第10話 皇帝の密命

 アンナ達がサルドバルドの宮殿に戻って来たのは襲撃の4日後だった。

 けが人を馬車に乗せ、アンナもセイラも馬に乗って戻って来た。


 騎士団の団長だったジュード、アンナ、セイラ、リタは戻ってすぐにマルタン公爵たちから散々叱責され、処分が下るまで謹慎するように言い渡された。


 4人が重い足取りで城を出ようとしていた時、皇帝直属の執事であるエバンズに呼び止められた。皇帝が4人を呼んでいるとの事だった。


 4人は皇帝の私室に入り、そして皇帝の前にひざまずく。


「この度は、皇女を御守りすることが出来ず、大変申し訳御座いませんでした」

 ジュードは顔を伏せたまま謝罪の言葉を口にした。


 続いてアンナが謝罪の言葉を口にする。

「あれほど、ララ皇女をエルドランドに留めるよう言われていましたのに、ララ皇女を止められませんでした。本当に……大変申し訳御座いません」

 

 ジュードもアンナもセイラもリタも、どんな罰でも受けるつもりで跪いたま皇帝の言葉を待った。


 執務用テーブルの椅子に座っていた皇帝ウィリアムは立ち上がった。

 そして机においてあった手紙を手にする。


 すでに部屋は人払いをしていて誰もいないし、廊下も執事に見張らせている。

 それでも皇帝ウィリアムは4人の元に歩み寄り、跪く彼らに目線を合わせる為に、自分も膝を折った。


「!」


 4人は驚いて顔を上げる。

 皇帝は4人にもっと寄るようにと、手招きした。


 4人は顔を見合わせながら皇帝の近くに這うように寄った。


「今から言う事は、ここだけの秘密だ」

 ウィリアムはそう言い、4人の顔を見まわした。

 4人はウィリアムの顔を見てコクリと頷く。


「先程、ララを誘拐した者から手紙が来た」

 小さな声でウィリアムが言う。

 4人は驚き、ウィリアムが手に持っている手紙に注目した。


「手紙には、私に帝位を降りろと書いてある」

「な、なんと!」

 ジュードが驚いて声を上げる。

「私が帝位を降りたらララを返してララに帝位を継がせると、そう書かれていた」

 そう言い、ジュードに手紙を渡す。


「見てもよろしいのですか?」

 ジュードが手にした手紙を見てそう言うと、ウィリアムが頷く。


 ジュードは手早く手紙を封筒から出し、広げて読み始めた。

 アンナ、セイラ、リタも横から覗き込む。


 手紙には、先ほどウィリアムが言った事が書かれているだけだった。

 しかし、ジュードが手紙を見て何とも言えない表情をしている。


「陛下……これは」

 ジュードが顔をあげてウィリアムを見る。

「やはり、お前にも分かったか」

 ウィリアムがそう言うとジュードも確信し、言葉にする。


「これは、将軍ミドルバ=アダン様の字です」


「ああ、そうだ」

 ウィリアムは頷いた。アンナとセイラとリタが驚いた顔をする。


「な、なぜアダン将軍が?」

 セイラが声を出す。


「ララを誘拐したのはミドルバだ」

 ウィリアムがそう言うと、ジュード達は言葉を失う。


「ミドルバは、ケール王国への進攻後に、ケールについて私に進言してきた。ケールへの侵攻は誤りだったと」

 そこまで言ってから皇帝は溜息を着いた。


「……あれは、確かに誤りだった」


 皇帝の言葉に4人はまた驚きの表情を浮かべる。


「おかしいとは分かっていた。だが、あの時は、止められなかった。本当に申し訳ないことをしたと思っている……だから、私はすぐにケールを自治区としたのだ」

 そこまで言いウィリアムは一旦言葉を止め、また、溜息をついてから言葉を続けた。


「しかし、私は甘かった。甘かったのだ……このような事態にしてしまったのは何の対策も見いだせず、全てが後手にまわってしまった私の責任だ。ララの事にしても、ララを守りたいが故にとっていたこれまでの行動が全て裏目に出てしまっている」

 ウィリアムは苦悩の顔を浮かべて言う。4人も自然と辛い顔になる。


「陛下、陛下がこれ程に心を痛めていらっしやったなんて、我々は何も知らず……」

 ジュードは悔しそうに言う。


「どうか、我々に全てを明かして下さい、一体、何が起こっているのですか?」

 身体の大きいジュードは皇帝よりも出来るだけ頭を下げた状態で言う。


「私達にも、どうかお聞かせて下さい」

 アンナも力強い視線をウィリアムに向けて言った。


「私は、長くララ皇女のもとで姉のように皇女に仕えてきました。ここに居るセイラやリタも同じです。そして私たちはある程度、気が付いてます。大臣や貴族達が微笑みをむけながら、ララ皇女を侮っている事に」


 アンナの言葉に、リタとセイラが頷く。


「そうか。君達は本当に良く見て、良く仕えてくれているのだな。本当に感謝する」

 ウィリアムは、ほんの少しだけ微笑みを見せる。


「見てれば誰でも分かりますよ!」

 アンナが叫ぶように言う。


「皇女の参加する朝会はまるでお茶会のような内容で、中身のある話題は避けられていますし、いつまで経っても皇女の洗礼の儀について触れようとしない……そして授業のカリキュラムは最低限で、おとぎ話のような歴史しか教えない。彼らが、皇女を気遣うふりをしながら、帝国の中心から常に皇女を遠ざけようとしているのは明らかです! そして、今回の事です! 珍しくララ様に名代をさせることになったと思ったらこんな事に……そこに誰かの悪意が無いわけがありません!」


