戦う皇女ララの物語
あきこ
プロローグ
ユーランド大陸のサルドバルド帝国
ユーランド大陸には現在四つの国がある。
その四つの国の中で最大の領土を持つのが、ユーランド大陸の西側に広がるサルドバルド帝国だ。
600年前迄、ユーランド大陸の西側は沢山の小さな国に別れており、それらの国は絶えず戦争を繰り返していた。
しかし、そんな国のひとつだったサルドバルド王国に強い精霊力を持つひとりの王子が生まれた。
その王子は、繰返される戦争を終結させ、ユーランド大陸の西側を統一し、サルドバルド帝国の初代皇帝となった。
彼は、女神アテラミカの御使いで救世主だったと言われていて、今でも英雄と称えられている。
そんなサルドバルド帝国は、北側、西側、南側の三方を海で囲まれているが、東側は三つの国と国境を接している。
北はコタール王国、中央はドルト共和国、そして南がエルドランド王国だ。
200年程前からサルドバルド帝国が中心となってユーランド大陸の通貨や秤などの共通化を進めた事が功をなし、今や国家をまたいでの商売が普通に行われていて、人の往来も自由に出来るようになった。
また、100年ほど前からは、サルドバルド帝国の提案により1年に1回、宗教国であるドルト共和国にて平和会議を開催するようにもなった。
これにより国家間の問題も話し合いで解決されるようになり、武力衝突は殆ど無くなってユーランド大陸は穏やかで平和な大陸となっている。
だが実は、ユーランド大陸の国が四つになったのは、本当につい最近の事だ。
4年前までサルドバルド王国の南側にケールという小さな王国があり、ユーランド大陸にある国の数は四つではなく五つだった。
ケール王国は獣人族が多く住んでいて、軍事に力を入れている国だった。
そして、事あるごとに獣人族の力を使ってユーランド大陸の平和を乱すような振る舞いをしていた。
武力による強さを尊ぶケール王国は、海賊や盗賊に対して寛容な国だった。
海賊や山賊は、そんなケール王国を拠点に犯罪を繰り返した。彼らは、国籍に関わらず人々を襲い、金銀財宝、時には女性たちを奪ってはケール国に逃げ帰るのだ。
ユーランド大陸に住む人々にとってケール王国の存在は、この平和な大陸で唯一、頭の痛い存在で野蛮な国だった。
だから、誰もが、ケール王国をなんとか出来ないものかと、強く思っていた。
そして―――
その共通の願いを叶えたのが、サルドバルド帝国第41代皇帝のウィリアム=ハイムズだった。
まだ若く勇敢な皇帝ウィリアム=ハイムズは、盗賊を匿うだけではなく常に自国の国境線を脅かし続けるケール王国の討伐を決意。
サルドバルドの勇猛な将軍ミドルバルをケール侵攻の総司令官に任命し、ケールを攻め、僅か1ヶ月程でケール王国を滅ぼした。
もちろん戦争では多くの犠牲者を生んだ。
しかし、ケール王国が滅亡したことで、ユーランド大陸は本当に穏やかで平和な大陸となったのだった。
この戦争の後、国をまたいでの人々の往来は今まで以上に盛んになり、経済や生活レベルも国家間で格差はなく、どの国も大いに栄えていた。
ケールとの戦いでウィリアム=ハイムズ皇帝が、わずかな期間で圧勝する事が出来たのは神の導きによるものだと言われている。
何故なら、ウィリアムがケールとの戦いを決めたのは、愛する妻で、大聖女の称号を持つ皇后ミラの最後の願いを叶える為だったからだ。
皇后ミラは、平和を願い続け、病床に着いてからも最後の最後まで、大陸を本当の平和な国にして欲しいと皇帝に懇願し続けた。
皇帝は愛する皇后の手を握りながら願いは必ず叶えると言い、その言葉を聞いた皇后は安心するように微笑み、そして逝った。
ウィリアムがケールに侵攻を始めたのは、神に愛された大聖女ミラがこの世から去って僅か2日後の事だった。
ユーランド大陸では女神アテラミカという太陽神を信仰していて、極稀ではあるが、女神アテラミカに愛されて特別な力を授けられた者が生を受ける事があった。
