第2話 コタールの王妃
ララは久しぶりに肌や髪の毛の手入れをしてもらい、機嫌よく廊下を歩いていた。メイド達もサルドバルドの至宝と言われるララの世話をするのを喜んでくれていて、皆とても優しかった。
「ララ様、こちらが準備させていただいた客間になります」
ララが案内されたのは豪華な貴賓室だった。
「素晴らしいお部屋ね」
「はい。元々このお屋敷は迎賓館で、このお部屋は王族の方や枢機卿がお泊りになるお部屋でしたから」
メイド達はとても明るい笑顔で教えてくれた。
成る程、もともと迎賓館だったんだ。
ララはこの屋敷の豪華な造りに納得する。
「お茶を飲んで待たれますか?」
メイドがララに声を掛ける。
「そうね、のどが渇いたしお茶をいただくわ」
そう言い、ティーセットの置かれたソファーとテーブルの方に行く。
「セイラもこの部屋に来るのね」
ララは、さっきのメイドの言葉を思い出して聞く。
「いえ、女性騎士の方は別の部屋ですわ」
そう言いながら、カップにお茶を注いだ。
ララはそれを受け取り一口飲む。
「美味しいわ。じゃあ、どなたか来るのかしら?」
ララがそう言うと同時にメイドがドアの方を見る。
「あ、来られたようですよ」
メイドの声と同時に「失礼します」という声が聞こえ、ドアが開けられ、エイドリアンが入って来る。
しかし、エイドリアンはララの姿を見て固まったように立ち止まった。
ララもエイドリアンを見て固まる。
「え?……」
エイドリアンは案内してきたメイドを不思議そうに見る。
「……え?」
ララも不思議そうにメイド達を見て声を出した。
メイド達はそんな二人をにこにこした顔で見ていた。
~~*~~
「なんだよ、一緒に寝なかったのか?」
朝の朝食の席で、ヘンリーは可笑しそうに笑いながらそう言った。
「寝るわけないだろ! 何を考えてるんだお前は!」
エイドリアンは顔を赤らめて怒っている。
結局エイドリアンはあの後、部屋を出て行き、トムの部屋で眠った。
「でも、おっかしいなぁ」
ヘンリーは首をかしげて、ララとエイドリアンを交互に見る。
「いつも一緒にいるって雰囲気だったからさぁ、一緒の部屋でいいって指示出したんだけどなぁ。いつも一緒に寝てるんじゃないのか?」
ヘンリーは真剣な顔で考えている。そしてはっとしたようにぱあっと顔を明るくした。
「あ、そうか! まだそこまで進んでないけど、ふたりともそう望んでるってことか!」
ヘンリーが納得したようにそう言うと、ララとエイドリアンの顔が真っ赤になる。
「いい加減にしろよヘンリー、首絞めるぞ」
エイドリアンは真っ赤になりながらそう言った。
~~*~~
ララ達は宮殿に行くに相応しい服に着替えさせてもらった。
ララのドレスは急遽王家御用達ブティックから運び込まれたもので、既製品ではあるが質の良いものだった。
最初、セイラにもドレスが準備されたが、セイラは護衛騎士がドレスなど来ていられないと拒否した。それで、セイラには女子用の近衛服が準備された。
何とか全員無事に身なりを整え終わり、外に出ると、ララとエイドリアンの服がお揃えになっている事に気付く。
一瞬、二人とも驚くが、もうこれは言っても仕方ないと、二人はため息をつき諦めて何も言わなかった。
王宮に着くと、驚いたことにヘンリーの母であるアン王妃が
ララが馬車を降りるとアン王妃が嬉しそうに駆け寄ってララを抱きしめる。
「ララ! 久しぶりだわ、無事でよかった!」
ララは抱きしめられると同時に、ふんわりした香りに包まれた。そしてその香りが、幼い頃の懐かしい記憶を呼び起こす。
この腕に何度も抱きしめられた事を思い出し、ララの気持ちが緩んだ。
「おばさま!」
ララは甘えるようにアン王妃に抱きついた。
アン王女と初対面のセイラとトムを紹介した後、ララ達は海の見えるテラスに準備されたテーブルについた。
そこは海から心地よい風が吹いていてリラックスできる場所だった。
タイミングを見計らって、ララは頭を下げた。