 アンナは心に溜めていた物を吐き出すように一気に言った。


「ああ、その通りだ」

 皇帝ウィリアムは頷いた。


 アンナはウィリアムの返事に、少し腹が立った。

 アンナはその気持ちも抑えられずに、そのまま口にする。


「僭越ながら申し上げます! どうしてですか、陛下? ご存知だったならどうして何も仰らず、何の対策も打たれなかったのですか?」


「そうです、陛下! 僭越ではありますが、このリタ! この件ついては、陛下を支持する事は出来ません! せめて洗礼の儀だけでも早く済ましておけば良かったのではないですか?」

 リタは少し震えながら言った。

 相手は皇帝だ。リタのような立場のものなど、気に入らなければすぐ切り捨てられるだろう。


 だが、皇帝は怒ることはなく「すまない」と言った。


「ララを守る為に、それが一番良い方法だと思ったのだ。ララは真っ直ぐな性格だ。ミラと同じで、不正や間違っていることを黙って見てはいられないだろう。だから、敢えてララが何も気付かないようにしていた。敵は人を殺す事など全く厭わない人間だから」

 皇帝がそう言った。

 4人は顔を見合わせる。


「どういう事でしょうか?」

 ジュードが聞いた。


「……これは誰にも気付かれていない事だが、実は皇后は……ミラは暗殺されたのだ」


 !


 全員が絶句した。


「あの当時、ケールに侵攻する事をミラは大反対していた。ミラが暗殺されたのは、それが主な原因だろうと思う。大聖女のミラは邪魔だったのだろうな」


「……」

 4人は顔を見合わせる。流石に大聖女を暗殺する者が居るなど考えもしなかったからだ。


「私もすぐには気が付かなかった。死体は綺麗だったし、突然死だと言われて1度はそれを信じた」

 ウィリアムはその場に胡座をかいて座った。

「しかし、ドルト共和国から弔問に来た聖職者の一人が、ミラの遺体を見て気付き、”これは暗殺だ”と、こっそりと教えてくれたのだ」


「そんな、大聖女のミラ様を暗殺するなど……そんな恐ろしい事を」

 リタが震えながら言う。


 リタの様子を見ながらウィリアムは続きを口にした。

「ミラは、魔の力によって暗殺されたと、……その聖職者は言っていた」


「魔の力!?」

 ウィリアムの言葉に4人は驚き、ウィリアムを見る。


「魔物によって心臓をわしずかみにされた痕跡があったらしい。ミラも抵抗したようだが、魔物の力が少しミラより上だったようだと」


「当時、あまりにも突然の訃報に驚きましたが、そう言う事だったのですね」

 セイラが呟く。


「ああ。その聖職者が言うには、魔物は人間を眷属にして精神を同化し、操ると言うのだ。そんな風に操られたものが魔物を手引きしたのだろうと言っていた」


 ウィリアムの言葉に、4人はまた顔を見合わせる。

「つまり、サルドバルドの宮殿内に、魔物に操られている者がいると、そう言うことですか?」

 ジュードが聞くとウィリアムは頷く。


「魔獣を倒すと、魔石が出て来るのは知っているか?」

 ウィリアムがジュードに聞く。

「はい、もちろん」


「通常、魔石は、聖職者によって浄化してもらうと精霊石と同じものになるので、浄化してから使うものだが、あえて浄化せず使う者がいる。魔石を砕いて飲むと一時的に魔力が高まり力が強くなるといわれているからね。だが、副作用がある。魔石は猛毒で古来から暗殺に使われてきたのは有名な話だ。飲んだ者はじわじわ体を瘴気に蝕まれやがて死に至る。しかしそれだけではなく、魔石の粉にして飲むと魔物の眷属になって意識を操られるというのだ。これはどこまで本当の事かはわからない。飲まされた者はそれほど長くは生きていないし、確認できていない話だからな。だが、聖職者が言うには、そうやって宮殿の何人かが魔物に取り込まれているんじゃないかと、そう言うのだ」


「なんということ……」

 アンナがつぶやくように言う。


「ミラが生きていれば、もしかすると、瘴気が身体の中に入っている事にすぐ気が付いて浄化出来たかもしれないが、今の宮廷にはそれが分かるものは居ない。ミラが暗殺されたのはそう言う理由もあるかも知れない」

 ウィリアムはそこまで言って、深呼吸するように深く息を吸った。


「それに……多分、敵は魅了の能力を持っている。元々は気にする程の能力でもなかったが、おそらく魔物の力を借りて、本来持つ力がある程度強くなっているのだろう。会議などで、自分の味方を作ることなど簡単なはずだ」


「み、魅了の能力ですか? それって、まさか……」

 セイラが驚く。

「さすがは風使い、君も誰だか気が付いたようだな」

 ウィリアムがセイラを見て言う。セイラが頷いた。

「ただ……まだまだ分からないことがある。魔石をもし飲んでいたとしたら、それほど長くは生きられないはずなのにあいつの体はなんともなさそうだからな。正直、我々には分かっていないことが沢山あるのかもしれない」


 ウィリアムは少し顔を上に向け、話を前にすすめる。

「恐らく、私が全てに気付いた事に向こうも気付いている。少なくとも、これからお前達を帝都からララの元に向かわせる事で、確実に気付かれるだろう」


「え? 陛下は将軍の居場所をご存じで?」

 ジュードが驚いた顔をして聞く。


「ああ、いつかこんな日が来ると思い、陰ながら見守り援助をしていたからな。ミドルバは私が援助してるとは知らないがな」

 ウィリアムはほんの少し微笑み、それから真面目な顔になる。


「ジュード、セイラ、アンナ、リタ。今から、お前達に密命を下す」

 ウィリアムの言葉に、4人は姿勢を正して「はい」と答える。


「お前たちは、これからララの元に行き、一刻も早くララをドルト共和国に連れて行き、洗礼を受けさせてくれ」

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