第9話 ジェームスはお腹が空いたのか?
「悪いが、ジェームス君。状況が変わってしまった。申し訳ない」
クロード伯爵はジェームスに本当に申し訳なさそうに言った。
「伯爵! 伯爵は第一王子が王座を継ぐべきという事に同調してくれたのでは無いのか!」
ジェームスはクロードを自分側に戻そうと必死だ。
「まあ、そりゃぁそうだが……」
そう言い、クロードはジェームスとララの顔を交互に見る。
その様子を見て、ヘンリーがため息を着いた。そして覚悟を決めたように言う。
「クロード伯爵、悩む事はないぞ。忘れたか? 我が母は元々サルドバルドの惣領姫だ。だからお前の考えに間違いは無い」
「おお、そうでしたな」
ヘンリーの言葉にクロードは納得し、ジェームスを見る。
「すまない、そういう事だ。諦めなさい」
クロードの言葉にジェームスは唖然となる。
「今更何を…… あれだけ我々の援助を受けておきながら……」
呆れたようにジェームスは言う。
「目を覚ませ、伯爵! このままだと、貴方にとっても良くないことになるぞ!」
「気にするなクロード」
ヘンリーはそう言い、クロードを見た。
クロードは、ヘンリーに恭しく頭を下げる。
それから右手を少し上にあげた。
「ジェームス殿と騎士達にはお帰り願おう」
クロードがそう言うと、わらわらと騎士たちが来て、ララとヘンリーの後ろに立つ騎士たちを囲みこむ。
「お、おいっ! クロード伯爵!」
ジェームスは叫ぶが、騎士とジェームスは家を追い出された。
~~*~~
とりあえず、何とかこの場を切り抜けはしたが、いつまでクロードが騙されてくれるか分からない状況だった。
2人はクロードの屋敷でくつろぐフリをしながら作戦会議をする。
「こないだまでガキだと思ってたが、お前も…… 立派に女だよな」
ヘンリーは、しらっと紅茶を楽しむララを眺めながらしみじみと言う。
クロードの伯爵邸の庭は立派なものだった。美しい花々が、あちこちに植えられ、完璧にデザインされていると思える庭だ。
クロードの神経質な性格が、ほんの少しのほころびも許さないのかもしれない。
そんな美しい庭を眺めながらふたりはお茶を飲み、話しをしているのだが、突然ララが何かを思い出したようにハッとして声を上げた。
「そういえば! バタバタしていて忘れていたけど、いつの間にか私、16になってるわ!」
ララが目を見開いて言う。
「16になったのか…… ふーん、おめでとう」
興味無さそうにヘンリーが言う。
「何よ、全然気持ちがこもってない」
ララはぷくっと膨れる。
「……まあ、嬉しいよ、従姉妹が立派に成長してくれて。こないだまではおとぎ話を信じてるお子様だったのに、今じゃあ立派にしたたかな女…… いや失礼、淑女だ。驚くほど肝が座っているしな」
「それ、褒めているのかしら? けなしているのかしら?」
ララは、ヘンリーを見る。
「一応、褒めているし、感心している。よく怪しまれずにジェームスを追い出せたものだ。伯爵が単純な性格でよかったよ」
「ヘンリーが言ってたじゃない、頭がおかしくなって飛ばされたって。だから、まあ、願い通りにしてあげたら、絶対こっちになびくだろうと思ったの」
「まあ、上手くいって良かったが、これからどうするかな……」
ヘンリーは考える顔をして言う。
「このまましらっと帰して貰いましょうよ、今回は挨拶に来ただけだ、とかなんとか言って。どう?」
ララがそう言うと、ヘンリーがため息をついた。
「クロードは帰してくれるかもしれないが、外で待ってる奴らがいるぞ」
「ああ……」
ヘンリーの言葉にララが嫌そうな声を出す。
「そうね、黙って引き返すわけないわね」
「時間を稼ぐしかないな」
ヘンリーは顎をさわりながら言う。
「そろそろシークが俺たちの居場所を探し当てる頃だと思う……」
「そうね。ジェームスと鉢合わせしなければいいけど、この状況を知らせるのが難いしわね」
ララは視線を敷地の外に向けながら言う。
塀が高く、ここから外の様子を見ることは出来なかったが、気になってしまうのだ。
「……いっそ、クロードに頼んでアイツらを連れて来て貰うか」
ヘンリーはそう言いながら、屋敷のセキュリティを確認するように庭を見渡している。ララはヘンリーを見た。
「悪くないんじゃない? どうもクロード伯爵は貴方の事は全く疑ってないみたいだし、従者を連れて来てくれと言えば連れてきてくれそうよね」
