第6話 魔王の魔石

 聖獣は女神アテラミカが直接作ったものではなく、元々自然に存在する命あるものだ。だから死んでしまっても体から核となる石が落ちることは無い。

 石と言えば、一般には精霊封じの石が思い浮かぶだろうが、これは彼らを一時的に石に封じて眠らせる事が出来る精霊石の一種で、魔石とは全く違うものだ。


 聖獣が自然に存在する命あるものに対し、魔獣は魔王が造ったもので、自然に存在していた命ではない。

 魔王は自分の意のままに働く使役獣を得る為、石に自分のエネルギーを込めて魔石を作り、それに体を与えて創造した物が魔獣だ。それは魔獣の一種である魔人も同じである。


 魔王の造った創造物である魔獣は、長い時間の経過とともに進化し、死んだ魔獣から落ちた魔石をつかって仲間を自分たちで作るグループが現れ、それから更に進化して能力を高めた高位の魔獣は、石に自分たちのエネルギーを込め新たな魔石を作り、仲間を増やせるようになったらしい。

 そうやって魔獣は絶え間なく作り出されるようになった為、討伐してもなかなか数が減らないのだ。


 話を魔人との契約に戻そう。

 魔人は契約の条件として、魔王の眷属になることを要求してくる。それを了承した場合、その者は魔王と眷属になるという契約を結ばされる。

 

 私はいろんな文献を調査した結果、魔王が眷属として契約をさせるときに、相手に自分の造った魔石を飲ませるらしいと言う事が分かったが、私は実際に魔王と会った事もなく、魔王の魔石を飲んだ事のある者も知らない為、最初はこの調査内容に自信が無かった。


 この時点で私が知っていた知識と言えば、魔獣から落ちた魔石は猛毒でありそれを飲むと10日程でその者は死ぬという事だけだったからだ。

 魔石は毒として、古来から暗殺に多く使われてきたと言われており、このことは一般的にも広く知られている。


 この魔石、暗殺の為に毒として使う分には非常に優れている。


 何かに少しづつ混ぜられると、精霊力がかなり強い者でなければ瘴気に気付けない。実際、私は実験で魔石毒入りの食事を作ってもらい、瘴気を感じる事が出来るか確かめたことがある。しかし大司教である私でも、粉々にして小分けに食べ物に混ぜられた毒の瘴気を感じることは出来なかった。


 しかも、この毒は摂取してからある程度の時間が経ってから効果が出始める為、犯人が捕まることもほとんどないのだ。

 

 この毒を解毒するには、浄化能力に長けた能力者か聖獣に瘴気を祓ってもらうしかない。

 しかし、時間が経って体中に瘴気が回ってしまうと浄化は難しくなる。

 大体の場合、飲まされて数日経つと、毒に侵された体が強い瘴気をまとい始めるので、毒を飲まされたことに誰かが気付いてくれる。しかし、高い浄化能力者はそんなに簡単に見つからない為、ほぼ間に合わないことだろう。毒を飲まされた者は、なす術もなく、魔獣に体をむしばまれていくような恐怖を味わいながら死んでいくことになる。

 これは本当に恐ろしい毒なのだ。

 

 そんなものを飲んで契約するなどありえない

 と、無知な私は最初そう思った。

 

 しかし、どうやら魔王の造る魔石と言うのは、魔獣から採った魔石とは少し質の違ったものだという事が研究を進めるうちに分かって来た。


  魔王の造る魔石は、そもそも仲間を増やす為に造った純粋な魔石である為、意識を魔王とシンクロさせるという機能と、体を形成させるという機能に特化したもののようだ。


 従って、魔王の魔石は体になじみやすく、体に瘴気に対する耐性を持たせながらじわじわと浸透するらしい。

 魔石と相性が悪く死んでしまうものも何パーセントかはいるらしいが、ほとんどの者は、身体になじんで魔王の込めたエネルギーを吸収し、高い能力を得る事が出来るようだ。


 私が拾い集めた文献によると、じわじわと魔王の込めたエネルギーを体中に浸透させ、精神が魔王とシンクロしていくことで、元々ある自我が徐々に失われていき、性格が変わって非常に攻撃的になるという。

