第14話 誘拐犯の正体

 ララは力を使い、手を拘束していたロープを外した後、手を足元にかざして足を拘束しているロープも切った。


 まだ洗礼を受けていないララに大きな精霊力は無いが、この程度の小さな力ぐらいは使えるのだ。


 ララはゆっくり立ち上がると、物音を立てないよう慎重に歩いて、洞窟の外に出る。


 ララは空を見上げた。星の位置を見るためだ。


 襲われた場所から、西南の方向に彼らは馬を走らせていたはず。


 彼らは精霊石を付けた馬を全力疾走させていた。もしかすると既にサルドバルド領に入っているかもしれない。

 そうするとここは、ケール自治区と、エルドランド王国、そしてサルドバルド帝国に跨っているメモディスの森の中かもしれない。


 もしメモディスの森に入っているとしたらまずい。

 メモディスの森はとても危険だ。


 ララは頭の中でいろいろ状況を整理しつつ、馬の方に行く。

 馬に精霊石がついていることを確認すると、馬をつないでいるロープに手をかけようと手を伸ばした。


「どこに行こうとしているんだ?」

 はっとして声の方を見ると、食事の時にララを襲おうとした男だった。


「女ひとりでこの森を抜けられるわけないだろう?」

 男は冷たい視線をララに向ける。男がララに手を伸ばした。


 ララはその手から逃れる為に反射的に森の奥に向かって走り出した。

「まて!」

 男は小さな声で短く叫ぶとララを追いかけ、すぐに後ろからララを捕まえる。そしてララの両腕を押すようにして、背中を強く木に押し付けた。

「きゃ!」

「暇なら俺がお前と遊んでやるよ、サルドバルドの貴族様はと遊ぶのが好きなんだろ?」

「や、やめなさい、無礼者!」


「暴れても無駄だ。俺は獣人族だからな、お前の抵抗なんて、赤ちゃんが暴れている程度だ」


 男の目からはララに対する強い恨みしか見えてこなかった。

 ララはこれほど悪意を持っている目で見られたことは1度も無い。

 本当に身が危ないと感じ、怖くなって体を震わせた。


「な、何故です? どうしてこんなことを」

「なぜ? お前たちに理由はあったのか? 俺の妹をいたぶった理由が?」

「い、妹さん?」


「お前の兵士は、まだ14の俺の妹をいたぶり、そして殺した」

 男はそう言いながら、軽くララの頬をぺしんぺしんと叩いた。


「生き残った女の子に訊いたんだ。どれほどひどい目にあっていたか」


 そう言いながら男は片手をララの首に持って行き、首を軽く掴む。

「くっ」ララは男の腕を離そうと掴む。


 すぐに男は手を緩めた。ララは深呼吸する。

「お前も同じ目に合わせてやるよ」


 そう言い、男はララのデコルテに唇を付けようと顔を寄せた。

 ララは恐怖で声も出せず、涙を流しながら目をぎゅっと瞑った。


 ガサッ!


 がさっという音とともに、急にララの体への圧迫感が消えた。

 ララが目を開ける。

 すると今までララに迫っていた男が遠くに飛ばされているのが見えた。


 男は頭を打ったのか、痛そうに頭を押さえている。


 そして、ララの目の前には黒い瞳の男が立っていた。

 ララは大きな青い瞳に涙を浮かべながら男の顔を見る。


「大丈夫か?」

 男は低い声でララに訊いた。ララは小さく頷く。

 そうか、と言って男はララの前に立ち、ララを掴むと持ち上げた。

「きゃ!」

 ララが思わず声を上げる。


「お、下ろしてください」

 男はララの抗議になど聞く耳を持たず、ララを担ぐようにして洞窟に連れ戻した。


 洞窟では、他の男たちも起きていて心配そうな顔で黒い瞳の男の方を見る。


「オズを連れてきてやれ」

 ララを抱えたままで黒い瞳の男がそう言うと、2人の男が外に走り出て行った。どうやらララを襲い、この男に投げ飛ばされた男を連れに行ったようだ。


 男はララを自分用に準備された簡易ベッドの上にララを乗せると、自分のマントを取ってララに投げるように渡す。ララはさっとマントを羽織り、しっかりと首元を留め、前を交差させてくるまった。


「大人しくここで眠ってください。次、誰かに何かされても、もう助けませんよ」

 黒い瞳の男はそう言うと毛布を取り、ベッドを背もたれにして地べたに座って目を瞑った。



 ララの予想通り、ここはメモディスの森の中だったようだ。


 次の朝、朝食の後、ララは洞窟の外に出るように言われた。

 ララは昨夜男が貸してくれたフード付きのマントをしっかり身を包むように着て外に出る。


 今回もララは黒い瞳の男と一緒に馬に乗せられ、ララを襲った男を残して、5人とララは馬で洞窟を発った。


 ララは、昨夜襲ってきた男が一緒に来なかったので、幾分かはホッとしていた。そして、どうやらこの人たちはすぐに自分を殺そうとは思っていないらしいと、ララは感じた。



 メモディスの森は魔獣の多い森で有名だ。

 薬草や精霊石など希少な資源も多いが、通常は獣人族ぐらいしかこの森では活動しない。


 そんな場所なので、途中、幾度か魔獣に会った。

 しかし、彼らは難無く魔獣を仕留めた。

 ララはそれを見て、彼らの能力の高さに感心する。


 今、いる場所はおそらくケール自治区――


 ララは馬上で今まで得た情報を整理し、考えをまとめていた。


 おそらく、クーデターを起こそうとしているというのはこの人たちの事だろう。なぜ自分を連れて来たのかは全く分からないけど、きっとそうに違いない。


 そして、この黒い瞳の男性はおそらく―――


 ララは、自分の考えを心の中で整理整頓していた。



 一行は小さな田舎町に着いた。

 メモディスの森のふもとの町だ。

 サルドバルドでは殆ど見ない赤い屋根の建物を見てララはここがケール自治区だと確信した。


 彼らはゆっくりと馬を走らせて坂道を登って行き、町の集落から随分離れた一軒家にやって来た。

 とても広い敷地があるが、随分と痛んでボロボロの屋敷だ。


 馬を止めると、皆が馬から降りる。

 ララも黒い瞳の男にサポートされて馬から降りた。

 そして、黒い瞳の男に促されて屋敷の中に入る。


 中に入ると、思ったほど荒れてない。

 綺麗に手入れがされており、人が暮らすのに支障は無さそうだ。


 ここには沢山の人が住んでいるようで、屋敷に入ると、廊下に何人もの平民服を着た人々が出て来た。その中には、老人や子供も居る。

 様々な年齢の男女が出迎えるように廊下の端に並んで立ち、黒い瞳の男が自分の前を通る時には少し微笑み、軽く頭を下げていた。


 長い廊下の先にホールが見えた。

 そしてそのホールの奥のテーブルに一人の男が座っていた。

 その男は、40代半ばぐらい。グレーの髪で、騎士の恰好をしていた。


 そして、それはララの良く知っている顔だった。


 その顔を見てララは、複雑な表情になる。

 ララはホールまで来て、立ち止まり、その男の顔を見つめた。


「あなた……でしたか、ミドルバ……ミドルバ=アダン将軍」

 ララがそう言うと、ミドルバは立ち上がり頭を下げた。


「お久しぶりです、ララ皇女」

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