第7話 ミドルバの決意

 勘違い? どういう意味だ?


 ミドルバは不思議そうにウィリアムの顔を見た。

 ウィリアムはミドルバの顔を見たまま話を続ける。


「ミドルバを訴えた商人は、勘違いでお前を訴えたんだ。商人は自らの行いのせいで獣人族から恨みを買い、獣人族に襲われた。ミドルバはそれを助けようとしたが防ぎきれず、商人は獣人族に斬られた。そして、商人はなぜかお前に斬られたと勘違いしてお前を訴えた、そうだな?」


 ミドルバはウィリアムの言葉に驚いた。驚いて唖然とする。


「はい、その通りでございます」

 マルタン公爵とフィックス公爵がミドルバの代わりに頭を下げて返事をした。


「この際だ、ひとつづつ誤解が無いように解決しておこう。ケール王女の件については、お前の方が勘違いをしているようだ」

 皇帝はミドルバを見て言う。


「え? 勘違い?」

 ミドルバが驚く。


「そうだ、私が聞いた報告では王女は溺れて亡くなったと聞いている、可哀そうだが、それ以上の話は何もない。そうだろう?」

 ミドルバは皇帝の言葉に絶句した。


 罪を帳消しにするから、王女の件は目をつぶれと!

 ――そう言うのか?


 ミドルバはもう呆れて言葉も出ない。


「ご心配には及びません、ミドルバは分かっております」

 何も言わないミドルバに代わりマルタンが勝手に返事をする。


「そうだな、私もミドルバは分かっていると信じておる」

 皇帝はそう言ってミドルバを見る。


「それから、ケールへの侵攻の件。これは、ミドルバ自身も侵攻の時には賛成していたのだから、今更言うことは無いだろう。戦後の話は、フィックス公爵の言うとおり大商人の問題だ。大商人を処分することで解決するだろう」

 皇帝は、そこまで言い、椅子のひじ掛けに肘を立てた。

 そして更に続ける。


「それともうひとつ――」

 皇帝はみなの顔を見て言う。


「ケール王国の領土は、自治区としてケール人が統治することを認める。執政官を置くが今後の統治はケール人に任せるのだ。それで良いか?」

 そう言い、皇帝は強い眼差しでミドルバを見る。


 そうか……陛下は私にこれ以上は何も言うなと、そう言っているのか。


 ミドルバは情けない気持ちになった。

 しかし、それならば……と、ミドルバは付け加えるように言う。


「ケール人がケール王国……いえ、ケール自治区から出る場合は、自治区の許可証の発行が必要という事にしましょう、そうすれば他国に出て強盗する者も減ると思います」


 こうしておけば、奴隷として勝手に外に出すことも出来なくなる……

 ミドルバは心の中でそう呟いた。


 ミドルバの言葉に、皇帝と公爵達が顔を見合わせた。


 ミドルバは更に続けた。

「それと、本日をもって私は将軍の任を辞したいと存じます」


 これでどうだ?

 そんな気持ちでミドルバは皇帝の顔をみた。


 この条件なら、よいでしょう? もう私は口をだせません。


 そういう意味を込めた目でミドルバは皇帝を見る。


 皇帝が公爵達の方を見た。フィックス公爵が頷く。

 そしてフィックス公爵が言った。


「よろしい、そのようにしましょう」




 宮殿から自宅の屋敷に戻ったミドルバはすぐ妻を呼び、事情を話した。

 そして妻と離縁し、妻と子供を妻の実家に帰した。


 愛する妻と子と離れることは辛かった。

 しかし、心はいつまでも一緒だ。


 貴方が自分がやりたいと思う事をやりなさい


 そんな風にミドルバの妻は言ってくれた。

 ミドルバは自分がやりたいようにすることにした。


 ミドルバは持っていた全ての財産を処分し、必要な物資を手に入れ、ケールに移った。


 そして、拘束されていたエイドリアンを救い出し、ここに拠点を構える事になったのだった。



 ~~*~~ 


 ミドルバは全てを話し終え、ララの様子を見た。

 ララは、震えながらミドルバの話を聞いていた。

 

「しっかりしてしてください、皇女」

 ミドルバは、何も言えずに震えているララに言った。


「私がこの地に来て約3年たちました。皇帝がここを自治区にして、人の行き来を許可制にしてからも、闇狩りが横行していて止まりません。そして未だにこの地区には重税が課されており、搾取され続けているのです。このことを、大聖女ミラ様を母に持つ貴方は、どう思われますか?」


