第14話  旅を再開

 ララ達一行は、ひとまずクロード伯爵邸に戻った。

 怪我をしたクロードを無事に送り届け、治療の為の手配も必要だったからだ。


 伯爵邸がどうなったか心配しながら戻ったが、幸いにも伯爵邸にめだった被害は無く、家の者も全員無事だった。


 執事によるとジェームスの部下達は少し小競り合いした後、すぐにどこかに去って行ったらしい。

 やはり、最初からララ達をこの屋敷からあぶり出して、逃げたところを確保するという作戦だったようだ。



 伯爵家の医師の治療を一通り終え、包帯を巻いてベッドに横たわるクロード伯爵をヘンリーが申し訳なさそうに見ている。


「そのような顔をしないでください殿下。殿下をお守り出来て私は本当に嬉しいのですから」

 クロードはそう言いヘンリーに微笑んで見せる。

 相当痛いだろうに本当に健気なものだ。


 ヘンリーはため息をついてから、クロード伯爵邸の者達に指示を出す。

「クロード伯爵を王都に連れて行って神殿で治療を受けさせてくれ。俺がすぐに治療を受けられるよう父上に一筆書く」

 ヘンリーの言葉に執事が嬉しそうに頷く。

「それと、当分ここに王都の兵士と騎士を駐留させるように進言するから、そのつもりで滞在場所などを準備してくれるか」

「はい! ありがたき幸せです」

 ヘンリーの言葉に執事が嬉しそうな顔をして言った。


「それからクロード、俺はお前に謝らなければいけない」

 ヘンリーはクロードを見て言う。クロードは不思議そうな顔をした。


「ララと婚約していると言う話は嘘だ。そして俺が王位や帝位を継ぐことは…… もう

 ヘンリーの言葉を聞き、クロードは言葉無く顔はしぼむように元気がなくなる。


「すまない」

 ヘンリーはクロードに頭を下げる。

「俺たちは、お前を騙した。本当に申し訳ないと思っている」


「……そう、なのですか?」

 クロードは元気のない表情で目を泳がしている。

 

 言っている事をちゃんと理解しただろうか?

 

 皆が不安そうにクロードの様子を見ている。


「ヘンリーは確かに王にはならないけど、英雄になるのよ」

 突然、ララがそう言った。皆がララの方を見る。


「嘘をついてごめんなさい、クロード伯爵様」

 ララは前に一歩出てベッドに横たわっているクロードを見る。


「でも、ヘンリーが王や皇帝になるなんてつまらないわよ、クロード伯爵。それよりも皆から尊敬され愛される英雄の方がヘンリーには向いていると思いませんか?」

 クロードはララの顔を不思議そうにみている。


「クロード伯爵は子供の頃からヘンリーをよくわかっているのでしょう?彼が窮屈な王や皇帝の地位に就いたところで、彼の能力が100%引き出されると…本当にそう思いますか?」

 ララの言葉を聞き、クロードは考えるように視線を外す。


「ねぇ、クロード伯爵。あなたがこれほど立派にヘンリーを育て上げた事実は、ヘンリーが例え何者になったとしても変わらないのですよ?」

 ララがそう言うと、クロードは驚いたようにララを再び見る。

「ヘンリーをどんな道でも進めるような立派な男に育て上げたのは貴方ですよ、伯爵様」

 そう言い、ララはヘンリーの方を見る。


「ヘンリーもあなたの事は心から尊敬しているし、感謝しています。それはおわかりでしょう?」

 ララがそう言うと、ヘンリーは大きく頷く。

「ララの言う通りだ。俺はお前を師として尊敬し、感謝もしている」

 ヘンリーがそう言うとクロードはヘンリーを見る。


「クロード伯爵さま」

 ララがにっこりしてクロードに声をかけるとクロードは再びララに視線を戻した。

「貴方は正しかった。あなたは数百年に一人の逸材を育て上げたのです。彼は近い将来きっと、という称号を得る事になるでしょう」


「……」

 黙っていたクロードの表情が少し緩んだ。

「そう…… ですか、殿下は王ではなく、英雄になるのですね」


「はい。ヘンリーにとっては王位なんです。王位なんて第一王子に生まれれば誰だってなれちゃいます。でも英雄は違います。様々な知識や能力、そして皆を護ると言う温かい心が無くてはなれません。ヘンリーがそんなになれるのは、貴方がヘンリーを師事し、そして常に見守ってくださったおかげです」

