第5話 禁書の内容

 ララ達はロバートの言葉に衝撃を受けた。ララはすぐには言葉が出なかったが、ヘンリーが声を上げる。

「それはどういう事なんだ、おじ上殿」


「確証があるわけではないんだが、お前たちが連れて来たマルタン公爵家の家臣たちを見てそうじゃないかと思った。……いや、多分間違いない」

 ロバートはヘンリーを見て言う。

「マルタンの家臣って、魔石を粉にして飲まされていた連中の事か?」

「ああ、そうだ」

 ロバートはヘンリーの言葉に頷く。


 ロバートはヘンリーが相手だと少し砕けた物言いになる。まだロバートがサルドバルドの宮殿で勤めていた頃、ヘンリーは母親の里帰りでサルドバルドによく来ていたし、夏の時期に両家がピッサにある別荘に集まってパーティーを開く事が恒例になっていて、その度にロバートは子守役を押し付けられた。ロバートにとってヘンリーは、年の離れた弟のような感覚なのだ。


「普通、魔石を口から身体に取り込むなんていう発想は誰もしない、利用するにしてもアクセサリーとして身につけるとか、道具にはめ込むだろう? ……体に取り込むなんて、毒を飲むのと同じで危険すぎる事は皆知っていることだからね」

 ロバートがそう言うとヘンリーが頷く。

「たしかにそうだな」


「でも、マルタン公爵はそれを自分の部下にやった。敵ではなく、部下にだ。その事に私はとても疑問を抱いてね。そして、今はある懸念を持っている」

 ロバートが聞く。

「……単純に人の命なんか、なんとも思ってないからじゃないのか?」

 ヘンリーが顔に?マークを浮かべながら言う。


「ええ、そうかもしれませんね。でも、せっかくの部下をみんな殺してしまっては役に立たない。本来魔石は毒性が強いものだから、魔石を飲んだ状態で何日も普通の精神を保ってはいられないはず」

 ロバートが言うと今度はララが「そういえば」と声をだした。


「ジェームスも、自ら魔石を飲んだと言っていたわ。気が狂ったのかと思ったけど、……魔王だっけ? なんか、魔王の加護があるから平気だみたいな事を言っていたわね」

 ララがそう言うとヘンリーも頷く。

「そう言えばそんな事を言っていたな。……魔力を強くする薬飲んでいるようなものだって」


「そうなのか!?」

 ロバートが叫ぶように言った。ララとヘンリーの言葉に驚いたようだ。

「なんてことだ、やはり私の仮説は間違っていなかったのだな」

 ロバートは呟くように言う。


「おじさま、私達にも分かるように教えてください」

 ララがロバートを見て言った。


 ロバートは頷きながらソファーから立ち上がると自分の執務机に行く。

 そして机の上に沢山置かれている本の中から、大きくて分厚い本を手に、ソファーに戻って来た。


「実はこの本は禁書に指定されている本なのだが……」

 そう言いながらロバートはページをめくっていく。

「この本には、表に出すと問題になりそうな、危ない実験や研究についてのレポートが集められている。しかし、誰かが知っておくべき重要な研究結果なんかも書いてあるので、大司教以上の聖職者に限っては読むことを許されているんだ」


「ここだ」

 そう言い、ロバートはページをめくる手を止めた。


「私は何年も前にこの本を読んでいてね、気が付かないうちに魔石を飲まされ従順な部下として使われている彼らを診て、この本に書かれている事を思い出し、恐怖を感じた」


 そう言い、ロバートは本に書かれている文字を指でさし示す。

「この章に、魔獣との契約についての研究レポートが載せられている」


 ロバートの指さした部分に皆が注目する。

 だが、本は一冊なので全員が一度に確認するには少し無理があった。


「リタ、読み上げてくれる?」

 ララはリタに言った。

 ララがリタに文書を読み上げてもらう事はよくある事で、二人の間では違和感なく、リタは頷くとすぐに読み上げ始めた。


「……生まれながらに精霊力が弱かったり、精霊力を持たない者が、後天的に精霊力と同等の能力を手に入れる方法がある。それは、魔族と契約し、魔族の眷属となって力を得るという方法だ。魔力は精霊力とは質の異なる力ではあるが、効果としては精霊力と変わらない。……しかし、この方法は決して実際に実施してはならないものである。私がこの事を書き記すのは、敵を知る為だ。敵を知らなければ、対策を打つ事さえ出来ないからだ。しかし、万が一でもこの方法が使われないように、魔族の眷属になるという事がどれほど危険であるかについて、私が調査と研究して得た結果をここに記しておこうと思う……」


