第2章 皇女が知らなかった世界
第1話 誘拐犯の目的
ミドルバは元近衛隊の将軍で、サルドバルドの皇帝ウィリアム=ハイムズの側近の一人だった。
ケール王国との戦いでは総司令官に任命され、陣頭指揮を執りケール王国を滅ぼした英雄である。
今は軍を引退し、与えられた自分の領土でのんびり隠居生活を送っている。……はずの人物だった。
そんな男がなぜ、今、ララの目の前に居るのかララには全く想像がつかなかった。
ララは黒い瞳の男の正体をある人物ではないかと想像していたのだが、ミドルバが裏で指揮していたのだとしたら、自分の考えは間違っているかもしれないとそう思った。
ララは、殿下と呼ばれている黒い瞳の男を、元ケール王国の王族、エイドリアン=クルーゾン第一王子ではないかと想像していたのだ。
真っ黒な髪と瞳、20歳前後と思われる年齢、そしてこれまでの状況を考えるとそれ以外思いつかなかった。
しかし、もしエイドリアン=クルーゾン第一王子だとしたら、自分の国を滅ぼした張本人のミドルバ=アダン将軍と一緒にいるのは不思議なことだ。なので、自分の考えが間違っていたのかもと、そう思ったのだ。
「ミドルバ=アダン将軍、なぜ私をここに?」
ララはミドルバに落ち着いた声で質問をした。
知った顔が現れて、ララの緊張はかなり緩和されていた。少なくともミドルバは皇女である自分をいきなり殺すような男ではない。なので、とりあえず命の危険は無いと考えて良いだろうとララは判断した。
「我々は、皇帝の交代を望んでおります。それを実現するために皇女にここに来ていただきました」
ミドルバはララの質問に素直に答えた。が、そのとんでもない内容にララの目が大きく見開かれる。
「一体、何を言っているのミドルバ? 皇帝の交代? あなたは自分が何を言っているのか分かっているの?」
「勿論、分かっています。これは私が悩みに悩み、その上で出した結論ですから」
ミドルバはララを見つめながら言う。
「皇女は宮殿で真綿にくるまれるように守られてお育ちになった。だからここの民がどれほど酷い目にあっているのかをご存知無い……」
ミドルバはそう言い周りに居る人々を見る。
「このケール自治区の状況は最悪です。皆、本当に大変な目にあわされているのです」
「そんな筈はありません。ミドルバも分かっているでしょう? お父様はそんな事が無いようにここを自治区にしたのよ? それに、……ケールが滅んだのには理由があるわ。お父様は、大陸の平和の為にケール王国に侵攻し滅ぼした。ケールの民は帝国に対して逆恨みしているだけなのではないの?」
ララは最後の方は少し責めるような口調になっていた。それに反応したのは黒い瞳の男だった。
「大陸の平和の為に滅ぼした……ですか? 何もしていない我々にいきなり戦争を仕掛けて来たのは帝国の方です。我々から見れば、平和を乱しているのは帝国の方だった」
ララは黒い瞳の男の方を見る。
「やっぱり……やっぱりあなたは、エイドリアン=クルーゾンね! 元、ケール王国の第一王子のエイドリアン殿下なのね!」
ララがそう言うと、黒い瞳の男、エイドリアンは一瞬驚いた顔をするが、すぐにララに鋭い目を向ける。
「そうです、私はエイドリアン=クルーゾンです」
「あなた方が滅ぼされたのは、大陸中で人を襲って強盗を働いたり、船を襲ったりしたからだわ! お父様のせいじゃない」
ララはエイドリアンを見て言う。
「強盗だとか、そんな事、俺たちには知らない事だ。勝手に我々のせいにして帝国が勝手に攻める理由にしただけだろう?」
「嘘よ! ちゃんと歴史で習ったわ! ケール王国は強盗達を保護して強盗に世界中の貴重な金品を盗ませていたって! だから、ケールには強盗犯である獣人族が沢山住んでるんだって!」
「ふざけるな!」
