第8話 ララ、ケールの景色を眺める
ミドルバの話を聞いた後、部屋でララは一人で泣いた。
部屋のベッドで泣いて、泣きまくった後、少しだけ冷静になった。
気が付くと外はもう暗くなって、月が出ている。
ララはとても混乱していた。
ミドルバ達の話は信じられない事ばかりだったからだ。
ミドルバ達の話を決して信じてはいけない、そう思った。
信じると、自分の父親を極悪人と認定してしまうことになるからだ。
何かがおかしい、ララにはそうとしか思えなかった。
一体、何が起きているのか
何が嘘で、何が本当の事なのか見極めなければいけない
ララはそう思い、必死に考えはじめた。
考え始めようとしてすぐ、ケール王女の事を思い出しハッとする。
エイドリアンは話を聞いている間、何も言わなかったが、自害したというケールの王女は、エイドリアンの妹の事に違いない。
エイドリアンはこの話を一体どんな気持ちで聞いていたのだろうとララは急に気になったのだった。
ララは、悲しい気持ちになる。
そして、誘拐された日にララに襲いかかってきた男の事を思い出す。
あの男は自分を獣人族と言っていて、そして、妹が酷い目にあったとそう言っていた。
ララはミドルバの言った言葉を思い起こす。
"ケールの王女と同じ様な目にあっているのは、1人や2人では無い"
きっとそれは事実なのだろう。
実際に酷い目にあった人がいる、それは間違いなく事実。
でも、それをやったのはお父様ではない。
これも事実と私は信じるわ。
おかしい、どうして矛盾しているの?
ララは外の空気を吸いたくなり、ドアノブに手をかけた。
ララが思っていた通り、鍵は閉められていなかった。ララは扉をあけて部屋を出る。
部屋の外に出ると、床に雑魚寝している人たちが沢山いた。
それも廊下にだ。どうやら部屋もベッドも布団も全然足りていないようだ。
それなのに、ララに布団をくれていたとは……
ララは、ミドルバ達は本当に自分に危害を加えるつもりはないんだなと思った。
そして、そう思った途端、エルドランド王国からの帰り道に襲ってきた黒ずくめの男達の事を思い出した。
やはり、何かがおかしい。
そう考えながら、ララは一旦部屋にもどり、自分の部屋にある毛布を持って出る。そして、廊下で並んで寝ている子供二人にかけてあげた。
それから、小さな赤ちゃんを抱いて座って寝ているお母さんの手に触れる。母親は眠りが浅いので、すぐに目を開けた。
ララは口元に手を当てて声を出さないように示し、それから自分が寝ていた部屋を指さす。
「?」
赤ちゃんを抱いた母親が不思議そうな顔をした。
ララは小さな声で、「ベッドを使いなさい」と言った。
母親は、嬉しそうにお礼をいい、立ち上がって部屋に入っていった。
ララは寝ている人たちを見まわした。
皆、よれよれの服を着ていて、健康状態も悪そうだ。
ミドルバの言う通り、みんな困窮している。これも事実。
ララは心の中で呟く。
ララは玄関のドアを開けて外に出た。
そして建物を見る。
ここに連れてこられた時も思ったが、随分痛んでいる建物だ。
全然手入れがされていない。
ミドルバの言う通り、ケールの人達が重税に苦しみ搾取されているのも、事実かもしれない。
そんなこと、考えもしなかったわ……
ララは大きな月を見ながら考えた。
突然鳴った、がさっという足音にララがビクンッとした。
振り返るとエイドリアンだった。
「すまない、驚かせたようだな」
月明りに照らされた漆黒の髪と瞳を持つエイドリアンが背後から近付いてきていた。
闇に溶け込むような姿にララは思わず見とれる。
「眠れないのか?」
「あなたこそ、眠れないのですか?」
「俺は警備だ。獣人狩りを警戒しているんだ」
「え? 王子自ら?」
自然に口から出たララの言葉にエイドリアンは皮肉っぽく微笑む。
「俺はもう王子ではない。それは皇女様もよくご存じだと思うが?」
ララはエイドリアンの言い方に少しムッとする。
「そうでしたわね」
「ホントに、よく泣くし、よく怒る皇女様だな」
そう言い、エイドリアンは微笑んだ。
「あ、あなた達のせいでしょう!」
ララは恥ずかしさに顔を赤くする。
「おっと」
エイドリアンはララの口を押えた。ララはドクンッとする。
「みんな寝ているんだ、静かに……」
エイドリアンはゆっくりと手を放す。
「ご、ごめんなさい」
ララは顔を赤くしながら誤った。
「あっちに行こう、座る場所がある」
~~*~~
「わあ」
ララは思わず声を上げた。
エイドリアンが案内した場所は屋敷の小さな裏庭で、渓谷の崖の上だった。屋敷は崖の上に建てられていたのだ。
その為、屋敷の裏庭からは渓谷の素晴らしい景色が眺められた。
そこから見える景色は雄大な自然が広がる素晴らしいもので、空には、ほぼ満月の明るい月と星が溢れ輝いている。
「すごいだろう?」
珍しくエイドリアンが微笑みながら言う。どうやらエイドリアンはこの場所がお気に入りのようだ。
「ここに座って眺めるんだ」
そう言うと、横に倒れている丸太の木を指し示す。
ララが座ろうとすると、エイドリアンは紳士らしくララの手を取ってサポートした。
さすがは4年前までは王太子だっただけの事はあり、そういう動きは自然に身についているようだった。
「我が国にはこういう地形が多いんだ。山には精霊石が多く、森には希少な薬草が沢山生えている。もちろん、山や森には魔獣と呼ばれる獣が多くいて危険だが、対抗できる獣人族がいる。皆、獣人族を獣に近いものと誤解しているが、単に魔獣を狩って生活をしている種族がこの辺りには多くいて、そういう人の事を獣に勝つ人と言う意味で獣人族と呼んでいるだけなんだ」
「本当にその事は、今まで知りませんでした……」
「そうだろうな。昔、サルドバルドの教科書を見せてもらった大臣が、獣人族をまるで獣のように説明している事に驚いて抗議したそうだが、聞き入れてもらえなかったという話を聞いたことがある。子供の頃からそう教えられて育ったんだ、仕方がないと言えば仕方ない」
「ごめんなさい」
「それは、君のせいだとは思っていない。分かってくれればいい」
エイドリアンは随分と落ち着いていると、ララはそう思った。
獣人族の男がララに向けたような怒りをエイドリアンは感じることは無いのだろうか?
