第6話 神殿に籠る
「ララ、これからサルドバルド帝国は3か月間、亡き皇帝ウィリアムの為に喪に服すことになる」
朝、ララは侍女たちに朝食の場に案内すると言われ付いて行くと、その場にはマルタン公爵とジェームスが居た。
どうやら、マルタン公爵が当たり前のようにララの後見人の扱いを受けているようだ。
まあ、これまでのララとマルタン公爵の関係を考えるとそれは自然な流れなのかもしれない、ララはそんな風に思いながら席に着き、運ばれてきたオレンジジュースを一口飲んだ。
ララより先に朝食を食べ始めていたマルタン公爵は、ララが食事を始めたのを見て、ララに帝国は3か月間喪に服すという話を始めたのだった。
「その間、帝国内では婚姻を禁止します。他にも祭りや祝い事の開催は全て禁止され、この3か月の間、全ての帝国民は皇帝の死を悼み、神殿などへの供え物の提供や、祈りを捧げて日々を過ごすことになります」
マルタンはララに説明するように言う。
これまでのララなら、「はい」とか、「そうなのですね」とか答えただろうが、今のララはそんな気分にはならない。
ララは、自分がマルタンに対して疑念を持っている事がバレないように表情に気をつけながら、黙ってマルタンの方に視線をやった。
「ウィリアム皇帝が亡くなった時点で、ララ、貴方は皇帝としての義務が生じています。皇帝としての扱いを受けることになり、そして皇帝としての責任が生じるという事です」
マルタンは真剣な眼差しをララに向けながら語り続ける。
「即位式は喪が明けてから行われますので、帝国民の前に正式に皇帝として立つのは3か月後になりますが、もう既にあなたは皇帝であるという事を忘れてはいけません」
そこまで言い、マルタンは少し微笑んだ。それから少し頭を下げる。
「しかし、陛下、不安に思う事は何もありません。どうぞ、ご安心ください。このマルタン、息子のジェームスと共に陛下の忠臣として陛下に誠心誠意お仕えすることを誓います」
「……ありがとう」
ララは小さな声でお礼を言う。
「頼りにしていますわ、叔父様。そしてジェームスお兄様も」
ララは心を閉ざしている事を悟られないように少しだけ微笑んで言う。
マルタン公爵とジェームスはララの反応を見て少し微笑み、それから食事の続きを始める。
「大丈夫だよ、ララ、いえ……陛下。僕たちがついていますから、陛下は何も心配せずに、今まで通り、何も憂うことなく日々をお過ごしください。我々は陛下の笑顔をお守りすると誓います」
ジェームスがララに微笑みかけながらそう言った。
ララは何も言わずに微笑みだけを返す。
「それで、ララ、……提案なのだが」
今度はマルタンが口元を拭きながら言う。ララはマルタンの方を見た。
「即位式までの3か月間、神殿で喪に服してはどうだろうか?」
ララはマルタンの言葉に少し顔を傾けてみせる。
マルタンは優し気な柔らかい笑みをララに向ける。
「この3か月は、皇帝としてやることも特にない。やるべきは帝国民に前皇帝の喪に服す姿を見せ、前皇帝の功績を世に知らしめる事と、即位式で美しき女帝としての姿を見せるための準備だ。きっと神殿に籠る方が、落ち着いて皇帝になる準備ができるのではないだろうか?」
ララはマルタンの微笑みを見つめながら答える。
「そうですね……そのように致しましょう」
~~*~~
朝食の後、ララはマルタンに言われるままに、神殿に移った。
メイドや巫女たちが、神殿の寝室を準備するため慌ただしく動いている中、ララは神殿の執務室のソファーでお茶を飲みながらその様子を眺めていた。
この神殿には、大聖女ミラを慕って志願してきた聖職者が何人も居るため、ララにとっては信頼のおける人が多い場所でもある。
そんな中に、もしララを監視するために送られた巫女が混じっていたとしても、すぐ分かるし問題にならない。
だから、同じ宮廷内にあっても神殿のエリアは、ララにとって母が整えてくれた特別な場所であり、動きやすい場所でもあった。
神殿には遠方から来た貴族達が宿泊可能ないくつかの貴賓室があり、皇帝専用の部屋もあった。
今回、ララには当然、皇帝専用の部屋が準備された。
皇帝の間か……
部屋の準備が終わったと言われ、案内された部屋に入ったララは、既に自分が皇帝の位にあることを改めて認識した。
正式な継承は3か月後、喪があけてからになるが、もう既にララがこの国の皇帝であることに違いはない。
「陛下、こちらにお飲み物と軽食をおきますね」
ララの世話をしてくれる高位巫女、リリアンヌの言葉にララは少し驚いた顔をする。
「? ……どうかされましたか?」
リリアンヌが不思議そうに訊く。
「あ、いえ、今、陛下と言われたから」
「あ……ああ。まだ慣れませんよね?ララ皇女と呼ぶ方がよろしいでしょうか?」
リリアンヌは柔らかい笑みを浮かべる。
「あ、いえ、どちらでもいいわ」
ララは笑顔で言う。
「今日はもう下がって大丈夫よ」
「はい、明日は朝食の後、大臣たちが報告に来る予定になっていますので、先ずはそれにご対応ください。今後の予定などは、その後相談させていただきたいと思います」
リリアンヌははっきりとした口調でララに伝える。
リリアンヌは皇后ミラも信頼していた聖女クラスの高位巫女だ。
大聖女ミラを姉のように慕っていた者の一人で、ミラが嫁ぐとき、一番にミラに付いて行くと宣言した巫女だった。彼女はドルト共和国では聖女資格を持ち聖女として勤めていたが、その職を辞して一介の巫女としてサルドバルドの神殿に入ったのだ。
ララはそんなリリアンヌの事を信頼しており、こうなった今となっては、数少ない味方と言える人だった。
「ええ、分かったわ。ありがとう。また明日ね」
ララは、そう言い微笑んだ。
ララは明日リリアンヌに今後の事を相談することが出来るという安心感を得てホッとした気持ちになった。
ララはひとりになってから、朝食の時のマルタン公爵の事を思い出していた。
どうして、今まであの人を信頼していたのかしら……
ララはため息をつきながら考える。
今までなら、全くなんとも思っていなかったけど今なら良くわかる
自分がどれほど侮られていたのか
あなたは既に皇帝だ……
などと言いながら、皇帝である私より先に食事を始める?
忠誠を誓いますって……
食事しながら言うことじゃないわよね
本気でそう思うなら立ち上がって跪くでしょ?
ありえないわね
それに……神殿に籠れというのは、
私に、何もするなって言っているのよね
そして、あの笑顔……
あれがエイドリアンが言っていた魅了の力なのかしら?
今までの私は気付かないうちに懐かされていたのね、きっと
叔父様は上手く私に魅了の能力を使って、3か月の間、私を神殿に閉じ込めたつもりでいるわね……
いいわ、叔父様が油断している間に色々調べましょう
ララはそう心に決めて、リリアンヌの持ってきてくれた軽食のサンドウィッチをパクパクと食べ、お茶をごくごくと飲んだ。
飲み終わった後、はあ、とため息をつきララは口を指で拭う。
いつまでも、おバカで能天気な皇女だと思っていなさい!
真相をきっと掴んでやるんだから!
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