第7話 暗黒の10年

 では、実際にある人物が魔王と契約した結果、世界がどうなったかを説明しよう。

 

 これについては”旧中世大陸歴史書”に詳しく書かれている。

 しかし、この”旧中世大陸歴史書”は、現在は禁書となっていて一般には読むことが出来ない本だ。


 この本について、禁書目録の禁書理由欄を見ると、このように書かれている。

  

 本書は”ユーランド大陸の暗黒の10年”の記載がある為、以下の理由で大司教以下の者が読むことを禁じ、禁書に指定する。

 ・これを読んで真似をする人間が現れるのを防ぐ為

 ・女神アテラミカへの信仰を捨て魔王を崇拝するというあってはならない10年間が記録されている為

 ・残酷な記載も多く、広く一般に出回ってよい内容ではない為


 しかし、これらは真の理由ではないと私は考えている。

 恐らく、大陸の貴族達が自分たちの恥を表に出したくなかった、これが一番の理由だったのだろうと私は考えている。


 この、”ユーランド大陸の暗黒の10年”というのは、ある男がユーランド大陸を征服し、恐怖によって支配し、民を苦しめた10年だったと言う。


 一体何があったのか。”旧中世大陸歴史書”に書かれている内容を引用し説明しよう。

 

 その男は獣人族の農家の生まれで、15歳までは精霊力もないごく普通の少年だったらしい。

 そんな少年は15歳の時、薬草取りの最中に迷って森の奥深く入り込んでしまい、魔人と出くわして殺されかけた。

 しかし少年が必死に命乞いをした結果、魔人は少年を気に入った。

 魔人は魔王の眷属になり自分と契約するなら見逃すと言い、少年はそれを了承し、無事に家に帰る事が出来たのだった。


 記録によると、少年はその場で魔石を与えられたわけではなかったらしい。魔人の方も魔王の魔石などいつでも持っているわけではないのだろう。近いうちにもう一度ここに来るようにと言われ、帰されたようだ。


 私は思う。

 もしこの時、この15歳の少年が二度とこの森に行かなければ、悲劇は起こらなかったのではないか?

 魔人の方も気まぐれで助けただけで、少年がもう一度戻ってくることは期待してなかったのではないだろうか?


 しかし少年は数日後、約束通り魔人の元に行った。


 そんな少年を、たまたま様子を見に来ていた魔王が気に入ったらしい。

 「面白い事が出来そうだ」と、魔王は少年に自分が作り出した最上級の魔石をそのまま渡して飲み込ませた。


 その日を境に、それまで普通だった少年は突然変わった。


 彼は、村の有力者に気に入られて養子になり、街の学校に通い出した。

 今まで勉強などしたことがないはずの少年だったが、学校の本を読み漁り、すぐに天才だと言われるほど優秀な生徒になる。

 そして彼は、学校長の推薦で王都にある国の最高峰の学校に編入した。


 そこは王都の貴族子女が沢山通っている学校で、彼はそういう上流階級の人間と積極的に交流を深めていった。そして子爵家の養子になり、伯爵家の令嬢に気に入られ、伯爵令嬢と婚約をした。


