第2話 皇族の義務

 中年の女性の一人が、ララの髪を切ろうとはさみを向けた。


「ちょ、まって」

 ララが驚いて、逃げ腰になる。


「やめてください、ミドルバ様やエイドリアン様に怒られますよ!」

 チャコがララを庇って言う。

「髪を切るぐらい大丈夫だよ! この女はあたいらの税のおかげでこんなに綺麗に髪を伸ばせているんだからね!」


「でも! 髪を切るなんて!」

 チャコが止めようとすると、女性達の中のひとりがチャコを振り払い、弾みでチャコが転けた。

「きゃ!」


 ララはびっくりしてチャコの所に寄る。

「大丈夫?」


「邪魔するんじゃないよ!」

 女性の1人がチャコに向かって怒鳴る。


 ララは怒鳴ったひとをキッと睨んだ。

「やめなさい! この子はあなた達の仲間でしょう?」


「な、なんだよ」

 女性達は少しだけ怯む。


「髪、切っていただいて構いません。なので、この子に乱暴するのはやめなさい」

 ララは真っ直ぐ女性たちの顔を見て言った。



 ~~*~~


 女性たちがララの髪を切って出て行った後、ララは、チャコが持って来た平民の娘が着る普段着に着替えた。


 ララの着替えが終わった後、チャコはララを椅子に座らせて、ぐすんぐすんと泣きながら短くなったララの髪を綺麗に整えた。


「とても綺麗なシルバーブロンドだったのに……」

 チャコは呟く。


「ありがとう、チャコ。でも大丈夫よ、髪なんてすぐ伸びるわ。それに……私の髪が何かの役に立つと言うなら、それはそれで私は幸せだわ」

「皇女様~」

 チャコはますますぐじゅぐじゅと泣いた。


 突然、ドアがバッと開けられた。

 ララとチャコはビクンと驚いてドアの方を見る。


「すまない、ちょっと……」

 入って来て声をかけてきたのは、黒い瞳の男エイドリアンだった。


 エイドリアンはララの姿を見て、ドアのノブを持ったまま途中で言葉を止めて立ち尽くす。

 ララとチャコはその様子を不思議そうに見た。


「なんですか? どうかしました?」

 固まったままのエイドリアンにララが声を掛けた。


「髪」

 エイドリアンが短く言う。

「あ・ああ……」

 ララは、短くなった髪に手をやる。


「誘拐されている身では髪も洗えませんしね」

 ララがそう言うと、エイドリアンは「そうですか」とそっけなく言う。

 でもどこか残念そうな表情を浮かべいるようにも見えた。


「なにか御用ですか?」

 ララはエイドリアンを見て聞く。

「あんた……いや、皇女は大聖女の娘ですよね? 病人を治せますか?」

 エイドリアンは、気を使っているのか丁寧な言葉で質問をしてくる。


「病人?」

 エイドリアンの言葉にララは心配そうな声を出し、そして続けて言う。

「すみません、私は、……病人を治すことは出来ません。正式な洗礼の儀式がまだなので、難易度の低い初級レベルの精霊力しか使えないのです」


「そう……か」

 エイドリアンは少し残念そうにする。


「でも看病ぐらいはできます。病人の所に連れて行ってください」

 ララは残念そうなエイドリアンにしっかりとした口調で言った。



 ~~*~~


 ララがエイドリアンに案内されたのは同じ2階の大部屋だった。

 その部屋は何組かの家族が一緒に使っている部屋のようで、まるでグループ分けされているようにベッドが置かれている。


 その中の一つのベッドに小さな男の子が辛そうに横たわっていて、ララはそのベッドの脇に椅子を置いて座り、男の子の額に手を当てていた。


 自分の手から冷気を出し、それで男の子の頭を冷やしているのだ。


 その様子を男の子の両親や、ミドルバとエイドリアンが眺めている。


 ララは、男の子の額から手をどけた。そして男の子の両親の顔を見る。

「熱は、下がってきたようです。薬草が効いたのでしょう」


 ララがそう言うと、男の子の両親は少しほっとした顔を見せる。

 ララは少し微笑んでから、ミドルバの方を見た。


「栄養失調気味で体力がないので、ちょっとした事でも高熱を出してしまうのだと思います。熱が下がったら何か栄養のあるものを食べさせてあげないといけません」


 そう言い、ララは右手の中指から指輪を外した。

「これを売って薬草と食べ物を買ってください。最高級品ではないですが、エメラルドとダイヤがついているので当面の食料は確保できると思います」


「ありがとうございます。遠慮なくいただきます」

 ミドルバは頭を下げてから、指輪をララから受け取った。


「……そんなものがあるなら、髪の毛を切られる前に出せばよかったんだ」

