第13話 ララの救出

 ジェームスに無理やりワインを飲まされた後、ベッドに押さえつけたララは必死に抵抗し暴れるが、ジェームスの方が力が強く逃れられない。

 ジェームスがララの上にのって体重をかけると、ララは動けなかった。


「何をするの! やめて!」

 ララが叫ぶ。

「心配するな、責任は取ってあげるから」

「!」

 ジェームスの言葉を聞き、冗談じゃないと思ってララは力一杯ジェームスを押す。しかしジェームスをどけることは出来ない。


「やめてください! 私には婚約者がいるのよ!」

「ああ、心配するな……ここに来る前に連絡があった。アーロン王子は死んだそうだ」

 ララはジェームスの言葉に衝撃を受ける。

「う、うそ!」

「嘘ではない、術者の念のやり取りで受けた報告だ。間違いないさ」


 ――聖獣は間に合わなかったの?


「はなしっ……て……!」

 ララは絶望的な気持ちになりながらも、抵抗し続ける。

 ところが急にララの身体に力が入らなくなった。ララの顔が青くなる。


「効いてきたね」

 ジェームスが嬉しそうに言う。

「大丈夫、心配せずに身を任せてくれればいい」

 そう言いながらジェームスはララの着ているガウンの紐をほどいた。


「ん? なんだ、巫女服の上にガウンを着てたのか?」

 まあいい、と、ジェームズはガウンを脱がせる。

 ララの瞳に涙がたまる。


「ふふ、可愛いな」

 涙を流すララをみてジェームスはそう言い、ララのデコルテに手をやった。ララは泣きながらぎゅっと目をつぶった。


 どかっ!


 鈍い音とともに、ジェームスがララの上に落ちてきた。そして、その後、ジェームスの動きが止まっている。

 ララが驚いて目を開けると、そこには翡翠の女神の象を持った巫女のリリアンヌが立っていた。どうやらリリアンヌが女神の像でジェームスの頭を殴ったようだ。

 リリアンヌは、震えて涙目になっている。


「リリアンヌ……」

 ララは驚きながらも、涙で濡れた瞳をリリアンヌに向けた。


「だ、大丈夫ですか? ララ様っ」

 リリアンヌは震えながらもララに声を掛け、女神の像を元の場所に置いてから、ララに覆いかぶさっているジェームスをどけようとする。

 しかし、ジェームスは思ったより重く、小柄で細いリリアンヌが引っ張ってもなかなか動かせない。


 一生懸命リリアンヌがジェームスの身体を引っ張ってると、突然軽くなった。驚いてリリアンヌが手を離すと、セイラがジェームスの身体を掴んで、床に転がした。

 そんなセイラの姿を見てララは嬉しさで涙を流す。


「ララ様!」

 セイラはジェームスを床に寝かした後、ララの元に走り寄った。

「お怪我は!? ご無事ですかララ様!」


「せ……いら……」

 ララは嬉しくてボロボロ泣く。薬のせいで動けないが、涙はボロボロとこぼれ落ちていた。

 そして、もう一人テラスから入ってくる人の姿をララは見た。

 月明りに照らされたその人物を見て、ララは安心して目を閉じる。


 エイドリアン!

