第8話 噓つきはジェームス!?

「はははは、彼のお陰でわたしは目が覚めたんだよ」

 クロード伯爵がワインを片手に上機嫌で言う。


 クロード伯爵はジェームスを席に案内し椅子に座らせた後、自分も席に着いた。それからメイド達にジェームスをもてなす為の料理とワインをもってこさせ、二人で乾杯した後、一人で盛り上がっている。


「彼が真実を教えてくれて、それでわたしは気が付いたんです。ヘンリー殿下は本当はコタールの王になりたいのだとね!」


 ジェームスが来てからこの部屋の雰囲気もがらっと変わった。

 ジェームスが連れて来た騎士たちが、並んで座るララとヘンリーの後ろを囲むようにして立っていて、二人は席を立つことも出来ず、クロード伯爵の話を聞かされている。


「頼りないララ皇女ではサルドバルドをまとめられないと、以前からヘンリー殿下は心配なさっていた。そしてララ皇女自身も自信がないからヘンリー殿下に継いで欲しいと願っていたと言うじゃないか! お優しく、民の暮らしを憂うヘンリー殿下は仕方なく…… 泣く泣く、サルドバルドの皇帝の座に就く覚悟を決めて、その準備の為に王太子の座を降りたのだ…… と、彼はそう教えてくれた! それで私は全てに納得したのだよ!」


 クロードの勝手な言葉にヘンリーは顔を歪ませたが、何も言わずに堪えた。彼らの考えがまだいまいち分からないので、もっと話させるべきだと判断したのだ。


「それで…… 私はヘンリー殿下がサルドバルドの皇帝になる方向でも良いかと思い始めていたんですよ。本心ではコタールの王でいたかったであろうヘンリー殿下の気持ちも知らずに、申し訳なかったと思います…… 今ならヘンリー殿下が、イライラした目で私を追い返した気持ちが分かりますっ」

 クロードがそう言うと、ヘンリ―とララは呆れて顔を見合わせた。

 クロードの暴走は続く。


「そんな私にジェームス君が言ってくれたんですよ。ふふふふ、王位を継ぐのは第一王子であるべきだと…… そう! それこそ私の考えていた事!」


 クロードはそう言い、それからララを見た。

「それで、サルドバルドも、コタールも本来あるべき姿に戻すべきだと、そういう話でまとまったと言うわけなのです」


「……」

 嫌な笑みを浮かべるクロードをララは睨む。

「ふふ、なるほど、ジェームス君の執着もわかるね」

 クロードはララの目を見て微笑む。

「怒った顔の可愛い事……」


「おいおい、困りますよ伯爵」

 ジェームスが顔に笑みを浮かべながら言う。

「おっと、すまない。彼女は君のものだったね」

 クロードの言葉にララがムッとする。

「わたしは誰の者でもなくってよ!」


「そんな風に強がっていられるのも今だけだよ、君の運は尽きたんだ」

 そう言ってジェームスは落ち着いた様子で紅茶を口に運ぶ。

「どういう意味?」

 ララはジェームスを睨んで言う。

「俺はさ、君を王都に足止めしてくれって言ったんだ。それでヘンリーをこっち側に引っ張るように伯爵にお願いしてたんだが…… まさか君がついて来るとは思わなかった。こんな状況になるってことは、ララの運が尽きて、運はこっちにあるってことだろう?」


