第3話 皇帝の名代
長い豪奢な廊下をスカートの裾を持ち上げ、ララは走っていた。
後ろを侍女のアンナと2人のメイドがついて走る。
皇帝の寝室に近づくと、開けっ放しになっているドアの外から中を覗くようにして、心配そうな顔をしている衛兵やメイド達の姿が目に入った。
「ララ様!」
皇帝に仕えるメイド達がララに気付いて声を上げる。
ララは息を切らしながら皇帝の寝室に飛び込んだ。
「お父様!」
部屋にいた全員が一斉にララの方を見る。
ベッドに横たわる父とベットを囲む側近たちの姿がララの目に入って来た。
ララがベッドに走りよると、主治医がベッド脇の場所を明け渡す様によける。
「お父様!」
ララの声にウィリアム皇帝が目を開ける。
その様子をみてララが少しほっとした。
「大丈夫だ……心配ない」
ウィリアムはゆっくりそう言った。
「ほんとに?本当なの?」
ララは主治医の方に不安そうな顔を向けた。
「もう大丈夫ですよ、ララ皇女」
主治医が穏やかな微笑みをララに向ける。その顔を見てララはホッとし、笑顔を見せた。
「よかった……」
それからララはマルタン公爵の方を見る。
「おじ様、ひどいわ! 私に隠そうとなさって!」
姪の言葉に、マルタン公爵は少しおろおろした感じになる。
「皇女、それは……」
「やめなさい、ララ」
ベッドに横たわったままウィリアムが小さな声を出してララを止める。
「公爵はお前が動揺しないように考えてくれただけだ」
そう言いながらウィリアムは体を起こそうとする。ララはすぐに手をだして父を支えた。
「すまなかったな、アーサー」
ウィリアムはマルタン公爵を親しみを込めるようにアーサーと呼んで謝った。
「いえ、とんでもございません」
マルタン公爵は頭を下げながらそう言った。
~~*~~
会議用の広間に重臣達が集まった。
ララが広間に入ると、一斉に重臣たちが立ち上がり礼を尽くす。
「サルドバルドの至宝、ララ皇女にご挨拶申し上げます」
マルタン公爵がいつもより丁寧に挨拶の言葉を言った。
このいつもと違うピリピリした雰囲気に、ララの心臓がドクドクと音を立て始める。しかし、ここでおじけづいてはいけないと、軽く会釈して、中央の椅子に座った。
それを見て重臣たちも腰を下ろす。
「医師によると、陛下の容態は小康状態を保っているようで、10日程度休めば回復するとのことです」
「そうなると……問題はエルドランド王国への訪問だな」
「そうだな……相手はエルドランド王国、簡単に断ることも出来ません」
「皇女が代わりに行くのはどうですか?」
重臣の中の一人が言う。みなが一斉にララの方を見た。
「え?」
ララは突然の提案に驚く。
「いえ、父が心配です。私は父の傍にいたい。ですから変わりは叔父様……マルタン公爵にお願いしてはどうでしょう?」
「わたくしに……その様な大役は無理です」
マルタン公爵はそう言い、座ったままで少し頭を下げる。
ララは困った顔になるが、更に説得する為、口を開いた。
「叔父上が、わたくしに気を使われているのは分かっております。叔父上は、現皇帝の弟です。その叔父上が皇帝の名代として外国訪問すると言うのは、国内外に変な誤解を生みかねない、と、そう言うことなのでしょう? しかし、今は緊急事態です。なんの経験もないわたくしが行くより、叔父上の方が適任です」
ララがマルタンを見ながらそう言うと、マルタンはため息をつく。
「何故、皇女が行く方が良いか、ちゃんと理由も分かっていらっしゃるではありませんか、ララ皇女」
マルタンはそう言い、両腕をテーブルに置いて姿勢を前のめりにする。
「それに、今回は会議ではなく祝賀イベントへの参加です。あちらには皇女の婚約者も居るのだから……特に心配するような事はないだろう」
最後は少し、叔父としての言葉使いに戻してマルタンはララに言った。
~~*~~
「お父様、ミルク粥を持ってきましたわ」
ララが侍女と一緒にお盆を持ってウィリアム皇帝の寝室に入った。
主治医が椅子から立ち上がり、持ってきたものをチェックする。
「問題ございません、皇女」
ララは、ウィリアムがベッドの上でゆっくりと食事するのを手伝う。
ウィリアムがゆっくり食事するのを眺めながら、ララは朝の会議の時の事を思い出していた。
全員、ララが皇帝の名代として行く方が良いという意見だったが、ララは少し待って欲しいと決定を保留したのだ。
「ララ、どうかしたのか?」
ウィリアムがララの様子を見て声をかける。
「あ、いえ」
ララは、ぱっと笑顔を作って見せる。
「エルドランド王国の事か?」
ララの悩み事など父にはお見通しである。
「ええ……」
「アーサーが行くと言っているのか?」
「いえ、叔父様は私にと」
ララがそう言うと、ウィリアムは少し意外そうな顔をする。
「アーサーがそう言ったのか?」
「ええ……私は、私には経験がないので無理だと言ったのですが」
ふーんと言うようにウィリアムは少し考える顔をする。そして目の前のお盆を下げるように手で合図をすると、アンナがさっと傍によってお盆を掴み下がった。
「ララ、今回はお前が名代を務めると良い」
「え?」
「アーサーもお前に公務を経験させると言う意図があって言っているのだろう。それにアーロン殿とも会える……だから行っておいで」
「でも、お父様が心配で行けません」
「はは、私はもう大丈夫。年も考えずに無理をしたからいけなかったんだ。最初から今回はララを立てておけばよかった」
ウィリアムはララを優しい目で見つめる。
「これは本心だよ、ララ。エルドランド王国も、私よりお前が行った方が喜ぶんじゃないか?こんな中年より、サルドバルドの至宝が行く方が華々しいだろう。アーロン殿も喜ぶだろうしな」
「お、お父様ってば」
アーロンの話題が出てララは顔を赤くした。
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