サルドバルドの初代皇帝もそのうちのひとりだ。
そういう特別な者達は身分に関わらず、ユーランド大陸のどの地域であっても現れる可能性がある。
王族や貴族に生まれる可能性が高くはあるが、親族にその要素がない家にも突然そういう子供が産まれる事もあった。
なので、ユーランド大陸で生まれた者は皆、20歳までに宗教国家であるドルト共和国に行き、力を覚醒させる儀式を行う事が法で定められている。
もし旅費が準備出来ない場合でも、国やドルト共和国の方で旅費を準備してくれるのだ。
そして、儀式の結果によって全員が能力に見合った称号を与えられるのだが、平民が儀式を受けた結果、もし精霊力が強いと判明した場合、その者の人生は一変する事になる。
精霊力が強いと判明した者は、まずその場でドルト共和国に留まるよう説得される。
だが、ドルト共和国に留まるかどうかは本人の自由である。
強い精霊力があるものは、あちこちから高給でスカウトがかかるし、エリートコースを約束されたようなもので、仕事も選び放題なのだ。
しかし平民の場合、いくら給料が高くても、なれない貴族社会に入っていくのは不安だという事でドルト共和国に留まり聖職者の道を選ぶ傾向にあるようだ。
それにドルト共和国は大陸の調停を担う国であり、ドルトの神殿で勤める高位の聖職者は他国の貴族に物言う事の出来る存在として、貴族の地位に匹敵する程の権威を持つ。
もし将来出世して、聖女や大司教、枢機卿になると、王や皇帝と対等に扱われ敬われる存在となるので、皆の憧れの職業でもあった。
平民たちは皆、”もしかすると自分は100年に1度現れるかどうかと言われている大聖女かもしれない”そんな夢を持って洗礼の儀式に臨むのだ。
ところが、過去に一度だけ、そんな大聖女の称号を受けながら、ドルト神殿での地位をあっさりと捨てて嫁いだ大聖女がいた。
その聖女の名前はミラ。そう、サルドバルドの皇帝ウィリアム=ハイムズの唯一の妃、皇后ミラその人である。
ミラは神に愛されるに相応しく美しい女性だった。
彼女は歴代聖女のなかでもトップクラスの実力の持ち主で、その力ゆえ大聖女の称号を受け、若くして枢機卿の上に位置する大聖女の役職に就いていた。
彼女の腰まで伸びる青みがかったストーレートのシルバーブロンドは、歪みと曇りのない心の象徴だと言われ、彼女の微笑みは、太陽神の祝福を受けた微笑みと称えられた。
彼女は人々を熱狂的に魅了した。
彼女が取り仕切る行事には、彼女見たさで大陸中から普段の何倍もの人が押しかけて来くるほどだ。
そんな彼女だったが、当時サルドバルド帝国の皇太子だったウィリアム=ハイムズに見初められ、あっさり聖職を引退して皇太子妃となったのだ。
もちろんドルト共和国の長老達から大反対された。また、多くの信者達が泣きながら辞めないでくれと懇願したと言う。
しかし、愛し合う二人を誰も止めることは出来ず、ミラはサルドバルドの皇室に入った。
そして、そんな二人の間に生まれたのが、サルドバルド帝国の至宝と言われる皇女ララ=ハイムズだ。
ララは母親の美しい容姿を受け継いだだけでなく、大聖女だった母親の能力も受け継いでいるのではないかと期待されている。
皇后ミラは、残念ながら4年前に亡くなったが、亡くなるまでの間は皇女であるララを自分の手で育てた。
両親に愛され、宮殿でまるで真綿に包まれるように大切に育てられた皇女ララは、現在15歳。
ララ皇女の天真爛漫な笑顔に、全帝国民は魅了され彼女を愛した。
ララはそんな多くの愛を一身に受け、何一つ憂う事なく幸せな生活を送っている。
そう、これは良くできたおとぎ話だ。
でもこれがおとぎ話であることを、皇女ララはまだ知らない―――
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