 エイドリアンが呟くように言う。


「衝撃すぎて思い浮かばなかったのです。カルチャーショックというやつですわ」

 ララは弱味を見せないよう強がって言い返した。


「カルチャーショック?」

 エイドリアンはキョトンとした顔になり、それからフッと微笑んだ。

 それを見てララはドキンとして驚く。


「なるほど、カルチャーショックね」

 そう言い微笑むエイドリアンを見て、ララはこの人も笑えるだなぁと思う。


 さすがに元王族、上品に微笑むのね。と、ララは感心した。


 ミドルバは部下に食料調達の指示を終えた後、ララの方を見た。

「ララ皇女、確認したい事と話しておきたい事があります。ホールに行って話しましょう」



 ~~*~~


 ララとミドルバ、そしてエイドリアン達は1階のホールに移動した。

 そしてミドルバは、先ずララを椅子に座らせた。


「ララ皇女は宮殿の中にある女神アテラミカの神殿の長を務めていると聞きましたが、そうなのですか?」

 ミドルバは椅子に座るララの前に立って聞く。


「はい」

 ララはこれから何を聞かれるのだろうと不安になる気持ちを隠し、表情を崩さずに短く答えた。


「……神殿の長であるあなたが正式な洗礼の儀式を受けていないとはどういう事ですか? どうにも、納得がいかないのだが」

 ミドルバは少しララを責めるような口調になっている。


 ああ……そのことか

 ララは何度となく質問された内容に少しため息をつく。


 洗礼を受けていないことがそれほど大変な事なのかしら

 そう心の中でつぶやき、ララは口を開く。


「急ぎ洗礼を受ける必要はないという、大臣たちのアドバイスに従っているだけです。洗礼は18歳になってからでよいと……そういう事なので」


「大聖女であるあなたの母上は13歳の時に洗礼し、その力を見出され大聖女の称号を与えられた方。その娘である貴方が18歳になってからとは、随分とのんびりしているものですな」

 ミドルバは怪訝そうな顔をして言った。ララは首をかしげる。


「13歳?母は18歳で洗礼を受けたと聞いています。一般的には18歳で受けるものですよね?」


「一般的? 一般的には12歳から15歳の間に洗礼を受けるものですけどね、18歳までに受けていない人は珍しいと思いますよ」

 ミドルバは少し棘のある言い方をする。


 ララは本当に驚いた顔になる。

「そうなのですか?」


 ミドルバは続けた。

「大体、皇后様がお亡くなりになられて、あなたが神殿の責任者になる時、洗礼式の話は出なかったのですか? 儀式も終わっていない幼子を責任者に据えるなど、ちょっと考えられないんだが」


 そんなことを言われても……


 ララは困惑した顔を浮かべる。


 ララは自分が神殿の責任者になることについて、疑問を感じたことは無かった。

 ただ、お願いしますと頼まれたから引き受けた。それだけだったのだ。


 今の今までその事について誰かに何かを言われたこともなく、洗礼の儀式もその年齢が来ればやるものだ、ぐらいにしか考えたことは無かった。


「……」

 ララは少し考える顔をする。


「あんたは、本当に何も知らないんだな……」

 そう言ったのはエイドリアンだった。

 エイドリアンは黒い瞳をララに向ける。


「何も知らずに、民の血を飲んで生活をしていたのですね」


「どういう意味ですか?」

 エイドリアンの言い方に少し頭にきてララが言う。


「なんの能力もない君が、神殿で聖女様のをしていたという事ですよね? 俺たちは君が皇太女として政治にも参加していると聞いていたが、実際にはそれも形だけなんだろう?」

 エイドリアンは少しバカにしたような口調だ。ララの顔は赤くなる。


「皇族の義務も果たさずに、今まで税金で暮らしていたんでしょうね、きっと」

 エイドリアンが溜息をつきながら言った。


 ララは、悔しかった。

 でも、何一つ言い返せないとそう思った。

 エイドリアンが言う「皇族の義務」が何なのかも、今のララにははっきりとは分からなかったからだ。


「皇女、あなたに伝えておかなければいけないことがある」

 ミドルバが話に割って入るようにララに向かって言った。


 ララは泣きそうになりながらも泣くまいと精一杯努力してミドルバを見返した。


「我々は皇帝に対し、先ほど、あなたを返してほしければ、皇位を退くようにと書いた手紙を送りました」

 それを聞いてララは驚いて目を見開いた。

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