第3話 騙したのは皇帝?

「我々は皇帝に対し、先ほど、あなたを返してほしければ、皇位を退くようにと書いた手紙を送りました」

 それを聞いてララは驚いて目を見開いた。

「なぜそんな早まったことを!?」


「皇女にとっては良い父親なのかもしれない、だが、……さっきも言いましたがここの人達にとっては、これ以上は耐えられない程の悪政を敷いている最悪な皇帝だからです」


 ミドルバのこの言葉を聞きララは気が遠くなるような思いだった。

「私はあなたの言葉を信じてはいません! お父様が酷い事をするなど……ありえないです! お父様は英雄と言われている人なのに」


「フッ、英雄? ケール王国を滅ぼし、王と王妃の首を落としたからか?」

 エイドリアンが冷たい言い方で言う。


 ララはエイドリアンを睨む。

「それは、ケールの王が……盗賊と組んで悪さをするからだわ!」


「王は決して盗賊を保護などしてないし、手を組んでもいなかった!」

 エイドリアンがまた怒鳴った。ララがビクンとする。


「……あっという間にそんなわけが分からない噂が流れて、そして突然攻められたんだ……」

 エイドリアンはゆっくりとそう言った。


「でも、ケール国は獣人族を保護しているじゃない!」

 ララの中では獣人族イコールならず者だ。ララは教師から刷り込まれている自分の知識をエイドリアンにぶつけるように叫んでいた。


 バンッ!と突然大きな音がしてララがびくっとする。


 エイドリアンが壁をたたいた音だった。

 エイドリアンは黒い瞳でララを睨む。


「獣人族だって我々と同じだ。彼らは何一つ我々と変わらない……」

 エイドリアンの怒りが込められた黒い瞳を見て、ララは何も言えずに黙る。


「わたしも……あなた方の言う獣人族なんですよ、ララ皇女」

 突然、若い女性の声がして、ララ達は声の方をみた。

 その言葉を言ったのはララの世話をしてくれている少女チャコだった。


 チャコは両手を広げ少し寂しそうに聞く。

「わたしは、皇女様から見てに見えますか?」

 ララはチャコの言葉に衝撃を受ける。


 ――この少女が、獣人族?


 ララはチャコを驚いた表情で見る。


「……え? 嘘だわ……だって……獣人族は体中に獣のように毛があって、獣のような手で、人を襲うって……」

 ララは混乱してミドルバを見る。


「ええ、皇女。我々は騙されていたのです」

 ミドルバがララの視線に答えて言う。


「だ、誰に、誰に騙されていたというのですか!」

 ララはあまりの衝撃に混乱し、椅子から立ち上がって叫ぶ。


「そんなウソを言う理由が分からないし、それにそんなウソ、こうやって目の前にすればすぐに分かる事じゃないですか!」


「でも皇女は、今の今までその事実を知らなかったですよね? それは何故ですか?」

 落ち着いた声でミドルバが聞く。


「何故って……獣人族の事は近代史の授業や地理で習いました。獣人族はとても少なくて、ほとんどの獣人族は魔獣の多い森の隠れ里で生活をしているので、普段は出会うことがほとんど無いと。……そして、ケールで普通に街で暮らしているのは私達と同じルーツを持つ民族だと、そう説明されていたから……だからチャコのことも……」

 ララは混乱しながらもミドルバの疑問に答えようと必死に考えながら話すが、その声はだんだん弱々しいものになる。


「ララ皇女、それを教えたのは大聖女ですか?あなたのお母上があなたにそう教えましたか?」

 ミドルバが更に聞く。


「……」

 ララは言葉を失った。


 いえ、お母さまは私にそんな話はしなかったわ……


 ララは心の中でミドルバへの返事を呟く。

 だがそれを言葉にする事は出来なかった。


 獣人族という言葉を、私はお母さまの口から直接聞いたことは無い。


 民族や人種について教えてくれる時に、お母様がいつも言っていたのは…


 人はみんな同じで、髪の色や、目の色、肌の色、容姿で何かが変わるものではない、男とか女という違いですら、それによって何かがかわるようなものではないのよと……そう言う事だけだった。


 そういえば、お母様が亡くなる少し前、一緒に居るときに1度だけ商人たちが獣人族に襲われたという報告を受けたことがあった。

 その時お母さまはなんと言った?

 思い出さなきゃ……今、思い出さなきゃ。


 ”獣人族? ああ……魔獣を狩って生計を立てている民族の事ね。なぜ彼らが犯人だと? 彼らはのんびりしていて温厚な民族ですよ。本当に彼らの仕業という証拠はあるのですか?”


 ああ――――


 私は今迄、なんという過ちを犯していたのだろう……


 一体いつから?

 いつから私の中に獣人族という言葉が入って来たの?

 いつから獣人族は野蛮だなどと、そう思うようになったの?


 どうして私は――――

 何も考えず、言われた事を全部鵜呑みにしてしまっていたのだろう……

 

 ララの瞳が自然と潤んでくる。


「まさか……全部、嘘だったというのですか? 本当にサルドバルドはケールを攻めたいがために、帝国民に獣人族という人たちの悪いイメージを作り上げて戦争に向かうよう誘導していたと……そう言うのですか?」


「帝国民だけでなくこの大陸の人みんなを騙したと言えるでしょう。ケール王国が盗賊たちを匿う野蛮国家であるというイメージを上手に植え付けたのですから」

 ミドルバがそう言う。


「一体、誰がそんな手の込んだ事をしたというのですか?」

 ララは潤んだ目でミドルバを見て言う。


「皇帝です。全て皇帝陛下がなされたことです、皇女」


 ミドルバはショックで今にも倒れそうなララの両腕を支えるように掴んで続ける。


「ケール王国への侵攻は皇后が亡くなってすぐに行われました。皇帝陛下は大聖女である皇后が亡くなるのを待っていたのでしょう。その後、我々は一気にケール王国を攻め落としました。陛下は……ケール王国が持っている豊富な資源が欲しかったのです。ケール王国の森では、精霊石や貴重な薬草が沢山採れますから。それと獣人族と呼ばれる人々は、長く森で魔獣を狩りながら精霊石や薬草を摂って生活している人達です。彼らは元々我々より筋肉量が多くなりやすい体質で力が強い。そんな彼らも労働の担い手として欲しかったに違いありません。それできっと皇帝陛下は他のどの国からも批判を受けず、帝国民からも支持されるよう策を巡らせ、計画的にケールへの侵攻を行ったのです」


 ララはもう立っていられなかった。

 ミドルバはララをゆっくりと、もう一度椅子に座らせる。


「皇女、あなたは元大聖女ミラ皇后の血を受け継ぐ方。そして、現在の皇太女。我々はあなたに期待をかけている」


 ミドルバの言葉にララはミドルバを潤んだ瞳で睨むように見た。


「貴方には次の皇帝になりこの状況を変える力があります。だから、皇女! どうか我々の願いを聞き届けてください」

 ミドルバはそう言った。


 ララは瞳に涙を浮かべながらミドルバを見て言う。

「私にはまだ何が何だかよくわかりません。本当にお父様がそんなことを計画して実行されたとは思えない」

 ララは頬に流れた涙を指ではじく。


 そしてララは真っ直ぐにミドルバを見つめた。

「もっと詳しく教えてください。実際にケールを攻め滅ぼしたあなたが、父の元を去り、ここにまでに至った経緯を……」


 ララにそう言われ、ミドルバは自分がサルドバルドの皇帝の元を去り、ここまでに至った経緯を説明し始めた。


 ミドルバの話はケール侵攻の1年前から始まった。

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