第4話 儀式を急ぐ理由

 ララはエイドリアンに後ろから抱きしめられ、背中にエイドリアンの心臓の音を感じていた。

 ララの心臓もバクバクと大きな音を立てている。


 突然、エイドリアンはララを抱きしめる手を緩めた。そして、ララをくるりと自分の方を向かせてると、またすぐに抱きしめる。


「え、エイドリアン、ちょっとまって」

 ララは真っ赤になって、少し逃げ腰になって言う。

「もう、いっぱいいっぱいだから……」

 ララがそう言うと、エイドリアンがララの顔を見降ろすように見る。

 しかし、エイドリアンの腕はしっかりとララを抱きしめたままで、放そうとはしない。


 エイドリアンは何も言わず、自分のおでこをララのおでこにくっつけて来た。ララは心の中で「ひええっ」と声を出すが、かろうじてその声は口から洩れていなかった。


「ちょっとまってって、もう、ホントにいっぱいいっぱいだってば!」

「うん……」

 エイドリアンは意味の分からない相槌をうって、唇をララの唇に合わせて来た。


 ひ、ひやぁあ


 ララの頭がぐるんぐるんまわる。


「いたっ! うわっ!」

 急にエイドリアンが声を上げてララから離れた。


 ララが驚いてエイドリアンを見ると、エイドリアンはユニコーンのユニに頭を前足でパコパコ叩かれていた。

 そしてエイドリアンに急に手を放され、倒れそうになったララが無意識に掴んだのは、大型犬の大きさになっているチョビの首だった。ララはチョビのもふもふの首に顔を埋めるようにしがみつく。


 ユニの体は小さいままで、エイドリアンの頭の上に浮きながらエイドリアンの頭をパコパコたたく。

 ”嫌がっているのにやめんか! この発情男!”

「おい、こら、やめろ!」

 エイドリアンはたまらずユニの足を掴んだ。足を掴まれたユニは吊るされるような形で逆さまになる。


「お邪魔虫だぞ! お前ら!」

 エイドリアンが逆さかまになっているユニの顔を睨んで言った。

 ”足を掴むな! 放せ、この卑怯者!”

 ユニはエイドリアンから逃れようと暴れながら叫ぶ。


 大型犬並みの大きさのチョビの首にしがみつきながら、ユニとエイドリアンのやり取りを見ていたを見ていたララが涙目で叫んだ。

「お邪魔虫じゃないわよ! いっぱいいっぱいだって言ってるのに放してくれないんだもん! 嫌い!」


 涙目のララを見てエイドリアンは焦りながらユニの足を放した。

「す、すまない、悪かった。泣かないでくれ、もう二度としないから……」

 そう言うエイドリアンをララは見上げると、またじわぁと涙を流す。


「二度としないって、どうしてそんな事言うの? グスン、そんなの嫌だぁ」

「え、ええっ?」

 エイドリアンはどうしていいか分からずに焦りまくる。


 ”ちっ、女心のわからん奴だ”