「……クロード伯爵様」

 ララは少し考えてから顔を下に向けてクロードの名を呼んだ。

「なんですかな、皇女」

 クロードはにやにやしながらララを見る。


「……」

 ララはすぐには何も言わず、横のヘンリーを見る。

 ヘンリーはララの視線を受けてちょっと不思議そうな顔をする。

 ララはヘンリーを見ながら深呼吸をした。


 それからララは満面の笑みを浮かべてクロード伯爵を見る。

「クロード伯爵様、さすがですわね」


 クロードとジェームスはララの笑顔を見て怪訝そうな顔になる。


「さすが、ヘンリーが恩師と呼ぶ人だと申し上げているのです」

 ララは笑顔のままそう言い、そしてヘンリーの方を見る。

「ね?」

 突然のララの様子にヘンリーは戸惑い、ヘンリーも怪訝そうな顔をした。


「伯爵の仰る通り、ヘンリーは第一王子として王位を継ぎたいとそう考えていたのに、このわたくしの我儘で王太子を降りて下さったのよ」

 ララのこの言葉を聞き、ヘンリーは何を言い出すのだという顔をララに向ける。


「ただ、残念なのは、伯爵がヘンリーの能力を見誤っていることね」

 ララがそう言うとクロードがムッとなる。

「どういう意味ですかな?」


「貴方が手塩にかけてお育てした第一王子は、そんなものなのかしら?」

「? ……どういう意味ですか?」

 ララの言葉に本当に意味が分からないという顔をするクロード。ジェームスとヘンリーも同じような顔を浮かべている。


「分かりませんか?殿は…… たかが一国の王座に収まる程度の男ではないという事が」

 ララがそう言うと、その場にいる者達が皆驚愕した顔になる。もちろん、当のヘンリーもだ。


「なんと、それは、もしかして」

 クロードの顔に驚きと嬉しさが混じる。


「ええ、殿は、私と婚姻することでコタールとサルドバルドの王になるのよ」


「お……お、おおっ!」

 クロードは感動したような顔になる。そしてヘンリーとジェームスの顔は反対に曇った驚きの顔になった。


 ヘンリーはララに目で”お前は何を言い出すんだ”と訴える。

 ララは目で”黙っていろ”と訴えた。


「クロード伯爵様、私達がどうしてわざわざこの危険なコースを通ってドルト共和国に向かう事にしたのか分からないかしら?」

 ララはクロードに微笑みかけて言う。


 クロードは少しだけ考えてそしてハットする。

「まさか」

 クロードは嬉しそうにヘンリーとララを見る。


「そうよ、クロード伯爵さま。私達、こっそりと恩師のあなたにだけ、このことを知らせる為に来たのよ」

 ララはヘンリーの腕に手を置いて、にっこりとしてクロードに言った。


「……っんなわけあるかっ!」

 突然そう叫んだのはジェームスだった。


「騙されるな伯爵! 今のは全部ララの嘘だ!」

 ジェームスはララの言葉に喜んでいるクロード伯爵に叫ぶ。


「嘘なんかじゃないわよ、失礼なことを言わないで」

 ララがそう言うとジェームスも反論する。

「ふざけるな! お前はアーロンと婚約してるだろうが!」

「そんな事関係ないと教えてくれたのは貴方でしょう?」

 ララはふんっという感じで言い返した。


 ジェームスはうっとなって、それからララを睨む。

「ララ、随分、性格が変わったんだな、このひとつきで……」

「一晩で豹変したあなたに言われたくなくってよ」

 ララはまたフンという感じで言い返す。


 ジェームスは返す言葉が浮かばず悔しそうな顔になる。


「とにかくクロード伯爵! 騙されるな! この女は嘘をついている!」

「嘘じゃないぜ」

 やっとヘンリーがララの嘘に追いついたのか、ようやくララを援護にまわる。

「俺たちは婚約したんだ」


 ヘンリーがそう言うと、クロードが嬉しそうな顔をし、ジェームスが悔しそうな顔になる。

「ララ! お前と言うやつはそんな尻軽女だったのか!」

 ジェームスの言葉にララもムッとなる。


「貴方みたいな変態やろーに言われたくないわよ!」

「このっ」

 ララの言葉に怒ったジェームスの手が出る。

 しかしその手はすぐに止められた。しかも止めたのはクロードだった。


「殿下の奥方になられる方に手をあげてもらっては困る」

 クロードの言葉にジェームスは驚く。

「クロード伯爵! 騙されていると言っているだろ! 目を覚ませ!」


「いいえ、クロード伯爵様! 愛するヘンリーがである貴方様をどうして私が騙すというのですか!? 騙しているのはジェームスの方ですわ!」


 ララの渾身の演技を見てクロードは感動し、ジェームスは怒り、ヘンリーは……


 女の言葉は絶対信じられない。怖い。


 と心の中で思った。


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