第8話 大聖女でなくても
その時の洗礼の様子は、”大聖女記録書”に歴代1位の大聖女誕生の記録として詳細に残されている。
立会人は、少女の両親と彼女の家に匿われていた聖職者達が担い、付添人には一人の騎士が選ばれた。
その騎士は、逃げ去さる騎士が多くいた中、最後まで枢機卿に寄り添い守り続けた勇敢な者だった。
余談ではあるが、後に、彼には勇者の称号を与えられている。
何年ぶりかで行う聖なる儀式に、始まる前から感極まって涙を流すものもいる中、儀式は始まった。
記録では、少女が泉に身を浸し、洗礼の儀が始まると、少女から七色の光が放たれたと記されている。
稀代の大聖女誕生の瞬間である。
その少女から放たれた光は、大陸中を駆け巡り大聖女誕生を皆にしらしめた。
少女はその場で女神アテラミカの啓示を受け、圧倒的な精霊力で大陸の浄化を始めた。
それと同時に隠れていた聖職者や聖獣達もそれぞれがそれぞれの出来る範囲で一斉に大陸中の浄化を始めたのだ。
浄化にかかった日数はわずか2日だったと記録されている。
魔王と魔人達は一気に逃げ出し、アテラミカの光の届き難い森の奥深い元々の住処に逃げ戻った。
一緒に連れて行って欲しいと懇願する男に、”もう十分楽んだ。当分はよく眠れそうだ”と言い残し、楽しそうに笑いながら魔族だけをつれて戻ったという。
大陸の瘴気のほとんどが大聖女によって祓われたが、10年もの間、魔石に体を蝕まれていた者達は、多くが廃人同然になったと記録されている。
廃人にならなくとも何らかの後遺症が出た。それは魔石を飲んでからの年数が長いものほど酷い症状だったようだ。
この10年で沢山の物を失ったユーランド大陸は、記録によると完全に復興するまでに50年かかったと記されている。
復興にあたって、何よりも痛手だったのは、国を背負っていくべき人材のほとんどが魔石に侵されていて、ほとんどの者が復帰不可能な状態だった事のようだ。
復興に向けて正しく国を引っ張る人材が居なかったのだろう。
次の世代が育ち、力を発揮するようになるまでにはとても時間がかかるという事だ。
これが、たったひとりの、何物でもなかった少年が、魔王の気まぐれによって魔王と契約を交わした結果、このユーランド大陸に起きた惨事だ。
最終的にこの男について、亡くなったとの記載がされてはいるが、どのような状態で死んだのかまでは記録はなく、わからない。
酷い死に方をした……と書いてしまいたいところだが、ここは正直に分からないと記載しておこう。
しかし、これで十分、魔族と関わる危険性については分かって貰えたはずだ。
古代からの文献を調べると、魔王は平均して500年に一度ぐらいの割合で気まぐれに何かを起こしているようだ。
毎回ここまでの大事になるわけではないし、優秀な大聖女や教皇が存在する時は何事も無く終わっている事もある。
しかし、これ以上の惨事が起きないとも言い切れない。もっと酷い何かが起きる可能性があるという事実だ。
魔王が本気で邪魔な大聖女を殺そうと考えて行動を起こす可能性だってある。魔王がそれを楽しもうと思えば、魔王はきっとそうするだろう。
その事を決して忘れてはいけない。
最後に、これまでの研究結果から私が述べたい結論は以下だ。
人の世界に魔族の入りこむ隙を決して見せてはいけない
だから、魔王や魔人については、ただ恐ろしい物という概念だけを教え、間違っても契約を望む者が現れないように、大陸中で子供の頃から教育した方が良いだろう。
また、魔族と契約出来ると言う事実や、後天的に魔力を得れるなどという事は決して教えず、契約出来るのは聖獣だけで精霊力以外の力は存在しないと教える事も推奨する。
そして、なによりも、どんな人間でも価値がある事を教え、万人が幸せに暮らせる世界にしなければならない。