 ユニとチョビにも睨まれながら焦るエイドリアンは、ララが泣き止むまで、謝り、頭を撫で続けた。



 少し落ち着いたララをエイドリアンは近くにあったベンチに誘導し、ララだけを座らせた。

「あの、ごめんなさい。嫌だった訳じゃないのよ、ただ、びっくりして、焦っちゃって」

 落ち着いたのだろう、今度はララが恥ずかしそうに謝る。

 そして、恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目遣いにエイドリアンを見ながらララが言った。

「あのぅ……怒った?」


 エイドリアンの心臓がバクンとまた高なった。エイドリアンは、一緒に座らなくて良かったと思いながら少し目を逸らし言う。

「いや、怒ってない。俺こそ悪かった」


「私、がんばるから」

 ララが決意したように言う。

「えっ?」

「エイドリアンが私に、……その、ふ、触れてきても、逃げないように、頑張るから!」

 ララが真っ赤になりながら決意したように言ったその言葉を聞き、エイドリアンは一瞬絶句した。そして吹き出す。

「プッ、くくくく」

「え? そ、そこ笑うとこなの?」

 ララは恥ずかしそうに言った。

「いや、ごめん、何と言うか、やっぱりララは可愛いな」

 エイドリアンがそう言うとララはまた赤くなる。


「ゆっくりでいい、これからはなんでも一緒に、……俺達のペースで進んでいこう」

 エイドリアンがそう言うと、ララは嬉しそうに微笑む。

「うん」

 ララは頷いた。



 ~~*~~


 次の朝、ララとリタとセイラ、そしてヘンリーとエイドリアンは枢機卿の執務室に呼ばれた。


 枢機卿のロバートはララ達をソファーに座らせ、お茶を自ら入れて出す。

「わざわざ執務室まで来てもらって申し訳ありませんね」

 枢機卿がそう言うと、ララが「いえ、大丈夫ですわ」と返す。


「今日は、これからの儀式の予定について打ち合わせておこうと思ってね」

 ロバート枢機卿はそう言うと、小さな冊子をララ達に配った。ララ達は冊子をパラパラと見る。

「まずはララには洗礼の儀式を受けてもらいます。その後、帝位継承の儀式を行う資格のある教皇様がお戻りになってから帝位継承の儀を行います」


「あら、教皇様はお留守なの?」

 ララが顔を上げて聞く。

「ええ、コタールの南にある島に行かれているのです」

「ああ、そうなんだ。ジェーピー諸島に行っているのか」

 ロバート枢機卿の言葉に反応してヘンリーが言う。

「ああ」

 ロバートはヘンリーの方を向き微笑んで返事をする。


「ジェーピー諸島って、……2,3年前にコタール領に組み込まれた所よね」

 ララがそう言うと、ヘンリーとロバートが頷く。


「まだ女神アテラミカの教えが浸透していないので、コタール王国の要請で定期的に教皇自ら出向いて布教を行っておられるのです。貧しい地域なので、食料を配布したり、教育機関や教会を建てたりと、コタール王国と協力して生活水準を上げるべく取り組んでいるのです」

 ロバートは簡単に状況を説明する。


「教皇はいつお戻りになる予定ですか?」

 エイドリアンが聞く。


「順調にいけば、10日後です。島をまわって医療も施されるので、状況によってはもう少しかかるかもしれません。これは島民の生活のかかった行事ですので、取りやめられないのです」

 ロバートは少し申し訳なさそうに言う。


「ジェーピー諸島の生活環境は劣悪だったと聞いています。それがコタール王国に併合されてようやく落ち着いてきているとか。これは大事なお仕事ですもの、お帰りになるのをお待ちしますわ」

 ララがそう言うとロバートは微笑む。

「ありがとう、ララ」


「枢機卿、これによるとララの洗礼は4日後になっている。早めることはできませんか?」

 冊子を見ながらエイドリアンが言った。


「ああ、そこに書いているように、洗礼の為にはいろいろと準備が必要です。まず、洗礼の為の衣服は、ドワーフが本人用に仕上げる特殊な服で、これを仕上げる為に本来なら数か月かかります。予約がつまっていますからね。でも、今回は他の予約を後回しにしてもらって、最優先で3日で仕上げてもらう事にしています」

 ロバートは冊子を真剣に眺めているエイドリアンの方を見て言った。


「それから、儀式の日を入れて3日間は毎朝聖水で泉で身を清めて頂かねばなりません。その辺の手順は冊子にのっているので、よく読んでおいてくださいね、ララ」

 最後はララの方に視線を向けて言う。

 ララは頷いた。


「ララの洗礼の儀は、他の予定を全て中止して実施します。聖女候補の貴族の場合はそうするしきたりなのです。それで、その予定の調整が出来る最速が4日後なのです」

 ロバートが笑顔でそう言うと、エイドリアンは頷いた。


 ロバートはエイドリアンが頷いたのを見て、みんなの顔をみまわす。


「洗礼には立会人と、付添人が必要です。立会人はどなたでも、何人でもかまいませんが、付添人は一人です。一緒に泉に入ってララを支えなければいけないので、男性が良いと思います。当日までに誰が付き添うのか考えておいてください」

 ロバートの言葉に全員が頷く。


「次に王位継承の儀ですが、今は10日後を予定しています。教皇様が戻り次第すぐ実施できるように準備はしておきます。枢機卿の私が儀を執り行えれば良かったのですが、……今回は当事者ですし、また現在枢機卿の地位にいるのが私だけなので、すみません」

 ロバートが申し訳なさそうに言うと、ララは片手をいえいえと言うように振る。


「洗礼の儀式は1年前から予約するものだと知っていますし、王位継承の儀は本来、自国で準備して教皇様をご招待して行うのが筋です。何から何までイレギュラーな事なのに、きちんと対応して準備してくださりとても感謝しています。これは全て、ロバートおじさまが動いてくださっているおかげですわ」

 ララが恐縮しながら言う。


「いや、儀式を急ぎたいのは、実はこちらの都合もあるのですよ」

 ロバートはララの言葉に少し顔を曇らせてそう言った。

 ララが不思議そうに頭を傾ける。


「最近、魔獣の活動が活発になっている事が報告されています」

 ロバートがそう言うと、ヘンリーが声を上げる。

「ああ! 最近は人の住む場所のすぐ近くにまで魔獣が姿を現しているようだな」

 ヘンリーの言葉にエイドリアンも頷く。

「確かに急激に魔獣の数が増えていると感じる」


「ええ、そうなのです。村や町に姿を現したと言う報告もあります」

 ロバートがそう言うと、ララ達の顔が険しくなる。


「村や町にって、……天災の後には現れる事もあると聞くが、それ以外の時に現れるなんて聞いたことがない」

 セイラがそう言った。セイラの顔は真剣そのものだ。急に田舎にある実家の事が気になったのかもしれない。


 ロバートの顔からも、今までの穏やかな表情が消えた。


「ええ、今までには無かった事です。そして、このことは、どうもマルタン公爵に関係していそうなのです」

 ロバートは険しい表情でそう言った。


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