 しかし、私は”性格が変わって非常に攻撃的になる”という記録については、疑いの目を持っていて、ここで結論を述べるのは控えたいと思う。

 私が結論を出せない理由は、私が研究対象とした魔人が言った言葉によるものだ。


 ”面白い。ヒトはそんな風に事実から目を逸らしてまで自分たちが欲望を抑えられる生き物だと信じたいのか?我があるじのせいで残忍になったと言うが、魔王の眷属になってでも能力を得たいと思う奴は、元々自分の欲望に正直な奴なんだろう?そして愛を説く女神アテラミカではなく、快楽を追求し望むままに生きる事を説くあるじを自ら選んだ者だ。お前たちがどう思おうと勝手だが、あるじのせいで性格が変わったとは、俺たちには思えないがな”

 

 魔人はそう言い、笑っていた。

 確かにそうかもしれないと、私はその魔人の言葉に妙に納得させられてしまったのだ。


 それから、魔王の魔石はそのまま飲み込むのと、砕いて飲むのとでは効果が違う事も分かった。


 魔王が、魔石をそのまま与えて飲み込ませるというのは、魔王と直接契約するということを意味し、飲み込んだ者は魔石から魔王の込めたエネルギーを吸収し、高い能力を得る事が出来るようだ。


 しかし、魔王が魔石をそのまま与えるかどうかは気まぐれで決めていると魔人は言っていた。


 魔王が魔石をそのまま与えた場合、魔王自らその人間の面倒を見なければならなくなる。

 しかし、そもそも魔王は気まぐれで怠惰たいだな存在だ。余程、面白い事があるだろうと思わない限りは契約することは無いらしい。

 ほとんどの場合、魔人と契約をさせて、魔石を砕いた欠片を飲ませて、単なる眷属とするだけだそうだ。


 魔王の魔石は、砕くと魔王の込めたエネルギーの大半が外に逃げてしまうらしい。その為、砕いた欠片を飲み込んでも、魔王の込めたエネルギーはほとんど吸収できず、それほど高い能力を得ることは出来ない。

 

 しかし、意識の方はしっかりと魔王とシンクロしていて、飲んだ者は自分の意思と魔王の意思との区別がつかない状況になる。

 魔石の欠片を飲んだ場合、十分に耐性がないまま魔王の眷属となるので、魔王の意思にそぐわない行動をするとひどく気持ちが悪くなってしまうらしい。その反面、魔王の意思に沿って動くと非常に高い高揚感を得られるという。

 そういう経験を重ねることで、欠片を飲んだ者は、自然と魔王の思う通り行動するようになるというのだ。


 本人は自分の意思で行動していると思っているが、知らない間に魔王の眷属にされて操られているという状況の出来上がりである。


 そのうえ、この高揚感は頭が冴えて能力が高まると感じさせる効果があり、薬と言って飲ませると、とても良く効く薬を飲ませて貰ったと喜ばれると言うから恐ろしい事だ。


 しかし、この事についても魔人に聞いてみると、”どうだかな”という回答だった。


 高揚感が上がるという効果があるのは間違いないらしい。

 魔王はただひたすら欲望を満たし快楽を求める事を推奨しているので、そもそも魔獣達は、欲望を満たした時の高揚感が高くなり、我慢すると気持ちは良くなくなる、というように造られているので、同じような効果があるのではないかと言う。


 そして、確かに精神をシンクロさせているので、魔王にひとたび命令されると、決して逆らう事は出来ず、命令通り動く以外の選択肢はないのだそうだ。

 だが、気まぐれで怠惰な魔王だ。わざわざ快楽を味合わせる為に眷属となった人の意識を操るなど、面倒臭がってするわけがないとの事だった。


 つまり、その気になれば簡単に操ることが出来ると言うのは事実のようだ。

 しかし、実際にはどこまでが操られた結果なのか、本当の所は分からないという事だろう。

 


 さて、ここまでの内容で魔人や魔王とも案外簡単に契約することが可能であることは分かってもらえたと思う。


 では、実際にある人物が魔王と契約した結果、世界がどうなったかを説明しよう。

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