第7話  コタールのクロード伯爵

「ララ! おい、ララ!」

 必死に自分の名前を呼ぶ声を聞き、ララは意識を取り戻して行く。


 ぼんやりしていた視界が、やがて鮮明になり、目の前にヘンリーが居る事に気付いた。

「ヘンリー……」


「大丈夫か? 長く意識を失っていたから心配したぞ」


 ララはヘンリーの言葉にハッとして体を起こすと、自分がベッドに寝かされている事に気付く。


「こ、ここは?」

「ここは、コタールの伯爵の地位にある者の屋敷だ」

「えっ?」

 ララはヘンリーの言葉に驚く。


「ちょっと面倒な事になっている…… 巻き込んじまって、すまない」

 ヘンリーは本当に申し訳なさそうに言った。


「ど、どういう事ですか?」

 ララがそう聞くと、ヘンリーはベッドの端に腰を下ろし、はぁとため息をつく。


 ヘンリーは壁の方に視線を向け話し出す。

「俺達をここに連れて来たのは、元々俺の教育係だった男だ。そいつは…… なんと言うか、俺が王になる事を強く望んでいて、勝手に暴走している……」

 ララはヘンリーの言葉を聞き、驚いた顔になる。


「で、では、我々に危害を加えるつもりはないのですね?」

 ララは、少しほっとする。しかし、ヘンリーは困ったような顔になる。


「どうしたの?」

 ララはヘンリーの様子を見て不安な顔で聞く。

「まあ、そりゃあ…… 俺には、危害を加えないだろうが、ララ、お前の事はわからん」

 ヘンリーの言葉を聞きララは顔を暗くする。

「狙っているのは帝国の皇帝の座ですか……」


 ヘンリーは、チラッとララの方を見て、そしてまた視線を外す。

「俺の教育係だったクロード伯爵は、俺を立派な王に育てる事を生き甲斐に思っているような男でな、その意気込みがあまりにも凄くて…… 子ども心に俺はうんざりしてた。俺が王位だとか、権威に嫌気がさしたのもそのせいじゃないかと思う。それで、クロードは俺が王太子から降りた時ちょっとおかしくなったんだ。それで見かねた父上に罷免され、この国境に近い辺境に飛ばされたんだが、サルドバルドの状況を知った伯爵が変な勘違いをして息を吹き返したみたいに俺に接触して来るようになったんだよ」


「変な勘違い?」

 ヘンリーの言葉を聞きララが首を傾げる。

「俺が帝国の帝位を狙ってたから王太子を辞退したと思い込んだんだよ。まあ、お前も最初は同じような事を言ってたもんな。伯爵の方は、俺が違うと言っても聞きやしないが」

「それは…… 困ったわね」

 ララは心から気の毒に思って言った。

「それに同調する連中もいて、第一王子派を名乗っていて困ってる……」

 ヘンリーはため息をつく。


 それから、ヘンリーは再びララの方を見た。

「だから、俺は大丈夫だが、お前は危ないってことだな」

「そう…… 何か脱出する方法はある? 私は足手まといになるでしょう?」

 ララがヘンリーに聞く。

「時間をかせいで助けを待つさ」

 ヘンリーは真面目な顔で言う。

「エイドリアン達を待つのですか?」

「そうだ」


 ララは頭の中でそんな作戦で大丈夫なのかと首を傾げる。

「でも、私達が連れてこられた事さえ、気が付いてないかもしれないし、ここを彼らが見つけられるかしら?」

 ララは不安になって言う。


「多分大丈夫だと思う。シークが俺たちを追えるはずだから」

「護衛騎士のシークさん?」

「ああ、あいつの精霊力は別格でな。聖獣も持っているし、ここを特定してくれるだろう。この場所はあいつらのいる場所のすぐ側だしな。だから心配しなくていい」

 ララはヘンリーの言葉を聞き、少しほっとした気分になる。


 外は大分明るくなってきていた。

「夜が明けたわね」

「ああ。少ししたら、様子を見に来るだろうな」



 ~~*~~


「ははは、ようこそサルドバルドの至宝、ララ様」


 人に案内されて部屋を移ったヘンリーとララは上機嫌のクロードに出迎えられた。彼の様子が気持ち悪く、ヘンリーとララは顔を見合わせる。


「どうぞ、お座りください。お腹が空いているでしょう? 朝食を食べましょう」

 クロード伯爵は笑顔で二人を席までエスコートし座らせる。

 クロード伯爵は白髪混じりの髪の毛が随分と老けたイメージにさせているが、実際はまだ45歳で年寄りと言うわけでは無かった。


「さすがですな殿下! ララ皇女を連れて来るなんて本当に流石だ!」

 クロード伯爵はそう言いグラスをヘンリーの方に掲げた。


「クロード、いい加減にしろよ。俺は帝位になんてつかないぞ」

 ヘンリーはうんざりしたように言った。

「ええ、もちろん! 分かっておりますとも」

 クロードが嬉しそうに言う。

 ヘンリーとララは「何を言っているんだこの男は」という目でクロードを見る。


「ララ皇女はもうすぐお迎えが来ます。そしてヘンリー殿下はまた王太子となるのです! いや、もう王になっていただきましょう」

 クロードはひとり嬉しそうな顔でしゃべっている。


「お前、へんな薬でもやってるんじゃないのか?」

 ヘンリーはうんざりした様子で言う。

「もうすぐわかりますよ、ふふ、ふふふふ、ふふふふ」

 笑うクロード伯爵をふたりは気持ち悪そうにみる。


「伯爵、お客様が来られました」

 執事と思われる男がそう言ってきた。

「おお! とおせ!」

 クロード伯爵は嬉しそうに立ち上がり出迎えようと部屋の入口まで足を運ぶ。

 ララとヘンリーは顔を見合わせ、怪訝そうな顔で入り口の方を見た。


「ようこそ! 公爵令息殿!」

 クロードが嬉しそうに両腕を広げて男を出迎えた。

「やあ、お久しぶりですな! はお元気でいらっしゃいますかな?」

「ええ、元気ですよ」

 そう言いながら上着を脱いで執事に渡して部屋に入って来た男は、ララが良く知る男だった。


「やあ、ララ、久しぶりだね」

「ジェームス……」

 ララは心の底から嫌な顔をして従兄のジェームス=マルタンを見た。










 

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