 そこまで言ってからララはとびっきりの笑顔になる。


「次期サルドバルド皇帝である私から感謝を伝えさせてください、クロード伯爵」

 そう言いララは丁寧に頭を下げた。


「これから大陸を救うであろう英雄を立派に育て上げてくださり……誠にありがとうございました、クロード伯爵様」


 ララの言葉にクロードは満足そうな微笑みをうかべ、そして目には涙が光った。



 ヘンリーは王都に向けていくつかの手紙を書き早便で送付した。

 そしてその後、ヘンリーを含めたララ達一行は、食事もとらずに眠り続けた。


 ララ達が休んでいる間に、クロード伯爵…… いや、伯爵家の執事は旅に必要なものをいろいろ準備してくれた。

 彼は、ララのスカートが膝のあたりで切られていたのを見てか、ララの為にサイズの合うとブラウス、上着、ローブまでしっかりと準備してくれていてララを驚かせた。

 優秀な執事の気遣いはララ達には非常にありがたかった。



 ~~*~~


 ララ達はまる二日、伯爵邸で休ませてもらってからドルト共和国に向けて出発した。

 クロード伯爵邸を出てからしばらくは、ゆっくりと馬を走らせる。


「しかし、よく言ったよ、ララ。とは……」

 ヘンリーが馬をあやつりながらそう言った。

「あ~、俺も思いましたね。王なんて誰にでもなれるって、なれるわけないだろって突っ込みたかったです」

 トムが笑いながら言う。セイラやシークもうんうんと頷いた。


「細かい事はいいのよ。要はクロード伯爵様に今までやってきたことは無駄じゃなかった事を分かってもらう事が目的なんだから。納得してくれてたでしょ?きっと自信も取り戻したはずだわ」

 ララがそう言うと、ヘンリーが微笑み、そして言う。

「そうだな。……ララ、本当にありがとう」


 ――え?


 全員が一斉に驚いた顔をしてヘンリーの方を見た。

 ヘンリーが素直に「ありがとう」と言った事に心の底から驚いたのだ。


「な、なんだよ。俺だって礼ぐらい言うぞ! 人の事をなんだと思ってる」

 ヘンリーは少し照れながら言う。

「ははは、ヘンリーがありがとうなんて、俺も初めて聞いた」

 エイドリアンが笑う。

「お、お前まで! お礼なんていつも言ってるだろうが!」

「どうだかな」


「くそぉ。もういい、はやく先に進むぞ!」

 そう言いヘンリーはスピードを出した。

 皆はそれを見て顔を見合わせ、それから後を追うようにスピードを上げた。



 ~~*~~


 一行は、1日でドルト共和国との国境付近まで来ていた。


「どうする? 国境を越えてから休むか、越える前に休むか?」

 ヘンリーがエイドリアンに相談する。


「……国境を越える前に休もう。ドルトの森には魔獣が多いからな」

「そうだな、そうしよう」

 ヘンリーはそう言うと、護衛騎士シークの方を見る。

「近くに野営に適した所が無いかさがしてくれ」

「はっ」

 シークは返事をしてすぐに馬の速度を上げて走り出す。

 エイドリアンがトムに目で合図を送ると、トムが頷いてシークの後を追うように馬を走らせた。


「大丈夫か?」

 エイドリアンは、ララの頭の上からララを気遣うように言う。

「大丈夫。乗馬にも慣れてきたし、パンツスタイルだから今までに比べるととっても楽だわ」

 ララが笑顔で答える。

「そうか」

 エイドリアンも微笑んだ。


 程なくしてトム達が戻ってきて、小さな広場のようになっている場所に皆を誘導した。

 土も柔らかく、横になっても快適そうで、なかなか良い場所だ。


 早速、皆馬を降りて野宿の準備を始める。

 トムとセイラが食事の準備を始めたので、ララも手伝った。

 今回のメニューはカレーとナンだ。

 クロード伯爵家の執事が、カレーは野宿の食事にも適していると言い、ペーストにしたカレーを荷物の中に入れてくれていたのだ。


 ペーストに少し水を加えて、温めただけでも食べられるが、トムがそれでは良くないと、野菜と鶏肉を切り鍋に投入。ささっと炒めてからペーストと水を加えて煮込む。


 辺り一面に食欲をそそるスパイシーな香りが漂い始めた。

 

 セイラとララでナンを焼き上げているところに、用事をひととおり済ませたエイドリアン達がやって来る。


「いい香りだ。お腹がすきました」

 普段口数のすくないシークが微笑みながら言う。

「丁度良い頃合ですよ、食べましょう」

 そう言いトムが皆の皿にカレーを注いだ。


 そして皆が一斉に「いただきます」と言い、食事を始める。


 ナンでたっぷりカレーをすくい、それをパクリと口に。


「おいしぃ~」

 ララとセイラが嬉しそうな顔をして言った。


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