第3話 マルタン公爵の生立ち

「お祖母様も案外怖かったんだな」

 ヘンリーは肩をすぼめて言う。ヘンリーにとってもララにとっても祖母はただただ優しい良い人だったのだ。


「……でも、お母様はすぐに戻ってきたのよ。お母様は本気でお父様の事が好きだったから。私が思うに、暗殺の件は実家のケールの王族が糸を引いていたんじゃないかしら? お母さまはケールではかなり可愛がられた王女だったらしいしね」

 そう言いながら、エイドリアンを見た。

「ま、これはあなた達が生まれるずっと前の話しね」

 アン王妃の言葉を聞き、ララはそう言えばお祖母様はケールからお嫁に来た人だったという事を思い出した。

 エイドリアンもそんな繋がりも過去にはあったなと思う。


 アン王妃は何かを思い出したようにクスッと笑う。

「一度、ホントにあの子の命が危なかった事があったらしいの。生まれてすぐに暗殺者に殺されかけたみたいでね。まあ、何とか事なきを得たんだけど、お父様が本当に怒って…… それで王位継承権の順位の決め方を変えたのよ。女の子でも、男の子でも継げるように。その上、他国に嫁いだ後も継承権を取り上げない、他国で子供を産んだ場合はその子に継承権を移すって変えたものだから、それで、あなたが今、継承権第3位なのヘンリー」


「余計な事をしてくれたなぁ、爺さんも」

ヘンリーは呆れたように言う。


「ふふ、当時私が惣領姫だったでしょ? 私を継承権1位にして、愛人との子供の継承権を低くしたのよ。狙われないようにする為にね。でも、私は4歳から嫁ぎ先が決まってたから、だから他国に嫁いだ後も…… の文言も追加されたのね」


「成る程、それで…… ですか。かなり強引だったんですね、お爺様」

 ララは驚いて思わず声が出る。


「そうね、愛する人と子供を守りたかったんでしょう。お父様に、あの子を帝位につかせるつもりは全然なかったと思うわ。愛人だった女性もそういう事を望むような人ではなかったしね。”帝位継承権第5位以上の方の中から、2名以上の者の承認と忠誠”というのを追加したのも、周りの者を不安にさせて暗殺なんて考えを起こさせない為だったんでしょうね」


「お話を聞いていて思ったのですが…… もしかして公爵がケールを毛嫌いして滅ぼしたのって……」

 セイラが遠慮がちに声を出した。アン王妃は優しくセイラの方を見る。

「まあ、……そう言う事なんでしょうね」


「単に利益の為だけじゃ無かったのか」

 エイドリアンが、呟いた。


「……あの子の母親は父が夢中になるだけあって本当に素敵な方だったのよ。純真で、いい人過ぎるぐらいに」

 そう言ってララを見る。

「だからね、お母様も少しずつ愛人の存在を認め初めて、自分の息子であるウィリアムを産んでからはとても落ち着いて、愛人の女性にも贈り物をしたりと、優しくなさっていたわ」


「え?」

 しらっと話すアン王妃以外の全員の顔が驚きに変わる。


「いま、お父様が生まれてからは……と、仰ったのですか?」

 ララの顔はショックで青くなる。他の者も同じだ。


 王妃はゆっくりお茶を飲み、カップをソーサに戻してから口を開いた。

「ええ、そう、本当はね、アーサーが…… 公爵の方が先に生まれたの。2年も早くね。だから本当の第1皇子はアーサーの方だったのよ」


 全員がその言葉に固まった。

 しばらくショックで何も言えなかったが、ヘンリーが笑い出す。


「ふっ、ははは、成程な。じい様は正妃の子の地位を安泰にする為、順番を入れ替えたのか! やるじゃねぇか!」


「言葉に気をつけなさいヘンリー、これは、アーサーを守る為でもあったのよ。そうしなければずっとアーサーは命を狙われるもの」

 アン王妃はそう言い、息子を窘める。


「だから、公爵はこれ程までに帝位にこだわるのね」

 ララがようやく理解出来たという風に言う。


「多分、自分が第1皇子たったんだと言う思いがあるのでしょうね」


「はっ、婚外子風情が、どんだけ早く産まれたって帝位なんか継げるかよ!」

 ヘンリーがそう言うと、王妃がヘンリーを睨む。

「ヘンリー! 口汚い言葉は止めなさい!」

 王妃はキツく諭す。それからみなの方を見た。


「私が分からないのは、元々あの子は、大人しく従順な子だったのよ、頭は良いけど、母親譲りで、精霊力もほとんど無いと判定されていたし…… それがどうしてこんなに大それた事をするに至ったのか……」


「本当に長い間、恨みを持ち続けて来たのでしょうね」

 ララが辛そうに言う。

「多分、始まりは、自分の母親を殺めた時から……」


「なんですって!?」

 さすがのアン王妃も驚きの声を上げる。

 あ、っとララは最初にその話をしなかった事を思い出す。

「あれは事故でしょう!? その時あの子はまだ8歳だったのよ!?」

「本人が、そう話していたんです」

「うそ…… そんな酷い…… わざと母親を野獣に襲わせたというの?」

 王妃の手が震える。


「多分、野獣ではなく、魔獣です、魔獣に襲わせたのでしょう」

 エイドリアンが言う。

「そして、魔石によって力をつけたのでしょう」


「なんと恐ろしい事を。……あの子が、”何故自分だけが?”というような感情を少しはもっている事を皆も何となくは分かっていたわ。だから、皆が優しく接するように心がけて、心安らかになれるよに早くに公爵に封じられたのよ。なのに、結局誰もあの子を救えなかったのね……」

「叔母様……」

 ララは、アン王妃の手を握る。


「ここに来て、叔母様のお話を聞けて良かった。色んな事が繋がりました」

 ララはそう言い、アン王妃とヘンリーを見た。


「それで…… 確認したい事とお願いがあります」

 真剣な顔でヘンリーを見るララ。


「なんだ?」

 ヘンリーはララをみて返事をする。


「ヘンリー殿下、あなたはもしかして、帝位に興味がおありなのですか?」

 ララの言葉に、ヘンリーが驚いて固まる。


「あなたは、コタールの第1王子でありながら、皇太子の座を第2王子にお譲りになっています。その理由は、サルドバルドの帝位に就くことを考えている為…… なのでは?」

 ララは、真剣な眼差しをヘンリーに向けた。

 ヘンリーは、ララの言葉に動きを止めた。

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