 リタはそこまで読んでごくりと唾を飲む。それから続きを読んだ。


「先ずは魔族について説明しよう。魔族には魔族を統べるおさが居る。これを我々は魔王と呼んでいる。魔王は女神アテラミカと相反する存在だと思えばよい。幸いなことに女神アテラミカの力が魔王より数倍も上であり、その為世界は平和に保たれている。……魔王の下には、魔王の直属の部下たちが居る。魔人と言われる者がこれに相当する。魔人は人型で言葉を話し能力が高いが魔獣の一種だ。この魔人は女神アテラミカが遣わす聖獣達に相当するだろう。そして最高位の魔獣である魔人は、聖獣と同じように契約が出来る。しかし、聖獣との契約は強い精霊力を持った者で、さらに聖獣と真に心を通わせることが出来た者だけが結べるのに対し、魔人との契約の条件は幅広い。非常にまれではあるが、魔人も聖獣と同じ様に、真に心を通わせた事で成り立つ契約もあり、その場合は特に問題にはならない。実際、魔人や魔獣の中には可愛いと思える奴もいるのだ………ってホントかしら?」


 そこまで読んで、リタは思わず口から心の声を漏らした。

 皆も同じ様に思ったみたいだ。

「魔人と言っても魔獣のヒト型だろ? まず魔獣と心を通わせるなんて、ありえねぇよなぁ」

 ヘンリーはリタに同意するように言う。


と言う言葉を初めて知りました。人型なんて見た事なかったし、そんな区別があって、契約も出来るなんて全く知りませんでした」

 セイラが内容に少し衝撃を受けたように言った。


「今は、魔獣も魔人も区別なく魔獣と呼んでいるからね。魔族というような言葉も今はほとんど使われてない。これは古典と言えるほど昔の文献だから、今では使わない言葉も出て来るんだ……まあ、これは推測だけど、魔人という言葉を使う事で言葉の通じる相手だと考える人間が出て来る可能性があるから、意図して使わなくしたんだと思うけどね」

 ロバートが自分の考えを交えて説明した。


「本当に、驚く事が多そうね、先を読んでみて、リタ」

 ララがそう言うと、リタは頷いた。


「過去の文献によると、勇者と言われた騎士の一人が、気まぐれに魔獣を助けたが、それは魔人だったらしい。騎士に助けられた恩を感じた魔人はその者が死ぬまでの間、使役獣としてその騎士を護ったという記録が残っている。そんな義理堅いとも思える魔人だが、安易にかんがえてはいけない。通常は、魔力を得ようと魔人との契約を望むと、魔人側から対価を求められるのだ。そしてその対価とういのは、魔王の眷属となり一生を魔王に仕えろという内容だ。この条件をのんだ場合に、魔人は自らの魔力を分け与えてくれて契約が成立する。しかし契約者は魔王の従者となり、魔王の意思に従って存在する者となってしまうのだ…」


 リタの声がとまり、リタはページをめくった。

 そして置かれたカップに手をやりごくごくとお茶を飲んだ。


「続けますね」



 リタはそう言い、続きを読み始める。

「……聖獣と魔獣の違いを少し説明しておかなければならないだろう」


 読み上げるリタの声は澄んでいてよく通る。

 皆、黙って真剣な顔つきでリタの声に耳を傾けているうちに、意識が本の内容に集中していき没頭していった。


「聖獣は女神アテラミカが直接作ったものではなく……」

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