もの部下を使って詳しく調査をした。


 しかし、いくら探してもそんな証拠は全く出てこなかった。

 そして、どれだけ探しても盗賊達の隠れ家どころか盗賊が居たというような痕跡すらもケール王国からは出てこなかったのだ。


 この事は、ケールを攻め滅ぼした張本人であるミドルバをひどく不安にさせた。



 暫くしてミドルバは、獣人族の男達が精霊石鉱山や、魔獣討伐などの現場に駆り出されているという噂を部下の1人から聞く。

 獣人属は奴隷のように枷を付けられ働かされているらしいというのだ。


 ミドルバは、皇帝にこれらの状況を報告し確認したいと思った。

 しかし、帝国の慣習である「送りの儀」の最中であると言われ、いまだに皇帝と直接会う事は出来ないでいた。


 サルドバルトでは、家族の誰かが亡くなると、3ヶ月の間、家に籠り「送りの儀」を行う。

 それは、3か月の間、故人を偲んで生活をするというものなのだが、亡くなったのが伴侶だった場合は、残された夫もしくは妻は穢れを寄せ付けないため、3ヶ月の間、外部と一切の繋がりを断たなければいけないという風習がある。

 その間、故人の夫もしくは妻に会えるのは神官等の聖職者か、親兄弟のみだった。


 皇帝の弟である大臣のマルタン公爵が皇帝の意向を毎日確認し、代理で政務を行っていたので、ミドルバは何度もマルタン公爵にも相談した。

 しかし、その都度マルタン公爵からは、微妙な内容の為、喪が明けるのを待って直接話した方が誤解がなくて良いだろうと言わた。


 それで、ミドルバは仕方なく3ヶ月待ったのである。


 そして、ようやく3ヶ月が経ち、陛下に会えるというその日、ミドルバが皇帝に抱く不信感を決定づけるような事件が起こったのだった。

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