第5話 素敵な王国コタールを発つ

 ララのこの言葉に、この場に座るコタールの王族たちは顔を見合わせ苦い顔をする。

 そして、エイドリアン、トム、セイラは驚いた顔をララに向けた。


「突然こんな話しをして申し訳ありません」

 ララは丁寧に頭を下げて謝る。しかし、そのまま話を続けた。


「獣人族がコタールの商人に奴隷として使われているのを見ました。彼らは足枷を付けられ、抵抗できず、ひどい扱いを受けているように見えました」


 ララの言葉にヘンリーがため息をつく。

「元々は、帝国がそう仕向けたようなものなんだがな…… ちょうど奴隷制度廃止に向けての法整理を始めていた矢先、急に奴隷市場に活気が出て、同時期にサルドバルド帝国の公爵と繋がっている貴族達に圧力をかけられて動けなくなった」

 ヘンリーはララを見て言う。


「あの時、エルドランド王国でヘンリー殿下が言いたかった事は、そういう事だったのですね。何も知らずに申し訳ありません」

 ララはヘンリーの話を聞き驚いて謝る。


「謝る事はありませんよ、姉上さま」

 そう言ったのは王太子である第二王子のアンドリューだ。

「どうせ兄上はちゃんと説明もせずに、嫌な言い方をしたのでしょうから……」

 アンドリューがそう言うとヘンリーは「お前なぁ」と呟く。


「でも、奴隷制度を廃止する為に法整理しようと検討に入っていたのは事実なんです。ねえ、父上?」

 アンドリューはそう言い、王の方を見た。

「ああ」

 コタールの王は持っていたワイングラスを置いて返事をした。


「ユーランド大陸で、今だに奴隷制度を認めているのは我が国だけで、最近は他国からも野蛮な国のように言われる事もあるし、廃止に向け動こうとはしている。しかし、言い方は悪いが、奴隷も個人の財産の1つと考えられているから、単に廃止する事になると、非の無い国民から財産を取り上げるという事になり、強い反発に会う事は間違いない。簡単ではないのだ」


 王はそう言い、ため息をつく。

「奴隷制度はヒトとして悪い事だとは分かっているが、あまりにも長く続き、我が国では普通に浸透してしまっている制度なのだよ」


 アンドリューが、父の言葉に頷き、それから続ける。

「気付かれませんか? 王城や、兄上の別邸に奴隷が居ない事に」


 そう言えばそうだと、ララ達は顔を見合わせる。


「王室や、公的施設に関わるところから手はつけているのです。我が国は決して裕福な国では無いので多くは出来ませんが、出来るだけ今迄の給与を支払い、解放してはいるのです」

 アンドリューがそう言うと、ララは深く頷き、頭を下げた。


「そのように取り組まれているという事も知らずに失礼な事を言いました、申し訳ありません」

「そうだぞ…… 結局、お前の国だけがこれで利益を得たという結果なんだからな。俺たちは、少しずつ奴隷を買い上げて解放しているんだ。財産を取り上げるなんて事、出来ないからな」

