第9話 獣人狩り

「獣人狩りだ! 麓の村が襲われてる!」

 叫び声を聞いて、エイドリアンとララは走って屋敷の方に戻った。


 屋敷に入ると既にミドルバが起きて皆に声をかけていた。


「準備が出来た者から、麓にいけ! それから、念の為に女と子供たちを起こして、上の洞窟に避難させろ!」

 皆、慌てて起きてせわしなく準備しいる。


「何人かは女子供おんなこどもの警護につけ! エイドリアン、頼む!」

「分かった! おい皆、起きろ、眠いだろうが、避難だ!」

 エイドリアンが、眠たそうにしている子供達を順に起こしていく。


 ララは、皆の様子を唖然として見ていたが、これは只事では無いのだろうと思い、まだ寝ている人、眠たそうにして起き上がろうとしない人達を起こすのを手伝い始めた。

 そして、皆と共に屋敷の外に出る。


 エイドリアンは馬に緊急用の荷物を積みながら叫ぶ。

「早く行け! トム、先導しろ!」

 エイドリアンがそう言うと、騎士のひとりが、はいっと言い前に出た。


「みんな、訓練を思い出して落ち着いて、慌てなくて良いからね!さあ、行くよ!」


 若い騎士はそう言い、皆の先頭を歩き始めた。

 皆が、道の無い獣道を若い騎士について登り始める。


「明かりはつけるな! 気付かれる!」

 後ろから馬を引くエイドリアンが叫んだ。


 今日は月が明るくて良かった

 明かりが無くても安全に歩けるわ


 ララは、二人の子供を持つ母親から小さな子供を一人預かり、抱き上げて歩きながらそう思った。


 少し見晴らしの良い場所に出て、下を眺めて見たララは驚く。

 離れた所の空が明るく赤く染まっていた。燃えているのだ。


「あいつら、また、火を!」

 そばに居た女性が悔しそうな声を上げた。


 ララにもその場所から炎が上がっているのが確認できた。

 それは、村の家が燃やされている炎だった。


 呆然としてララがそれを眺めていると、叱責するように声をかけられる。

「おい!」

 ララはハッとして声の方を見た。エイドリアンだ。


「立ち止まるな! もし見られたら、アイツらはここまで来る」

 エイドリアンの言葉にララは黙って頷く。


「俺が子供を抱くから、子供をこっちに」

 エイドリアンはそう言って眠っている子供をララから奪うと、器用に片手で抱き、もう片方の手で馬を引いて坂を登りはじめる。


 今の彼の黒い瞳は、ララを誘拐した時と同じ様に冷たい瞳をしていた。

 さっきまで、話をしていた時とは完全に雰囲気が違っている。


 ララは、その姿を見て思う。


 戦わなければならない時、彼はあんなに鋭い目をするのね


 一国の王太子だった彼が、国の滅亡を経験し、ここまで来るのにどれほどの苦労があったのだろう?