 ミドルバからの問いかけに、ララは混乱し頭が動かなかった。

 ララが目を泳がせ何も言えずにいると、ミドルバの表情が少し柔らかくなった。


「私は昔、皇后の護衛をした時、皇后ミラ様とお話させていただいた事があります」

 ミドルバは口調を柔らかくしララに言う。


「皇后ミラ様は仰っていました、ララは自分よりずっと優秀だと。ララ皇女は記憶力が人並み外れて良く、自分の知っている事は全て教えたし、知識だけならあらゆる分野で学者並のだろうと、そうおっしゃっていました……」


 ミドルバは、そう言い膝を折る。

「にわかには、信じられませんでした。当時、ララ皇女はまだわずか11歳でしたから」


 ララの前で膝を折り礼をつくすミドルバにララは驚きの目を向ける。


「そんな私に、ミラ様はこう仰ったのです」



 ララは神にとても愛されている子

 清い心を持ち、きっとわたくしよりも、大聖女にふさわしい子


 でもね、この子は今は、知識を詰め込んだだけだから、もっと大切な事を学ばなきゃいけない。特に人間の心の事を……喜びや幸せの感情だけでなく、妬みや悪意、苦しみや辛さ、そう言う人間の感情を学んで、将来そういう事を分かった上で人を救えるようにならなきゃいけない。


 今はまだ幼いし、もう少し苦労など知らない世界の住人でいて欲しいと、親としては願ってしまうのだけど……これは親のエゴね。

 ふふ、天真爛漫で、何も知らない皇女のままでいれば、ララは誰の脅威にならず、生き延びる可能性が高くなるもの。


 ミドルバ、貴方にお願いするわ

 何かあったら、あの子を守ってね

 あの子はいつか……

 自身でこの帝国を守らなければいけない日が来る。

 だからその日が来るまで、貴方が守って欲しいの。



 ララは、ミドルバの言葉を聞き涙を流した。


「ララ皇女、私達はこの大聖女のお言葉があったから貴方にかけたのです。あなたを信じ、陛下に皇位を退くように要求したのです。皇帝が皇位を退けば、次の


 ミドルバの言葉に、ララは涙を出しながら首を振り続ける。

「……しら……ない……そんなこと、……私は信じない」

 ララはしばらく泣き続けた。


 あまりにも泣きじゃくるララを見て、ミドルバは話を切り上げた。



 ~~*~~


 ララ達が襲われ、ララが連れ去られたという報告は、2日後にはエルドランドのアーロン第一王子に伝えられた。


 アーロンがララにつけた騎士が大けがを負いながらも馬を走らせアーロンの元に戻って来て知らせたのだ。

 アーロンは驚き、自分が付き添わなかった事を酷く後悔した。


 アーロンはすぐに父である王に追撃を進言する。

 事情を聞いたエルドランドの王は激怒した。


「我が領土内で皇女を襲い連れ去るとは、決して放っておけぬ事態だ!」

「あなた、このままではサルドバルドにも申し訳が立たないばかりか、他国からも疑われます」

 アーロンの母である王妃も心配を口にする。


「うむ、噂によると、ケール国の残党が暗躍していると聞くが、卑怯にも我が国とサルドバルドが不仲になることを狙っての事かもしれぬな」

 王は考えながら言う。そしてアーロンを見た。


「アーロン! 騎士が揃い次第、発て! そして皇女を救うのだ」

「はい、父上!」



 ~~*~~ 


 サルドバルドにララの一行が襲われたと言う状況が伝わったのは、エルドランドより少し後だった。


 城は大騒ぎになり、マルタン公爵が慌てて皇女を救うべく騎士団を組織するために動いたと言う噂が城下町に即日流れた。


 騎士団の隊長には公爵の息子ジェームスが任命され、早速、情報収集を始めていると、街中で噂になっている。


 皇帝の体調はララが発ってから、少し悪くなったようだった。

 ベッドから出ている時間が少しずつ短くなっていて、執事のエバンスが酷く心配をしていた。


 ララが襲撃された事を知った皇帝は、驚いて取り乱した。しかし何故か、ララがさらわれたと聞くと少し落ち着きを取り戻し、何かを考えている様子だった。

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