 ララは心の中で叫んでいた。


「大丈夫か?」

 エイドリアンはすぐにララの元にやって来て心配そうに見る。

「動けないみたいです、一体何があったのですか?」

 セイラが心配そうな顔でリリアンヌの方を見て聞く。

「私が来た時にはもう……」

 リリアンヌはセイラに答えた。リリアンヌはまだ震えているようだ。


「く、くす……りを飲……ま……され……」

 ララが小さな声を出した。3人はララの方を見る。

 3人ともすぐに状況を理解したようだ。


「薬を盛って襲うなんて、神をも恐れぬ所業……わ、わたし、女神像で思いっきり殴っちゃいましたけど、ゆ、許されますよね?」

 リリアンヌが震えながら言う。


「当たり前だ!」

 セイラはそう言い、リリアンヌの震えている身体を抱きしめる。

「ありがとう、リリアンヌ! 本来は我々護衛騎士がやるべき事をやらせてしまい、申し訳無かった!」


「大丈夫だよ、こいつは気を失ったと言うよりは寝ているようだ。相当飲んでいたんだろう。あんたの殴った箇所は小さなコブになってるだけだ」

 エイドリアンが、ジェームスの頭を調べて言う。


「なんなら追加で、殴っとくか?」

 冗談なのか本気なのか、よく分からない口調でエイドリアンが言った。

「殺してしまっても良いぞ」

 セイラが応えるように言う。


「ま、とりあえず、まずはここを出ようか」

 エイドリアンはそう言うとララの方に行き、ララの身体を起こした。


「俺の身体に、皇女をくくりつけてくれ」

 エイドリアンはララを背負いながらセイラに言う。

「分かった!」

 セイラは少しキョロキョロしてから、シーツを引っ張り抜くとそれを細く破った。そしてそれを使い、力を入れることが出来ないララをしっかりとエイドリアンに結び付けた。


 ララをエイドリアンの背中に固定した後、ふたりはテラスの下で待つジェームスの所に戻るためテラスに出る。

 しかし、リリアンヌがテラスに出てこなかった。

 エイドリアンと、セイラは部屋の中のリリアンヌを見る。リリアンヌは、ジェームスの様子を見ていた。


「心配するな、その男は大丈夫だ」

 エイドリアンが言う。

「リリアンヌ、一緒に行こう。残ったらあなたが危ない」

 セイラは、リリアンヌの方に手を伸ばす。


 リリアンヌは少し考えて答える。

「いえ、大丈夫。私が殴ったとは分かってないはず。私はこのまま知らぬ顔で部屋に戻りますから大丈夫です」


「だめだ、危険だ」

 セイラは手を伸ばしたままで言った。


「いえ、私は、残ってこの神殿を守ります。ララ様が次に戻られる時は、きっと洗礼も終わって大聖女となっているはず。私はララ様が戻られるまで、この神殿だけは彼らの支配から守り抜きララ様が戻られるのを待ちます」


 リリアンヌの言葉を聞き、セイラは言葉を無くして差し出していた手を戻した。


 リリアンヌは、セイラとエイドリアンに微笑む。

「ララ様をお願いします。大丈夫です。まだここには大聖女ミラ様を慕っている者達が沢山います。そして私はこれでも聖女の称号を持っています。決して負けません。ここを守ってみせます!」


 リリアンヌの笑みに強い意志を見出し、セイラは微笑み返した。

「分かった、じゃあ、リリアンヌ。必ずララ様に洗礼を受けさせて戻ってくるから、それまでここをお願いする」


「ええ。ララ様! ご安心くださいね!」


 ララは薄れる意識の中、リリアンヌの言葉を聞き、エイドリアンの背中で声は出せないが涙を流す。


 リリアンヌを残し、エイドリアンとセイラが順に下に降りた。


 下で待機していたジュードがララを見て青くなる。

「こ、皇女!? おい、何があった? 大丈夫なのか?」


 心配してオロオロするジュードに、後から降りて来たセイラが説明する。

「しびれ薬か何かを飲まされているようだが、多分大丈夫だ」

「そう、なのか?」

 ジュードは不安そうだ。


「今はまず、ここを出ないと」

 エイドリアンがララをおぶりながらジュードに言う。

「ここから近い抜け穴はないのか?」

 エイドリアンがそう言うと、エイドリアンの背中のララか震える手を少し上げた。

「そうか、皇女ならよくご存知だ」

 ジュードが言う。

「ララ、大丈夫か? 無理するな」

 エイドリアンが言うが、ララは一生懸命場所を示す。

「分かった、ララの言う通り行こう」

 


 ~~*~~


 ララ達は、ララだけが知る秘密の抜け穴を通り城を抜け出した。

 そしてアンナの実家であるリンドル伯爵邸に入った。


 リンドル伯爵邸では、リンドル伯爵とミドルバ達が心配で落ち着かない様子でずっとララ達を待っていた。

 エイドリアン達が戻って来たのを見て一行は一瞬ホッとしたが、エイドリアンに背負われているララの様子を見ると顔を青くした。

 リンドル伯爵はすぐに伯爵家で雇っている医者を呼び出してくれた。


 リンドル伯爵は、アンナと一緒に育ったも同然のララをまるで娘のように思ってくれていて、ララの様子をみて本当に心配したのだ。


 ララを見た医者が、体をしびれさせる薬を飲まされたようだが、薬がきれれば問題はないと言ったので、リンドル伯爵とそこに居た全員はようやく緊張を解いてほっとした。


 ララは意識が朦朧としてはいたが、幼いころから何度も来たことのあるリンドル伯爵邸に来て、気持ちが落ち着いたようだった。

 何より、セイラが傍にいる事がララをとても安心させていた。


「ララ様、今、アンナ嬢とリタさんもこっちに向かってますからね。明日には着くと思いますよ」

 セイラはララの顔を見つめながら優しく声を掛けた。

 ララはセイラのその言葉を聞いて、また涙を流した。


 そしてその後、ララは何日振りかで、ぐっすりと深い眠りに着くことが出来たのだった。

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