精霊力がなくとも、お金がなくとも、どんな出自であろうと…だ。
憂いや妬みを感じる事なく幸せな世界であれば、きっと魔に取り込まれる事もないはずだ。
私は、二度とこのような悲劇が起こらないことを切に願う。
~~*~~
全てを読み終えたリタは、ゆっくりと息を吐き、カップに手を伸ばした。
皆もリタを真似するようにゆっくりと息を吐く。
ララの目から涙が流れていた。
皆がその事に気づき、驚く。
「ララ?」
声をかけたのは枢機卿のロバートだ。
「あ、ご、ごめんなさい」
そう言いララは指で涙を弾く。それを見たリタは慌ててハンカチをララに手渡した。
「今、何が起きているのか、やっとわかった気がする…大聖女だった、お母さまは、魔王に邪魔だと思って殺されたのかもしれない…」
ララは涙をハンカチで拭う。
「だとしたら、今回は、ここに書かれている出来事よりも、酷い状況になる可能性があるのかもしれない」
ララの言葉に、皆はすぐに言葉が出てこなかった。
そうかもしれない……
心の中でそんな風に思ったのだ。
「いや……」
最初に口を開いたのは、既にこの事を知っていたロバートだった。
「私達は既に彼らの正体を知っていて、対抗する準備をはじめている。こうやって仲間を集め、そして各国との協力体制もとれている」
ローバーとは皆の顔を見ながら言う。
「……まだ、間に合う」
「も、もしっ! 私が大聖女になれなかったら!? 大聖女が現れなかったらどうなるの!?」
ララは瞳に涙を浮かべながら叫んだ。
「ララ!」
ロバートが少し大きな声でララ名を呼び、ララの言葉を止めた。
「……ララがもし大聖女でなくても、それはララの責任ではないよ」
ロバートはララに優しく微笑む。
「ララが大聖女でなければ無いで、皆で対抗する方法を考えて戦うつもりで準備もしているし、心配しなくていい」
「でも……」
ララの顔から不安は消えない。
「心配するな、ララ」
今度はエイドリアンが声をかける。
「俺は、お前を危険な場所に立たせるつもりなんかない、だから、大聖女でなくて良いと思っている」
エイドリアンが心の底からそう言うと、皆が少し顔を緩めた。
「ま、そうだよな。最初から、こんなに危なっかしい奴に任せようとは思ってないし。大丈夫、心配するなララ、皆で知恵をしぼってなんとかすりゃあいいさ」
ヘンリーもララに笑顔を向けてそう言った。
「そうですよ、ララ様!」
セイラとリタが頷いて言う。
「でも、みんな期待しているはず。その為に危険を冒して、私をドルトに連れて来てくれたんでしょう?おじさまだって、洗礼を早くって……」
ララは瞳からは涙がこぼれ続けている。
ララの言葉にロバートはすぐに反応する。
「いや、私が洗礼を早くしたいと言ったのは、早く白黒つけて覚悟を決めたかったのと、聖獣に期待しているからだよ」
ロバートの”聖獣”という言葉にララと皆が反応した。
ララの涙が止まる。
「聖獣?」
ララは呟くように言う。
「ああ、ララが母親から受け継いだ聖獣達の力はすごいからね。ララが大聖女じゃなくとも、洗礼を受けさえすれば、前大聖女との契約によって眠っている彼らの力が解放されるはずだ。それにきっと、他の聖獣達も協力してくれると思う」
ロバートの言葉に、ララだけでなく皆が希望を見出し、皆の顔が随分と明るいものになった。
「だからララは心配して気負う必要はない。ただ清く穏やかな心で洗礼の儀式に望んでくれればいいんだ」
ロバートがそう言った後、皆もララを温かい目で見ながら相槌を打つように頷く。
ララはそんな皆の顔をありがたい気持ちで見回し、そして頷いたのだった
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