「あの」
「ん?」
「ミドルバが話していた、自害した王女というのは、エイドリアン殿下の妹君ですよね」
「ああ」
ララは恐る恐る聞きたいことを口に出した。
「私を……憎んではいないのですか?」
私を憎んではいないのですかというララの問いかけに、エイドリアンはすぐには答えなかった。
「……」
エイドリアンは少しの間、黙って月を眺め、それから口を開いた。
「はじめ、妹は、サルドバルドの宮殿で幸せに暮らしていると聞いていたんだ。亡くなったという連絡も、舟遊びの時におぼれたという連絡だったし、俺はそれを信じていた」
エイドリアンは手元にある葉っぱをちぎって、投げる。
無意識でやっているようだった。
「俺は王太子として、ケール宮殿の部屋に監禁されていた。そんな時に、妹が死んだと聞かされ、天涯孤独になった俺はすべてを諦めた。首をはねられる覚悟をして、自分が死ぬのは今日か、明日かと、毎日を過ごしていた。涙も、怒りも枯れ切って、最後には、なんのエネルギーも残っていなかった」
淡々と話すエイドリアンに、ララは不思議な感覚を覚える。
「六か月経った頃、ミドルバが会いに来た。ああ、こいつが、サルドバルドの総司令だった奴かって、その時は少し憎くは思ったけど、あいつが来たってことは俺を処刑する事が決まったんだと思った。それで、俺もこれで死ねるんだと思ってたら」
エイドリアンはそう言いながら、ちょっと笑う。
「いきなり、私と逃げましょうって言うから驚いたよ」
ララは笑えなかった。
エイドリアンは、とても怖かったはずだ。
当時王太子は16歳だったと聞いている。
16歳の少年が、毎日死の恐怖と闘っていたのだ。
「でも俺も、もう何をするエネルギーも残ってないと思ってたんだけど、気付いたらミドルバと必死に逃げていた。それで、ここに来てから、ミドルバから妹の事を聞いたんだ。でも正直、全く実感がわかなかった。俺は、いまでも妹は、楽しく遊んでるときに事故で死んだ、そう思っている」
エイドリアンの言葉に、ララの心臓が締め付けられた。
「……」
ララの瞳から涙が落ちる。
エイドリアンの言葉がララの心に刺さったのだ。
信じたいことを信じたのだろう…
自分が幸せであるために
「ごめんなさい」
ララは涙を流しながら謝っていた。
エイドリアンが、驚いてララを見る。
ララは涙が溜まっている大きな瞳でエイドリアンを見つめた。
「貴方の妹が、サルドバルドで自害したのはきっと事実です」
ララの言葉にエイドリアンが益々驚く。
「ごめんなさい。その事実に私たちは向き合わなければいけない、幸せなウソを信じて知らん顔をしてはいけなかったのです」
ボロボロ泣きながら言うララに、エイドリアンは少し困った顔をする。
「でも、でも、信じてください、お父様のせいではありません、お父様がそんな事をするはずない!」
エイドリアンは、必死に訴えるララを見て、ぷっと笑う。
「そこは、譲らないんだな」
「だって、そうなんですもの!」
ララは、真剣な顔だ。エイドリアンはため息をついた。
「まあ、正直、何が本当なのかは俺にも分からないが、あんたの父親であるサルドバルドの皇帝が娘からは愛される良い父親だった事は、間違いないんだろうな」
エイドリアンがそう言うと、ララがぶんぶん頭を上下させる。
「そうなんです、そうなんです。貴方の妹さんなら、私の1つ2つ上ぐらいでは無いですか?私と変わらないはず!そんな女の子にお父様が変なことをしようとする筈ありません!」
エイドリアンはまた驚いてララを見た。
確かに、そうだな
エイドリアンは、ララのその言葉には共感した。
そして思い出す。
そういえばミドルバも、王の姿は見てないと言っていた
「……」
はじめて、エイドリアンはその事について考えた。
それまでは、信じるとか信じないとか、そんな事さえ考えたことはなかったエイドリアンだったが、はじめて実際に起きた事について、状況がどうだったのかについて考えたのだ。
すっかり押し黙ってしまったエイドリアンに、ララは不思議そうな目を向ける。
「どうかされましたか? エイドリアン殿下」
エイドリアンはハッとする。
「あ、いや別に」
「すみません、エイドリアン殿下に私のせいで嫌なことを思い出させてしまいましたね」
「あー、いや、まあ」
曖昧に回答するエイドリアン。
その時、土を踏んで駆けてくる足跡が聞こえてきた。
エイドリアンがハッとして立ち上がり、建物の方を見る。
ララも気になって立ち上がり、建物の方を見た。
ドアが大きく開けられる音がして、すぐに男の叫び声が聞こえた。
「獣人狩りだ! 麓の村が襲われてる!」
その声に反応し、エイドリアンが走って玄関の方に戻る。
ララもエイドリアンの後ろをついて走った。
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