第15話 魔獣の森

 食事の後は皆、思い思いに寛いでいた。

 夜中になると気温が下がってきたが、火を炊いているのでそれほど気にはならない。どうやらセイラが少し風を制御しているらしかった。


 いつの間にか、火の番について決まっていたようだ。交代で火の番をする事になっていて、一番はエイドリアンだった。

 セイラ、トム、シークは、それぞれ少し離れた所に陣取って横になり、眠りについた。


 しばらくエイドリアンと話していたヘンリーもあくびをする。

「んじゃあ、俺もそろそろ寝るわ、後はよろしく、お二人さん」

「え?」

 エイドリアンの横で大人しく座っていたララが驚いてヘンリーを見る。


「ララは1人で番をするのは無理だろ? エイドリアンと組んでくれ」

 そう言い捨ててヘンリーは、離れた場所に横になって眠った。



 ララとエイドリアンはしばらく黙って炎を見ていた。

 エイドリアンは火を絶やさないように、途中、木の枝を足す。

 ララはなぜか妙に緊張していた。


「アーロンのことだが……」

 エイドリアンが突然声をだしララに問いかけて来た。


「ララは、もうあいつの事は本当にもういいのか?」

「え?」

 ララはエイドリアンが何を言いたいのか分からずエイドリアンを見る。


「いや、……コタールの王妃が、ララをよろしくと、もし立場を気にするなら自分が後見人になっても良いとまで言ってきて、驚いたんだが」


 ララはその言葉を聞き驚く。

「お、叔母様がそんなことを?」


「俺は、王妃に、今はそんなことを考える余裕はないと言った。第一、ララの気持ちも聞かずに考えても始まらないだろう?」

 エイドリアンは落ち着いた声でそう言った。

 ララはエイドリアンの言葉に頷く。

「アーロンの事は、アンナと幸せになって欲しいと思っているわ。あの二人はお互い意識し合っていたのに、私が気付いて上げられなくて申し訳なかったと思っているの。本当にあの頃の私は何一つ、……親友の心の中の事さえちゃんと見ることが出来ない人間だったと、今は恥ずかしいわ……」

 ララは少し顔を伏せながらそう言った。


「そうか……」

 ララの答えを聞いて、エイドリアンはララから視線を外し炎に目をやった。

 

 え? 何? それで終わりなの?

 ララは、急に興味なさそうに視線を外したエイドリアンを見て思う。

 

 この人、優しいけど何を考えているのかよく分からない

 一瞬、何か言ってもらえるのかと思って期待してしまったじゃない

 私、まだ、エイドリアンからは何も言ってもらってないのに……


 ララは頭の中でそんなことを考え、少し頬を膨らませる。


 そのまましばらく時間がたち、温かい炎の光を見ていてララは眠くなってきた。うつらうつらと瞼が勝手におりてくる。


 寝てはいけない……


 頑張っていたララだがいつの間にか意識を失うように寝てしまった。


 そしてララは少ししてうっすらと目を開ける。ララにとってはほんの一瞬の事だった。


 ん……? 私、眠っていたのかしら?


「起きたのか?」

 ララは自分の頭の上から聞こえる声に驚き、ハッとした。

 そして自分が、座ったまま、エイドリアンにもたれかかってぐっすり眠っていた事に気が付く。


「ご、ごめんなさい」

 ララは慌てて身体を起こす。


「いや、寝てて良いぞ、どうせもうすぐ交代するし」

 エイドリアンの言葉にララは申し訳なくて赤くなる。


 エイドリアンはララの顔を見た。

「眠いだろう?気にせず寝てていいよ、……おいで」

「……」


 !?

 おいで!?