 ヘンリーが野菜を手で掴んで食べながら言う。


「まあ、気を悪くするかもしれないが、ヘンリーの言う事に間違いはない。サルドバルドの商人は丸儲けした事になるし、そしてその裏にはサルドバルドの公爵が居るのだろう」

 王もヘンリーの言葉に同意して言う。それから王は何も言わずに話を聞いていたエイドリアンの方を見た。


「しかし、エイドリアン達からすれば、どちらが先かなんて関係なく、我々の事も許せない話しだろう。申し訳ないと思う……」

 王の言葉を聞き、エイドリアンは少し何を言うか悩んだようだった。


「……いえ、今の取組みに感謝致します」

 結局、短い言葉でエイドリアンは、謝意を伝えるのみだった。その事がかえって彼の複雑な心境について考えさせられ、皆が暗い顔つきになって沈黙する。


「まあ、その話しは、また姉上様が帝位に着いた時に話しましょう」

 アンドリューが明るい声で空気を変えようとその話しを締めにかかる。


「それより、おふたりはいつ婚約を? 私は全く知りませんでした! 姉上様はエルドランドのアーロン第二王子とご結婚されるとばかり思っていましたから!」

 アンドリューがとても明るい笑顔を見せて言う。


「とってもお似合いですよ!」


 無邪気な笑顔でそう言われ、ララとエイドリアンは苦笑いして顔を見合わせた。



 〜〜*~~


 ヘンリーの出発の準備が整った。


 コタールの王は、同行者として、優秀な護衛騎士をひとり準備してくれた。セイラと同様に精霊力を使える貴重な騎士だ。

 王はララの護衛にと言っているが、ヘンリーを心配して付けたに違いなかった。


 他にもコタール王は、高級精霊石や、旅費、食料を惜しまず支援してくれた。

 王と王妃の私財で援助してくれたらしい。


 コタールはそれほど裕福な国では無いし、王室もそれ程多くの費用が割り当てられているとは思えない。

 恐らく高級精霊石の援助は王と王妃にそれなりの負担になっているはずだ。


 しかし、彼らは「気にしなくて良い」と優し微笑みをララに向けてくれた。

 ララはふたりのその温かい優しさに涙が出そうだった。


 コタールを出発する時は、ヘンリーの恋人の女性が見送りに来ていた。

 ヘンリーより2歳年上のその人は、ララに明るい笑顔を向け、「何かあったらヘンリーを盾にして逃げなさい。大丈夫よ、この人強いから」と言った。

 ララは一目見てこの女性を好きになった。


 また、アン王妃やアンドリューも、テラスから手を振り見送ってくれた。


 温かく見守ってくれる視線に見送られながら、後ろ髪惹かれるような気持ちを抑え込んでララ達はコタールの王都を出た。



 夕方まで馬を走らせ、一行は小さな町で宿をとった。


 その宿では、夕食の時間が決められており、指定された時間に食堂に行って食べなければいけないようだ。

 指定された時間に食堂に行くと他の客も沢山居てガヤガヤと騒がしかった。


 ララはその雰囲気に少し戸惑ったが、エイドリアンやヘンリーを含む他のメンバー達は慣れた様子で座るべきテーブルを探し出し、席に着いた。


 食堂には、食欲をそそるスパイシーな香りが充満していた。

 ララ達が席に着くと直ぐに給仕の若い女性が笑顔でやって来て、空のお皿を何種類か置いていき、メニューの説明を始めた。


「ナンは3種、プレーン、チーズ、ガーリックよ。今日のカレーは野菜カレー、チキンカレーとグリーンカレー。好きな物を好きなだけ器に取って食べてね。でも、たくさん残すのはルール違反よ、基本的に器に取ったものは残さず食べてね」


「グリーンカレーか、辛いのか?」

 ヘンリーが笑顔で女性に聞く。

「ええ、それなりに。でも、辛いのが苦手でなければ大丈夫だと思うわ」

「米はあるのか?」

「ええ、サフランライスがあるから自由にとってね。あと、ヨーグルトもあるから必要なら声をかけて。それと…… 飲み物はどうしますか? お水はそこの樽から汲んで勝手に飲んでくれたらいいけど」

「ビールを…… セイラ、飲むか?」

 ヘンリーは、セイラの方を見て聞く。

「はい。飲みます」

 セイラは笑顔で答えた。

「じゃあビールを五つと、ララは……」

「私もビールを飲むわ!」

 ララは、なんだか仲間はずれなのが嫌で叫ぶように言う。

 ヘンリーは、それを聞き女性に伝える。

「なら全員分、ビールをたのむよ」


 程なくして、女性がビールを5つ運んできた。


 ララは、細腕の女性が木で出来ているビールジョッキを一度に運んで来た事に驚く。

 目の前に置かれたビールジョッキは、ララの顔より大きそうだ。


「よし、乾杯だ」

 ヘンリーはそう言うとビールを掲げる。

 ララ以外の皆がビールを同じように掲た。


 ララは、その様子を見て慌てて右手でビールジョッキを手にして持ち上げる。


 重っ!

 ララは直ぐに左手もビールジョッキに添えた。


「よし! とりあえず、1日目は無事に過ごせた! 明日も頑張ろうぜ、乾杯!」


 ヘンリーが機嫌良さそうな顔でそう言うと、ララ以外のメンバーも笑顔で乾杯といいカップをぶつけ合う。

 それから、自分からぶつけに行けない様子のララを見て、皆、ララのカップにも優しく自分のカップをぶつけて来た。

 ララは何となく嬉しくなり、乾杯と言い、その後皆の真似をしてカップに口を付けた。


「ぷっはー、うめーえ」

 ヘンリーは、カップの、半分ぐらいまで一気飲みして、本当に美味そうに言う。


 他のメンバーもかなりごくごく飲んで、フーっと満足そうな顔をしていた。


 ララは、それを見て、もう一度カップに口をつけて、ごくごくと飲み始める。

 ヘンリーやエイドリアン達がそれを驚いた顔で見た。


 ごくごくごくごく…と、カップの4分の1ぐらいを飲んだ後、カップをテーブルに戻す。

「ぷはっ」

 と、ララも満足そうな顔をすると、ヘンリーだけでなく、セイラやトム達も嬉しそうな笑顔をララに向け、笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る