第10話 クロード伯爵邸からの脱出
クロード伯爵邸の中は急にバタバタし始めた。
ぼんやりしている主人、クロード伯爵の代わりに執事がてきぱきと皆に指示を出していた。
執事はひととおり家の者に指示を出した後、数人の騎士を連れてヘンリーの元にやって来た。
「ヘンリー殿下、ララ皇女とクロード様をお願いできますか? 騎士を5名つけますので、外へ逃げてください」
「外に?」
「はい。騎士たちが案内しますので、ついて行ってください」
そう言いながら執事は、ベルトと剣をもって走って来た使用人から剣を受け取ると、ヘンリーに渡す。それからクロードにも渡した。
ヘンリーは急いで剣がおさまっているベルトを腰につけながら執事を見る。
「お前たちは? メイドや女子供はいないのか?」
「我々は大丈夫です。隠れる場所もありますし、あなた方が居ないと分かれば彼らは追いかけるはずです」
「それは、そうだな」
「出来るだけここで時間を稼ぎますので、出来るだけ早くここから離れて下さい。ヘンリー殿下、クロード様をお願いします。クロード様は悪い人間ではない。だからお願いします」
「ああ、わかっている」
ヘンリーはにこっとしてそう言った。
門の辺りが戦闘状態になったのか、急に騒がしくなった。
「ヘンリー殿下、参りましょう」
騎士の一人がそう言った。
「ああ」
ヘンリーはララの手を引っ張り、騎士たちとクロードについて走り出した。
廊下を走っている途中、ララは足を止めた
「どうした?」
ヘンリーが心配そうに言う。
「ヘンリー、スカートを短く斬って!」
「あ、ああ…… わかった」
ララの言葉に一瞬戸惑いを見せたヘンリーだが、すぐにスカートを掴んで膝のあたりで切ろうとする。
しかし、切るのは簡単ではなくもたついていると、クロードがどこからともなく鋏を出して来て切り始めた。
「鋏を入れたところから斬ってください!」
クロードがそう言うと騎士たちも手伝って斬る。
「花の手入れ用に持ち歩いている鋏が役にたちました」
クロードはララに人懐っこい笑顔を見せた。
スカートを短くしたララの足は速かった。段があっても難無く進む。
剣をもってないだけ身軽だし、これなら足手まというにはならないと騎士たちも安心したようだ。
庭園の森エリアに小さな丸太小屋があり、全員その中に入った。
小屋の真ん中にはラグが敷かれていてその上に大きなテーブルが置かれていた。
その重たそうなテーブルを騎士が2人で横によけると、別の一人が下に引いたラグをばっとめくりあげた。
その下には床下収納の入り口のようなドアがありそれを開けると、底の深い暗い穴が開いている。
「
騎士の一人はそう言うと入り口の淵を掴んで、懸垂をするような要領で下に降りた。身長が高い騎士達には何という事はないのだろう。
二人の騎士が降りた後、クロードが下に降りた。
そしてヘンリーがララに降りるように言う。
「ヘンリーが先に降りて私をささえて」
ララがそう言うとヘンリーは分かったと言い、下に降りた。
いよいよララの番だが、足がすくむ。それを見て単独では降りれないと判断した騎士が言った。
「大丈夫です、私がおぶりますので私にしがみついていてください」
騎士の一人は入り口の前に立ち、ララに背を向けてしゃがんだ。
それでララはしゃがんだその騎士の首を絞めないように気を付けながら背中にしがみつく。
「降りますね。怖ければ目を閉じてください」
騎士にそう言われララはぎゅっと目を閉じた。かなり怖かったのだ。
騎士が動き、ララの足が地から離れた後、体がブランブランと揺れた。
こわい!と思った瞬間、誰かがララの足を掴み揺れを止めてくれた。
「ララ、そのまま手を離して大丈夫だ! しっかり受け止めるから」
ヘンリーの声だ。ララは怖いが、意を決して手を離した。
ほんの少し落ちる感覚がした後、しっかりとヘンリーにお姫様抱っこされていた。
「あ、ありがとう、ヘンリー」
「ああ、軽いんだなお前、助かるよ」
そう言いヘンリーはララを下に降ろした。
「さあ、先に進みましょう」
騎士はさっさと全員降りてきていて、先に進むように促した。
抜け穴を出ると森のような場所だった。
しかし、それほど樹が生い茂った場所ではない。
「この辺りは隠れる事が出来るような場所はないんです。このまま渓谷に進むか、街に戻るかどちらかです。渓谷に進むなら緊急避難用に準備している我々の隠れ家がありますが…… どうされますか?」
騎士の一人がヘンリーの顔色を伺うように言う。
「渓谷に進もう」