 ララの顔が瞬間に茹でダコのように真っ赤になった。

 それを見てエイドリアンがくくくっと笑った。


「か、からかってるのね?」

 真っ赤になって怒って、エイドリアンを叩くララの手をエイドリアンは抑えながら笑う。

「大きな声出したら、皆起きるから」

「嫌いよ、もう」

 両手を掴まれたララが拗ねたように言う。


 エイドリアンは、ララの身体を引き寄せ、顔を近づけた。

「なあ、ララ、俺はアーロンやヘンリーのような身分はない。……縁起の悪い亡国の王子で、俺は何も持っていない。それでもいいんだろうか?」

 

 エイドリアンの言葉にララの心臓がどくどくと波打つ。

「わがままに、お前を好きだと言ってもいいのだろうか?」


 ララはもう頭がぐるぐる回りそうな程どきどきしていた。

 これはまぎれもなく、エイドリアンからララへの告白――

 

 ”わたしの気持ちは観光都市ピッサですでに伝えているでしょう”


 ララは格好良くそう言いたかった。

 しかし、ドキドキし過ぎて口から言葉が全く出てこない。ただパクパクと口を動かすだけしか出来なかった。

 

 ララは言葉を発せられないので、エイドリアンにこくりと頷く。


 ララが頷いたのを確認したエイドリアンはララに優しく微笑んだ。

 そしてエイドリアンはララの唇に自分の唇を近付けた。その時――


 !!

 突然、エイドリアンが何かに反応しララを放してバッと立ち上がる。


「な、何?」

 突然のエイドリアンの行動に驚いて、ララも同じように立ち上がった。


「……」

 エイドリアンは上を見上げ、それから辺りを見回す。

 それから叫んだ。


「起きろ! 襲撃だ!」

 エイドリアンの一声で、全員がばっと起きると同時に剣を握っていた。

 流石に訓練された騎士達だと、ララは感心する。


「どこだ? 分かるか?」

 ヘンリーが言う。

「いや、セイラ、分からないか?」

 エイドリアンが風使いのセイラに確認すると、セイラは風を流して気配を探る。


「! 左から来る!」

 セイラがそう叫んだ途端、左から何かが、シークに向かって飛んできた。シークはそれを難無くかわす。


「あ、あれは、魔獣!」

 セイラが声を出す。

「くそ、またこっち側にまで入って来てるのか! 駆除しないと、大変だ」

 ヘンリーが珍しく真面目な顔で言う。


「トム、下がって! 精霊使いでなければ、太刀打ち出来ない!」

 セイラがトムに言う。トムは悔しそうに少し下がった。


「セイラ! 頼む!」

 ヘンリーが腰の鞄から石炭のようなものを投げそこに火をつける。セイラがそれを風で魔獣にまで流しながら炎の勢いもつける。

 魔獣はそれを避けたが、セイラが風で魔獣を追う。


「俺がとどめをさす!」

 エイドリアンがそう言うと、雷のように電気の光を魔獣に向けて走らせた。


 ギュアウァー!!


 魔獣は、大きな叫び声を上げて倒れた。

 そして消えるように小さな石になる。


「魔石ね」

 セイラが言った。

「真っ黒だ、浄化しないといけない」

 ヘンリーが魔石を拾う。

「このまま、放っておくと、また魔獣が復活するし、誰かが拾って呪いやらに悪用するかもしれない」

「ああ、……魔石って怖いんですね」

 セイラが、魔石を飲まされた人達の事を思い出す。


「魔石は、力を持たない者にも魔力を与えてくれるんだ。それを知っている犯罪者が使ったりするから始末が悪い。こいつは長く使うと身を滅ぼす物なのに、利用したがる奴が後を絶たない」

 ヘンリーが怒ったように言う。


「ララ、浄化できないか?」

 ヘンリーがララを見た。

「今は出来ないけど、抑えるだけなら出来るようなので、私が預かります」

 ララは、そう言い魔石を、受けとった。


「しかし、こんな所まで魔獣が来てるってことは、ここから先は、大変かもしれないぞ」

 ヘンリーが言う。

「そうですね」

 ヘンリーの護衛騎士シークが応えるように言う。


「そんなに多いのか?」

 エイドリアンが聞く。

「ああ、大陸で一番多い場所だからな。くそ、遠回りすれば良かったか?ふつうは、時間をかけてエルドランドを経由するんだ」

「いや、今は時間との勝負だ、そんな余裕はないよ」

 エイドリアンはそう言う。


「はあ。俺は、もう一度ねる! この後いつ眠れるか分からんからな! お前らもちゃんと寝ろよ!」

 ヘンリーはそう言って、寝ていた場所に戻ってゴロンと横になった。


「ある意味、あいつは最強だな」

 エイドリアンは、ヘンリーを見て微笑んだ。

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