 子爵家の養子に入ったとはいえ、元は農民の男だ。

 伯爵令嬢と婚約など、正直驚くことだが、そんな彼のことを悪く言う人間は誰も居なかったようだ。


 ”魅了”と言う言葉が私の頭をよぎる。

 もしかすると彼は魔王から魅了の能力を与えられたのかもしれない。


 記録によると、男は友人や知り合いに自家製精力剤と言い、黒い飲み物を飲ませていたとある。これは間違いなく、魔王の魔石を砕いたものを混ぜた飲み物だろう。

 恐らく彼は、こうやって少しづつ、誰にも気づかれずに魔王の眷属を増やし、仲間を増やしていったに違いない。


 男は20歳で伯爵令嬢と結婚し、王宮で働くようになった。

 そして、あっという間に出世して、27歳という若さで宰相という座に就いた。


 そしてある日突然、事件は突然起きた。


 彼はなんの前触れもなく、王宮でいきなり王と王妃を殺しのだ。

 そして他の王族を全員王宮から追い出して、王座を奪い取った。


 それからすぐ、自分はユーランド大陸の皇帝だと言い出したのだった。


 当然、ユーランド大陸の国々は反発し、対抗する姿勢をとった。

 それに対し男は、従わない国には兵を送り、武力で国を征服した。


 この時、自国の威信のため、男に屈しない道を選んだ国々だが、実は、男が兵を送った時点で、どの国もすでに戦争をする余裕などない状況だったと記録されている。


 少し前から、ユーランド大陸のあちらこちらに魔獣が大量に発生していて、その討伐のため、各国は相当な戦力を使っていた。

 そして、男を皇帝だと宣言したあたりから、その大量の魔獣が街にも現れはじめ、組織だって街を破壊してまわるようになっていたのだ。

 なので、どの国も男が攻め入る前からすでに疲弊しきっており、すぐに白旗をあげなければならない状況だったと記録されている。


 恐らく男は、魔王と共に何年も前からこうなるように、魔獣を増やし、街を襲う準備を進めていたのだろう。

  

 この状況を見て、男を倒そうと聖職者や騎士が集まり対抗した。

 しかし、魔石を飲まされて眷属となった兵士たちが命を惜しまず戦うので、とてもかなうものではなかったようだ。



 対抗勢力を抑えた後、彼は自分が魔王の眷属であることを公表し、魔王の椅子を自分の玉座の横に並べて置いた。

 そして女神アテラミカ信仰を禁止し、聖職者は現在のドルト共和国の地から一歩も出れないように周りを魔獣の森で囲んで閉じ込めた。


 記録によると、あの男に気に入られ、生き残る為には、魔王の魔石を飲まなければいけないと、有力者たちは競ってそれを欲しがったらしい。

 しかし、男はそういう人間をあまり信用していなかったようだ。自分の命と財産を守る為に魔王の魔石を欲しがる人間には、魔獣から落ちた魔石を騙して飲ませて殺したと、記されている。


 そうして自分の敵となりそうな者を徹底的に排除し全土を支配した男は、自分達の欲望を満たす為だけに、国民から搾取し、弱きものを奴隷にして、逆らう者は容赦なく殺した。

 

 これが、男が支配する暗黒の10年の始まりである。


 男は、魔王や魔人、そして魔王の眷属となった貴族達を王宮に集め、毎夜宴会を開いたと言う。

 男や魔王が実際にどれだけ罪深きことを行ったか、それをここに詳しく書く事ははばかられるため控えたいと思う。

 あまりお勧めはしないが、興味のある者は禁書の大陸歴史書を読むと良いだろう。そこには詳しく書かれている。


 約10年の間、そういう時代が続いた。

 記録によると、この10年でユーランド大陸の人口が半分以下に減ったと書かれている。

 これが大げさな数字なのか、今では検証できないが、多くの人が色々な理由で亡くなったのは事実であろう。



 しかし、女神アテラミカは我々を見捨てはしなかった。


 ユーランド大陸の西側にある小さな村に女神アテラミカの敬虔けいけんな信者である夫婦の元で生まれ育てられた少女がいた。

 そして、その少女も両親と同じように、女神アテラミカの敬虔けいけんな信者だった。


 この家族は、こんな世の中であっても、隠れて女神アテラミカへ祈りを捧げ続けながら、この10年を生き延びていた。

 そして、彼女たちは自分たちの危険も顧みず、聖職者狩りに追われる女神アテラミカ教の聖職者を助け、匿い逃がし続けていたのだ。


 少女の家族が、聖職者狩りから逃げていた当時の枢機卿を助けた時、少女は既に17歳だった。

 洗礼の儀を行う事が禁じられていた為、少女がその年齢になってもまだ洗礼を受けられずにいる事を知った枢機卿は、助けられたお礼に簡易的ではあるが洗礼の儀を行わせてくれないかと、少女とその家族に提案した。


 少女と家族がその提案を喜んで受け入れたので、その日の夜遅く村にある湖を神殿にあるアテラミカの泉に見立て、こっそりと洗礼の儀式がおこなわれたのである。

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