ヘンリーは即答した。多分エイドリアン達はもう街を出て近くに来ているはずで、前に進むほうが合流する機会があると思ったからだ。
「わかりました、では、こちらに進みましょう」
~~*~~
少し歩き進んだだけなのに、周りの景色は変わり始めていた。
高い木は姿を消し、所々に背の低い植物が生えている。
少しずつ土地の乾燥具合が増してきていた。そして、大きな岩盤がいくつも現れ始めた。
ララとヘンリーは大きな岩盤に刻まれている地層が作り出す模様に目を奪われていた。それはなんとも不思議な模様だ。
気付けば足元の砂の色が赤っぽくなってきていた。
2時間以上歩いただろうか、クロードの表情が辛そうだった。
「大丈夫ですか? 休みましょうか?」
騎士の一人がそう言うと、クロードが首を振る。
「いや、王子や皇女が休んでいないのに、やすめない」
本当にヘンリーへの忠誠心だけを考えれば見上げた男だ。
「いや、少し休もう。無理していざと言う時に力が出せなくても困る」
ヘンリーはクロードを見て言った。
「はい。では…… そのように…… いたし…… ましょう」
クロードは肩で息をしながら答えた。
座るのにちょうどいい岩があり、一行はそこに腰掛けた。
騎士が近くにある背の低い植物の方に行き、ナイフで楕円形の大きな木の実を切り取って来くると、ひとりひとつづつその実を渡して来た。
大きさはカカオの実ぐらいだろうか。ララとヘンリーは不思議そうな表情でそれを受け取る。表面は堅かった。
クロードや騎士を見ると、その木の実の先端部分をナイフですっぱっと切り落とすと、そこからごくごくと中の液体を飲み始めた。
ララとヘンリーは顔を見合わせる。
ヘンリーはナイフを出すとスパッと木の実の先端を切り落とし、それをララの方に差し出した。
「ありがとう」
ララはそう言い、自分の持っている木の実と交換して受け取る。
ヘンリーはララから受け取った木の実も先端をスパッと切り落とした。
そしてそれをゆっくり口に付けて少し飲んでみる。
「!」
ヘンリーの顔が少し和らいだ。ヘンリーは自分を見ているララの方を見て飲むように手で促す。
ララもおそるおそるそれを飲んでみる。
「!」
それを口に含んだ途端にララは驚いた顔になった。
「なにこれ、美味しいわ」
「はは、この辺りの特産物です。そこらじゅうに沢山あるので、ここに来るときは水を持って来る必要はないんですよ」
クロードが説明してくれた。
「残念ながらあまり日持ちしないので、輸出には向いていないのですが、乾燥地帯に持って行って植えれば旅人の助けになるので、別の場所でも育てられないか研究中なのです」
「そうなんですね」
ララは頷きながら答えた。
「見えてきました」
太陽が空を赤く染め始めた頃、非常時の為に準備されたいる隠れ家の屋根が見えて来た。屋根が見えただけで、まだ距離はありそうだ。
「随分と遠い場所に作っているんだな」
ヘンリーが言う。
「ええ、近くだと見つかりやすいし、まさかこんな遠くに作るとは誰も思わないでしょう?」
騎士のひとりが答えた。
「ララ、大丈夫か?」
ヘンリーはララを見る。ララはもうずいぶん前から一言も話さなくなっていた。多分これほどの距離を自分の足で歩いたのは初めてだろう。
ララは言葉を発することなく、ヘンリーを見て頷き微笑んだ。
ヘンリーはクロードにもちらりと目をやった。こちらも肩で息をしながらかなり辛そうだ。
ふたりともよくここまで頑張ってくれている……
ヘンリーはそう思いながら、ララの真横について歩いた。
丸太小屋の屋根が見えてから20分。
ようやく目の前に丸太小屋が現れた。
全員が小屋を目にしてため息をつく。
「さあ、中にはいりましょう!」
「ちょっとまて!」
騎士が扉に向かって走り出そうとしたのをヘンリーが止めた。
「どうされたのですか?」
騎士の一人が不思議そうに言う。
「人の気配がするぞ!?」
ヘンリーは辺りを探るように言う。
「ええ、騎士が駐屯しています。仲間の騎士です、心配いりませんよ」
「騎士が駐屯しているのか……」
ヘンリーは周りの様子を確認しながら言う。
「しかし、なんだか、胸騒ぎがする……」
「気にし過ぎですよ、行きましょう」
そう言い、騎士たちが玄関のドアに向かって歩く。しかたなくヘンリーとララも歩き始めた。
そして最初に扉に行きついた騎士が玄関のドアを勢いよく開けた。
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