ララがビクンとなるほど大きな声でエイドリアンが怒鳴った。
その目には怒りが溢れている。
ララはエイドリアンが怖くなって、目を逸らす為に視線を横にやった。
そしてララは、横からも怒りに満ちた多くの目が自分に注がれていることに気付き、何とも言えない恐怖を感じる。
場の雰囲気が酷く悪くなっていることに気付き、エイドリアンがため息をついて自分を落ち着かせた。
「いや、すまない」
エイドリアンは自分をぐっと抑えてララに謝る。
「皇女が何も知らないことは分かっていた。不都合な事を皇女にわざわざ教えたりしないからな」
「だって……おかしいじゃない……」
ララはぐっと自分の体を覆っているマントを掴む。
「ミドルバ、あなたがこの国を滅ぼしたのよ!? なのにどうしてっ?」
ララの瞳からは悔し涙が溢れてきた。
「ええ、皇女。そうです。わたしがこの国を攻撃し滅ぼしました。でも、私も騙されていたんです」
「一体誰があなたを騙すと言うのよ!?」
「皇帝です、皇女様。皇帝がこの国を亡ぼすように命じ、そして自治区とは名ばかりで、実際には奴隷区ともいえるような地域にしたのです」
「嘘よ!先生たちはそんな事言ってなかったもの!」
「いいえ、皇女。これが真実なのです」
~~*~~
疲れているだろうと、ララはすぐに2階の一室案内され、そこに閉じ込められた。
そこはベッドと机とテーブルが置かれた小さな部屋だ。
ララは扉を閉められた後、ベッドに腰かけ考えていた。
ミドルバやエイドリアン殿下が言っていた事は本当の事とは思えない。
帝国がケールの民を奴隷として扱っているなどありえない事だ。
そして、元々帝国の将軍としてケール侵攻を指揮したミドルバが、どうしてケール側についてテロリストのような組織のリーダになっているのかも理解できない。
何かがおかしい
誰かが嘘をついている
誰かが間違っている
ララはため息をついた。
「一体、何が起っているの?」
ララはそうつぶやいた後、立ち上がり、格子のついた小さな窓から外を見る。そこから見えるのは青々とした山や木ばかりだった。
アンナ達は大丈夫かしら……
ララは一人になり落ち着いて来ると、あの場に残されたアンナやリタやセイラの事が心配になり、また不安な気持ちになる。
そして、もう一つの謎について考える。
あの黒ずくめの男たちは一体何者だったのかしら?
……あの者たちは、容赦なく私達を殺そうとしていた
エイドリアン殿下が来なければみんな殺されていたかもしれない
コンコン
ドアがノックされ、ララははっとしてドアを見る。
若い少女が入って来た。ララと同じぐらいの年齢に見える。
「服を、エイドリアン様に頼まれて持ってきました」
少女は恥ずかしそうに言う。
「エイドリアン様に着替えを手伝うように言われました。その……皇女様は一人で着替えも出来ないからと、エイドリアン様が」
少女の言葉を聞き、ララは少し微笑んだ。
「ありがとう……貴族の姫君はそういう人が多いですが、私は大丈夫です。母は身の回りの事ぐらいは自分で出来るようにさせるという教育方針でしたので」
「そうなんですね」
少女は可愛らしく笑う。
「体をお拭きしますね。お水しかないんですが、少しはすっきりすると思います」
少女の言葉にララは少し微笑む。とてもありがたいと、思った。
「あなたのお名前は?」
ララが訊くと、少女は「チャコといいます」と答えた。
「ちょっとごめんよ」
ララがマントを脱ごうとしたところに、3人の中年女性達が入って来た。
「どうしたんですか?」
チャコが女性達に聞く。
「この女の髪をもらおうと思ってね」
「髪?」
「綺麗な
女性の一人はそう言い、
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