第7話 一体何の話をしているの?
神殿の夜は早い。
夕食が終わって後片付けした後は、みな部屋に籠って過ごす。
朝は日が昇る前から活動が始まるので、ほとんどの者は部屋に入ってすぐ寝てしまうのだ。
ララは、皆が部屋に籠る時間になって、動き始めることにした。
ララは動きやすいように、神殿の巫女が着るシンプルな服に着替えてから、そっと部屋を出る。
そして、1階の礼拝堂に向かった。
ララの予想通り礼拝堂に人の気配はなく、何ヶ所かに設置された灯りの炎が音もなく揺らめいていた。
ララはご神体として飾られている太陽のオブジェの前まで足を進めた。
そして太陽のオブジェの両横にある大理石で造られているお皿の片方に近づいく。
そのお皿はララの胸元辺りの高さにあり大理石の柱に固定されていた。
ララはそのお皿の部分に手を伸ばし、お皿に入っている小さな石を1粒手に取った。手にした石は精霊石で、とても綺麗な輝きを放っている。
ララは、その精霊石を確認するように眺めた後、もう一度皿に手を伸ばし、ザクっと片手で掴めるだけ石を掴み取り、腰の皮のベルト部分に着いている小さな革の袋にガバッと入れた。
それから、太陽のオブジェの方に向き、ゴツゴツした質感で造られているオブジェの大きな柱部分に視線を持っていく。そして、柱部分に取付けられている幾つかの精霊石の飾り石を眺めた。
ララは、目で飾り石を追うようにして確認してから、迷いなく飾り石の一つに手を伸ばし、その飾り石を時計回りにくるりと回した。
そしてまた別の飾り石に手を伸ばし、今度は反時計回りにくるりと回す。それから、また別の飾り石に手をやると、その石を少し引き出した。
すると、ゴゴゴゴと小さな音を鳴らしながら、オブジェの位置が横にずれていき、ずれた床の部分に地下へと向かう階段が現れた。
ララはその階段をゆっくり降りていき、下まで降りた後、腰の袋に入れた精霊石を四つ取り出すと、左手の
精霊石は、ララの掌から少し浮いたかと思うと、ボッと炎を上げた。
四つの精霊石がそれぞれ炎を出して辺りを明るく照らす。
ララは精霊石を少し上に投げるような仕草をした。
すると炎を出している精霊石はララの掌から離れ、ララを囲むように宙に浮かんだ。
ララは明るくなった地下通路の中を歩き出す。ララが歩き出すと精霊石の放つ炎もララについて動きだした。
ここは、秘密の抜け穴の一つだ。
この抜け穴は一部のコースを除いて代々、皇帝と皇后と皇太子のみに伝えられるもので、宮殿の外と宮殿内部の様々な場所と繋がっている。
一部のコースを除いて……と言うのは、有事の際、皇帝を護る為に騎士も一緒に動く必要がある為、迅速に対応出来るように皇帝が認めた護衛騎士と側近だけに教えている通路がいくつかあるからだ。
そのコースは宮殿の外に出られる通路で、仕掛けが施されている為、他の通路と交差している事は分からないようになっている。
今回のララの目的地は皇帝の私室だった。皇帝の私室に真実を知るための何かが残っていないか、調べたいと思ったのだ。
ララは通路を間違えないように慎重に進むが、複雑で少し悩む。
ララがこの通路に入ったのは2回目で、1度目は9歳の時だ。母である皇后ミラに今日の1度で覚えなさいと言われた事を覚えている。
しかし、流石に記憶力の良いララでも少しあやふやになっていた。
なんとか記憶をたどり、選んだ地下通路の道は……
残念ながら、間違えていたようだ。
ララがたどり着いたのは、宮殿に寝泊まりする貴族たちのヴィラが立ち並ぶエリアだった。
これらのヴィラは、皇帝に認められた側近達が、常に皇帝の傍で仕えられるように与えられるもので、ここを使う許可を得られることは、貴族のステータスでもあった。
貴族以外にも、側室になる身分の無い皇帝の愛人も住まわせたりするらしいが、ウィリアムには愛人はいないので今は愛人は住んでいない。
現在、ヴィラを利用しているのは6貴族のみ。
帝国の3つの公爵家と、侯爵家から2家門、伯爵家から1家門が使用を許されており、執務の為に普段はここに滞在していた。
ララは精霊石の炎を消した後、進むべき方向を知るため、どのヴィラの庭に出たのか確認しようと木が生い茂った庭を慎重に進みながらキョロキョロと辺りを見まわした。
「ははは、一人前の事を言うじゃないか」
ララの耳に笑う声が聞こえてきた。
「父上こそ、その齢で勘弁してくださいよ」
聞き覚えのある声に、ララは姿を見られないように身を低くした。
その声はマルタン公爵と、その息子ジェームスのものだった。
2人はテラスで、庭を眺めながらワインを飲んで話をしているようだ。
彼らのヴィラの庭は、噴水があり、草木は美しく切り揃えられている。そして貴重な精霊石がふんだんに使われているようで、庭は程よくライトアップされていて、とても美しかった。
こんな美しい庭を眺めながら飲むワインはきっと美味しいに違いない。
ケールの人達を思い出し、ララは少し嫌な気分になった。
「私では駄目って事はないだろう?」
機嫌の良さそうなマルタン公爵の声だ。
「何言ってるんですか、ララと父上では一体いくつ離れていると?皆がすぐに帝位を狙っていると気づきますよ……」
今度は、ジェームスの呆れたような声が聞こえてきた。
「何、既成事実を作ってしまえばいい。子でもできれば誰も何も言うまい」
ララがそっと除き見ると、マルタンは顔を赤らめ笑顔で話していた。
「何言ってるんですか、そんなの嫌がるに決まってるでしょ? 無理やりですか?」
ジェームスの方は父を呆れた顔で見ている。
「いけないか?」
「いけないに決まってるでしょう」
酔っている様子のマルタンにジェームスは冷たく言い放つ。
「しかし、お前なら良いという事もないだろ? あれはまだまだ子供だ」
少し拗ねたようにマルタンがジェームスに向かって言う。
「ララは俺には懐いているし、嫌がったりしないでしょう?」
「そんなの、わからないだろう」
「女なんてね、ちょっと優しくしたら、黙って言うことを聞いてくれるものですよ。とにかく俺に任せて下さい。いくらなんでも父上が初めての相手では、ララも可哀想ですよ」
ジェームスはそう言いワインを飲んだ。
―――――……
ララは、自分の身体がゾワッと震える感覚がした。
な、なんなの? この2人……
一体何の話をしているのよっ!?
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