 彼は自ら剣を取り、人々を助けて生きる事を選んだのだわ



 山の中の広い洞窟に、避難してきた人たちは次々に入っていく。

 普段から避難用に準備されている場所のようで、そこには、毛布や食料等のいろんな物資が揃っていた。


 次々に来る人達全員を洞窟に収容した後、エイドリアンを含む護衛担当の騎士は洞窟の外に出て警戒にあたる。


 その洞窟の中で、皆は夜を明かした。


 明け方、日が昇り始めた頃、ミドルバ達が洞窟にやってきた。

 ミドルバ達の鎧には血の跡が付いていて、少し血の匂いがする。


「何人か逃がしたが、追い払えた」

 ミドルバは少し疲れた様子でエイドリアンに向かって言った。

「怪我人は屋敷の方に運び終わった。みんな、もう戻っても大丈夫だ」


 帰りは下りだし、子供たちも元気に歩いてくれて、随分と楽だった。

 いつの間にかララはエイドリアンの横を歩いていた。


「わたくし、貴方にお礼を言い忘れていたわ」

 ララは、少し考えてからエイドリアンに言った。

 エイドリアンは、馬を引きながらララをみる。


「……私の侍女達を助けてくれてありがとう」

 エイドリアンは、すぐには何をいわれているのか分からなかったようだ。なんの事だと言うような表情を浮かべた。


「黒ずくめの男たちから、守ってくれたでしょ?」

 ララがそう言うと、エイドリアンは、ああ、と小さく言った。

 それから2人は黙り、しばらくは静寂が続く。

 しかし沈黙は長くは続かなかった。


「あれは何者?」

「あれは何者?」

 と、二人はほぼ同士に言っていた。


 言った後、二人はしばしの間、顔を見合わせる。


 ララが先に口を開いた。

「彼らは、私を生け捕りにするつもりは全く無さそうだったわ。彼らは、護衛の者達も含め、皆殺しにするつもりで攻撃していたようだったもの」



 ~~*~~


 屋敷に戻ったララ達は、あの日ララを襲った黒ずくめの男達について話をした。


「彼らは護衛の者達も含め、皆殺しにするつもりで攻撃してきた」

 ララはその場にいた者達にそう言った。


 ミドルバは、ララがすっかり気を取り直しているようで少し安堵する。


「つまり、皇女を殺そうとした者がいた、そう言う事ですね」

 ミドルバの問いかけにララが答える。

「……そういう事になるわね」


「野盗の類では?」

 若い騎士が言う。


「そうでは無いな」

 答えたのはエイドリアンだ。


「あれは、そうとう訓練された者達だったし、装備がかなり立派なものだった。精霊石のついた剣を持っている者もいた」

「なら、どこかの貴族の手の者ですね」

 ミドルバが言う。


「そうね、エルドランド王国の領土で襲われたから、エルドランドの貴族だったのかもしれないわ」

「お心当たりが?」

 ララの言葉を聞き騎士の一人が質問する。


「……いえ、無いわ。でも、アーロンを……自国の第二王子をサルドバルドに取られたくないと、そう思っている貴族がいるのかもしれない」

 ララは、全然思い浮かばないが、とりあえず言ってみた。


「場所がエルドランド領だったからと言って、襲ったのがエルドランドの貴族とは限らないのではないか? 現に俺たちはエルドランドの人間では無い。つまりどの国の人間でもあの場所で襲う事は可能だという事だ」

 エイドリアンが言う。

 ララは、「だとすると……」と言い、ハッとする。


「まさか、コタール王国のヘンリー? パーティで物凄く絡まれたわ、知らない間に殺されるぞみたいなことも言われたわ!」

 ララは、色々と嫌味を言われた事を思い出す。


 でも、結果的にあの時、ヘンリーが言っていた事は、全部が間違いでは無かったと今は分かってるので、嫌味を言われても仕方なかったのかもしれないと、ララは少し思った。


「ああ、アイツは昔から口が悪いからな」

 エイドリアンが言った。

 知り合いのような口調にララがエイドリアンを見る。


「叔母が、向こうの公爵家に嫁に行っててな、結構行き来していたんだ」

 エイドリアンは、ララが聞く前に説明した。

「まあ、アイツは、女を襲うような性格では無いよ」


 ララにもそれは分かっていた。

 ヘンリーはそこまでの事をするような性格では無い。実際ララもぱっと浮かんだことを口にしてみただけで、本気で疑っているわけでは無かった。


「もしかして、ケールの別のグループがあるのかしら?」

 ララはまた可能性のひとつとして言う。

 ララの言葉にミドルバが少し考える顔をする。

「可能性が無いわけではありませんね」

 ミドルバは、そう言った。


「他国にばかり目をやっているが、サルドバルドには怪しい者は居ないのか? 暗殺の場合、ほとんどの犯人が身内だったりするぞ」

 エイドリアンが言う。

「皇女であるララを殺して得をするような人物。ララ皇女の次に皇位継承権を持つ者とか……たしか、皇帝の弟が居たよな」

 エイドリアンの言葉に、ミドルバとララは考える顔をする。


「無いな」

「無いわね」

 と二人はほぼ当時に言う。


「叔父様は、婚外子なの。皇位継承権は、たしか、5番目よ。本来なら公爵位ももらえない立場だったのだけど、母親も早くに無くして後ろ盾も不安定だし可哀そうだからと、先の皇帝が公爵に封じたと聞いているわ。だから、公爵として重用しているお父様は凄く感謝されているし、私にもとてもお優しいのよ」

 ララが言う。ミドルバもこれには頷いた。


「ララ皇女を殺しても、彼には何も得は無いだろう」

「そうか、なら益々犯人がだれか分からなくなるな」

 エイドリアンは、ため息をついた。


「ちょっと思ったんですけど」

 若い騎士が声を上げた。皆を洞窟まで先導したトムと呼ばれていた騎士だ。


「昔、大陸中で暴れていた盗賊や海賊も黒ずくめだったと言ってましたよね、なにか関連はないんですかね?」

 トムの言葉にエイドリアンが頷く。


「そう言えば、結局、調べても何者かもわからず、鳴りを潜めてしまったんだったな」

 そう言い、エイドリアンはミドルバの方を見た。


「確かに、あれだけ組織だっていた者達だ。再び姿を現したとしても不思議はないな。何か関連している可能性もある。ただ……」

 ミドルバは考えるように言う。

「私はあれは皇帝がケール侵攻の理由を作るために組織した者達だと思っている。だから、ララ皇女を襲うと言うのはちょっと考えられない。もし同じ連中だとしたら、私の考えていた事に何か間違いがあるかもしれないという事になる……」


 ミドルバの言葉に、ララが反応を見せる。

「やっぱり! やっぱりお父様が悪いわけじゃないかもしれないということですね!」

「あ、いや、ララ皇女、可能性として考えられはしますが、皇帝に問題がないとは……」


「黒ずくめの奴らが、当時獣人族と偽って暴れていた奴らかどうかもわからんからな……」

 エイドリアンが言う。


「でも、まだ何もわかっていません! 私はもう、はっきりと自分で確認した事しか信じないし判断しません!」

 ララは少しだけ元気が出た様子でそう言った。

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