~~*~~
「なんと、そうでしたかっ」
クロードは、ララとヘンリーを見て頷く。
「成程、彼らはララ様から帝位を奪う気だったのですね」
「そうなんだ、でも彼は私生児で平民の血が混ざっているから、そんな器は無い……」
ヘンリーがそう言うとクロードが顔色を変える。
「なんですとっ! 私生児!?」
クロードが叫ぶ。
「やはり知らなかったんだな、おかしいと思ったんだ。お前のような男がジェームスと手を組むなんて」
ヘンリーは出来るだけ真面目な顔をクロードに向けながら言う。
「なんと浅ましい事でしょう。そんな身分でありながら皇位を奪う事を考えていたとは!」
これでもう、クロードが心変わりすることは無いだろうと、ヘンリーと、ララは顔を見合わせた。
平民と結婚しようとしているヘンリーはもとより、ララもマルタンの出自の事を言うのは気が進まなかったが、クロードが再びジェームスと手を結ばないよう、権威主義のクロードに効果のある方法を取ったのだった。
クロード伯爵はふたりを心からもてなしてくれた。それこそ、ララとヘンリーが申し訳ないと感じるほどだ。
「はは、そうでしたか。洗礼を受ける為にドルトに向かわれようとされていたのですね。成る程、それをマルタンに阻止されておられたのですか!」
クロードは本当に親しみのある笑顔を二人に向けてそう言う。
ララとヘンリーの前にはこれでもかという程、豪華なケーキやお菓子が並べられていた。
「どうぞお食べください、うちのコックのお菓子は最高においしいんですよ、気に入らなければ別のものを作らせますし」
「い、いえ、大丈夫ですわ。おいしいですね」
さすがにララの笑顔も引きつっている。
「お菓子のことより、クロード」
ヘンリーは大きな口をあけ、小ぶりのケーキを一口で食べながら言う。
「ふふ、小さな時から変わりませんね。甘いものが大好きでいらっしゃる」
ヘンリーの食べっぷりを見てクロードがそう言うと、ヘンリーは少し照れた顔になった。
ララは”ああ、なるほど、このお菓子たちはヘンリーの為に準備したのね”と、心の中で納得する。
「そんなことより!」
ヘンリーはお茶を飲んでからもう一度言う。
「俺たちがドルトに向かえるように手をかしてほしいんだ」
「ええ、もちろんです」
クロードは上機嫌で言う。
「しかし、そんなに急ぐ必要があるのですか?」
クロードはニコニコしながらそう言った。
ララとヘンリーはクロードの言葉に顔を見合わせる。
ララは咳ばらいをする。
「えっと、ですね、伯爵様…… 実はわたしヘンリーと一日も早く結婚し、子供が欲しいのです」
ララの言葉にクロードの顔は綻び、ヘンリーはうんざりした顔になる。
「成る程、そういうことですか」
クロードはニコニコしていう。
「それから、こんなずうずうしいお願い、恥ずかしいのですけど…… クロード伯爵様には是非、私達の子供の先生になっていただきたいと想っていますの」
ララはヘンリーを見てそう言った。
ヘンリーは「は?」っという顔になり、クロードの顔は驚いた顔になる。
「ねぇ、クロード様、もしわたくしとヘンリーの間に男の子が生まれたら、その子の教育係になっていただけるかしら?」
「ええ、ええ! もちろんです」
「いいわよね! ヘンリー」
「あ、ああ、そりゃあ…… まあ…… それがいいかな?」
ララの言葉に少しどもりぎみにヘンリーが答える。
「なんと光栄な事でありましょうか。このクロード、一生お二人に仕えましょうぞ」
クロードは頭を
「それでね、伯爵様。私達は早くドルト共和国に行きたくて、同じ宿に泊まっていた従者を……」
「は、伯爵様!」
ララが最後まで言う前に、屋敷の執事が慌てた様子でクロードの元にやって来た。
ただ事ではない様子にララとヘンリーとクロードは執事を見る。
「大変ですっ、ジェームス様たちが屋敷の周りを取り囲んでいますっ!」
ララとヘンリーは驚いて顔を見合わせる。
クロードが少しおかしくなって飛ばされたと言うのは本当の事らしい。
クロードは執事の言葉を聞くとキョトンとした様子で言った。
「なぜ、ジェームス殿がくる? お腹が空いて菓子でも食べに来たのか?」
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