第6話 ミドルバ、皇帝に謁見する
皇帝の謁見の間へと入ったミドルバは4か月ぶりに皇帝を見て驚いた。
皇帝の謁見の間の奥に皇帝の座る大きく立派な椅子があり、皇帝のウィリアムはその椅子に座っているのだが、椅子に座っている皇帝は、随分と痩せ細っており顔色も悪く、かなり不健康に見えたからだ。
皇后の死が皇帝にとって、それほどの衝撃だったのかもしれない。
しかし、だからと言って皇帝の今の行いは、許されるはずもない
ミドルバは命を掛ける覚悟をした。
そして、皇帝の座る方に足をすすめた。
皇帝の両サイドにはこの国の重鎮である二人の公爵が立っていて、歩み寄ってくるミドルバを見つめている。
皇帝の右側に立つのはフィックス公爵。前皇帝の妹の夫だ。
左側に立っているのはウィリアムの弟であるマルタン公爵だ。
ミドルバは皇帝の前まで進むと、その場で膝を折りひれ伏した。
そして、いきなり皇帝を攻めるような口調で、皇帝に向かって言葉を発した。
「教えてください、陛下。陛下はケール王国が盗賊や海賊とは繋がっていなかったという事をご存じだったのではないですか? なのになぜ何もしていないケール王国を攻める命令を出したのです? そして、どうして彼らを奴隷のように扱うのです!?」
「無礼ですぞ、ミドルバ将軍」
そう言ったのはフィックス公爵だった。フィックスは続ける。
「ケール王国が盗賊や海賊と繋がっている証拠を見つけられなかったのは、貴方の失態だろう。そもそも侵攻前は君もケールが盗賊や海賊の巣だと言っていたじゃないか」
「確かにそうですが……しかし、今現在彼らを奴隷のように扱っているのは何故ですか?」
ケール侵攻についてはミドルバ自信も納得していた事なので、あまり強く言えない。なのでミドルバは、まず獣人族を無理やり帝都に連れて来ている事について話す事にする。
「奴隷? どういう事ですか? わが国では奴隷は認めてはいないが?」
今度はマルタン公爵が答える。
「実際に、私はこの目で商人による獣人狩りを見ました。彼らは無抵抗の人々を武器で脅して無理やり輸送用の馬車に載せようとしていました」
ミドルバがそう言うとマルタン公爵はため息をつく。
「それで商人を斬ったのか、ミドルバ……気持ちは分かるがもっと考えて動くべきだった。斬ったが故、今、君は罪人扱いされているんだぞ」
マルタンの言葉にミドルバは一瞬言葉に詰まるが、怯まない。
「ケール王国に非が無かった事も、商人が獣人族を奴隷のように扱っている事も、陛下はご存じなのではないのですが? そもそもこの戦争は、我々サルドバルドが画策した事だったのではないのですか?」
「バカな事を言うでないぞ、ミドルバ!」
フィックス公爵がミドルバを叱責するよう言った。
「公爵に聞いているのではありません、私は皇帝陛下に聞いているのです!」
「調子にのるな! 無礼者!」
フィックス公爵が怒鳴ったが、ミドルバは気に留めずに皇帝の方を睨むように見る。
「……」
皇帝のウィリアムは黙ってミドルバを見返した。
見返してくるその瞳の中に怒りの色が全くないことにミドルバは少し違和感を感じはしたが、ミドルバはそのまま睨むように皇帝を見続けた。
ウィリアムは少しの間、ミドルバの視線を受け止めるように見つめていたが、ゆっくり話し出した。
「ケール王国が盗賊達と繋がってなかったという報告は、私のところには上がって来ていない。ミドルバ、お前からはケールと盗賊を繋げる証拠が見つからないとの報告を受けているが、それを確定する証拠は出ているのか?」
「いえ……それは」
繋がっていない証拠など、見つけられるわけがない。ミドルバはそう思いながら答える。
「……盗賊達が何者なのか、盗賊の一人でも捕まえ尋問したのか?」
ウィリアムは続けてミドルバに質問した。
「いえ……」
ミドルバは今度は少し悔しそうに答える。
「そうか……」
怒る様子でもなく、ウィリアムは言う。