「叔母様、いえ、王妃様、そしてヘンリー殿下。この度は、サルドパルドのゴタゴタに巻き込んでしまい、申し訳ござませんでした」
「まあ、まあ、頭を上げて頂戴。あなたが謝ることでは無いのだから」
「いえ、きっと私がもっとしっかりしていれば、少なくとももヘンリーが襲われることなど無かったかと思います。本当に申し訳ないです」
ララは、頭を下げたまま言う。
「いいから顔をお上げなさい。あなたはここに逃げて来たわけでは無いのでしょう? 戦う準備の為に来たのよね?」
アン王妃がそう言うと、ララは顔を上げた。そして大きく頷く。
「はい」
「それならララ、顔をしっかり上げて前を向きなさい。そしてコタールまで来た理由をちゃんと説明しないといけないわ」
アン王妃は優しくララを諭した。ララは頷き、しっかりとアン王妃に顔を向ける。
「私達にはヘンリーの助けが必要です。まずは事情を全てお話します」
ララはそれから、ふたりに、これまでの事を全て話した。
ウィリアムの遺言の手紙の内容や、ララが宮殿で聞いたマルタン親子が会話していた内容も、全てをそのまま話した。
アン王妃もヘンリーもララが話している間、口を挟まず黙って聞いていた。そしてララが話し終わると、王妃が小さく呟いた。
「やはり、暗殺だったのね……」
王妃はとても悲しそうな表情でララを見た。
「お父様はとても健康だったし、おかしいと思っていたのよ、でも当時、ウィリアムは何も言わずに黙っていたし、私も嫁いだ後だったから……」
そう言い、横に座るララの手を取り握った。
「でも、まさか、ミラやウィリアムまでそんな事になっていたなんて」
いつの間にか涙を流している王妃につられ、ララの目にも涙が溢れてくる。セイラやトムも、もらい泣きして目を潤ませていた。
ララは、父の死を純粋に一緒に悲しんでくれる人が居た事が嬉しく、涙を流しながら叔母の手を握り返した。
「あの子は昔から何を考えているのか分からない子だったわ」
王妃の瞳に鋭さが宿る。あの子とは、公爵の事だろう。
「知っていると思うけと、あの子は婚外子として育てられたのよ。幼少の頃は母親とふたりで寂しい暮らしだったみたいね」
アン王妃はそう言いながら、新しく入れ直された紅茶にミルクを入れてスプーンで混ぜる。
「母親の女性はね、本当に美しくて慎ましやかな方だったわ。父に連れられて何度かお会いしたけど、至って普通の人という印象しかないわ」
そう言い王妃はカップに口をつける。そしてカップをソーサに戻した。
「ただの街娘だったその人は、最初は父の事を皇帝とは知ら無かったみたい。何も知らずに好きになって、求められるままに付き合ったのでしょうね。子供が出来て、普通の結婚を夢見ていたかもしれない…でも、宿したのは皇帝の子供だった。そして、父は愛する女性の為、宮殿の端に小さな離宮を作り、女性をそこに隠すように住まわせた」
そう言って顔を上げて少し微笑んだ。
「大変だったのよ、その頃のお母様の嫉妬」
そう言い、また視線を下に落とす。
「分かるのよね、夫婦だもの。愛人が居ることなんかすぐにバレるわよ。で、懐妊してる事もばれちゃって、それでしばらくお母様、実家に帰っちゃたのよ。それはもうホントに凄く怒っていたわ」
「あのお祖母様が怒る姿なんて…… 想像できないわ」
ララが優しかった祖母を思い出して言う。
「そうねぇ、あの時はちょっと…… 流石にいつもと状況が違ったわね。まあ、もし懐妊したのが男の子だったらと、心配したのでしょう」
そう言い、また王妃は紅茶を1口飲む。
それからため息をつく。
「あの頃、嫌な噂もよく耳にしたわ。お母様の実家が、愛人を暗殺しようとしてるとか、色々ね」
「実際はどうだったんです?」
ヘンリーが聞く。
「……あったんじゃないかしらね、そして、多分、子供が生まれてからの方が酷くなったんじゃないかしら? 生まれたのが男の子だったからね……」
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