「侵攻当初、我々の元には、確かに盗賊達はケールと繋がっているという報告が何件もあった。それはミドルバも知っているだろう?」
「はい」
ミドルバは皇帝の質問に迷うことなく答える。そのことは間違いのない事実だったからだ。
「当時、ケール侵攻の決断がされたのは、その時点では間違いだったとは言えないだろう?」
皇帝のこの言葉にミドルバは思う。
確かに、あの時点ではそうだったと。
ミドルバ自身、侵攻への賛成派の一人だったのだから。
しかし、ミドルバの心には大きな疑惑がある。
「しかし、その……」
さすがに少し言い淀んだ。しかし命を懸けると決めてここに居るのだと自分を鼓舞し、皇帝を見つめたままで言う。
「その盗賊の件は……ケールに侵攻するためにサルドバルドが仕組んだことではないのですか?」
この言葉に反応したのは、皇帝の座る椅子の両脇に立つ二人の公爵だった。
「何をバカなことを言い出すのだミドルバ!」
「無礼が過ぎるぞミドルバ!」
「無礼は承知です! しかし今の状況を見ると、そうとしか思えないのです!」
ミドルバは身を乗り出すようにして皇帝を見て叫ぶ。
「サルドバルドが、ケールの資源と、獣人族という人材が欲しくてケールに進攻したのではないかと、そうとしか思えません!」
フィックス公爵がため息をついた。
「陛下、大商人に人質の輸送を委託したのが誤りだったかもしれませんね」
フィックス公爵が皇帝の方を見て言った。
皇帝は考えるような顔をする。
そして口を開いた。
「……実際に大商人から獣人族を受け取っている貴族がいるということだろうな」
そう言い、皇帝は公爵たちの顔を見た。
「いや、私は、まさか」
フィックス公爵が驚いたように言う。
「我々はそんな事をしません、する必要もありません」
マルタン公爵もそう言った。
「まあ、そうだな」
皇帝は納得したように言い、そしてミドルバを見た。
「お前が言いたいことはそれだけか?」
皇帝の言葉にミドルバは少し考えた、そして言った。
「ケールの王女の件、あれはどういう事だったのですか?」
途端、空気が少し変わったようにミドルバは感じ取る。
「ケール王女の件? なんのことだ?」
フィックス公爵が突然何を言い出すのだと言う感じで言った。彼は本当に何も聞かされていないのだろう。
マルタン公爵がフィックス公爵の方をみて説明する。
「人質として王宮に滞在していたケールの王女が舟遊びの折り、船から落ちて亡くなったということがありましたよね、あの件について言っているのでしょう」
舟遊び?
ミドルバは、マルタンの方を見た。
マルタンはミドルバに聞かせる為、敢えて詳しくフィックス公爵に説明したのだろう。
どうやら王女は溺れ死んだことになっているらしい。
「ええ、その王女の事です。一体どなたの誘いで王女は舟遊びなど危険な遊びをなさったのでしょうか?」
ミドルバはマルタンの話に一応はあわせて問う。
「王女がお漏れてしまった、その責任はどこにありますか?」
「お前は一体何が言いたい? お前はその王女と知り合いか何かだったのか?」
事情のわかっていないフィックス公爵は不思議そうに言う。
「責任は私にある。そんな事は分かっておる」
皇帝ウィリアムがそう言う。
フィックス公爵は怪訝そうな表情を浮かべた。
「ミドルバ、君は優秀だがもう少し慎重になるべきだな」
皇帝ウィリアムがミドルバに言う。ミドルバは皇帝の顔を見た。
やはりウィリアムの瞳からは、怒りの感情を全く読み取ることは出来ない。ミドルバは、自分ごときが何を言おうと気にも留めていないということなのだろうと、そう思った。
「そんなだから、大商人に訴えられるようなことになるのだ。まあ、その件も、大商人の勘違いではあるがな」
ウィリアムは表情を変えずに言う。
勘違い? どういう意味だ?
ミドルバは不思議そうにウィリアムの顔を見た。
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