第1章 幸せな皇女
第1話 退屈な歴史の授業
はあ、とララはため息をついた。
歴史の教師はいつも同じような話を繰り返すのでつまらなかった。
今、また、教師がララの父親であるサルドバルド帝国の皇帝ウィリアム=ハイムズが勇敢にケール王国を滅ぼした時の事を嬉々として話し始めたのだ。
王の勇猛さを一通り説明したその後はいつも、「ウィリアム=ハイムズ皇帝は、滅ぼしたケール王国の領土を自治区とし、独立した運営を認めるという寛大な対応をなさいました、本当に、大変慈悲深い賢帝であらせられます」と褒める。それは、ララが小さな頃からもう何度も聞かされる話だった。
「……と言う事なのです。何か質問はありますか?」
歴史の教師が突然ララの方を見て訊いてきた。
ララはビクンとして焦る。途中からほとんど話を聞いていなかった。
「あ、いえ、エバンズ先生。大丈夫ですわ」
ララは、何とか笑顔で答える。
「そうですか、では本日はここまでといたしましょう」
エバンズはそう言うと自分の持っている本を閉じた。
ララは立ち上がるとスカートを掴み、美しい所作でお辞儀をする。
「ありがとうございました、エバンズ先生」
エバンズも同じようにお辞儀をする。
「それではまた3日後にお会いいたしましょう」
「ララ皇女、お疲れ様でございました。お茶とお菓子の用意を致しますが、本日はどちらで召し上がられますか?」
侍女のアンナが柔らかい笑顔で訊く。アンナはララ付きの侍女として仕える伯爵家の令嬢で、幼い頃からのララの友人でもある。
「そうね、お天気も良いし、お庭で頂こうかしら?」
「かしこまりました。ちょうどバラが咲き始めたようですので、バラ園のガゼボに準備させましょう」
アンナはそう言うと、後ろに控えているメイドに目くばせする。それを合図に控えていた4人のメイドの内の2人がその場からささっと離れた。
ララはアンナと2人のメイドを引き連れ、ゆっくりと広い廊下を歩いた。途中で出会う衛兵やメイド達は皆、笑顔でララに挨拶する。ララもそれに笑顔で応えた。
ララの日常は、穏やかだった。
朝、起床した後、城内にある女神アテラミカを祭る神殿にい赴き、朝の祈りを捧げる。ララは母である皇后ミラが亡くなった後、この神殿の長に任命された。ララは大聖女の称号を持っていた母を見習い、日々の祈りは欠かさず行う。
ララは神殿の巫女たちと共に祈りを捧げた後、神殿の報告事項や連絡事項の確認などの為、1時間ぐらい神殿で過ごす。
そしてその後、宮殿の広間に行き、皇帝と皇帝の側近達と共に朝食を摂る。
この朝食会は朝の会議を兼ねたもので、皇太女のララは14歳になった時から参加していた。
会議と言っても皆の予定を確認し合う程度のもので穏やかなものだ。
時々重要案件の話題も出るが、この場で詳細な話をする事は無かった。
朝食後、ララの勉強時間が始まる。
13歳までは毎日一日中勉強の時間にあてられていたが、15歳になった今は週2回だけ教師が来て、昼過ぎぐらいまで授業を受けるだけだった。
公にはしていないが、大聖女の血を受け継いでいるララは非常に優秀で、11歳で一通り学ぶべきものは学び終えていた。なので今は、ララが自分で興味を持った事について好きなように調べたり研究をしている。
だがその事実は伏せられており、父である皇帝とララの側近しか知らなかった。
ララは毎日お茶の時間を長く取っていた。
その時間、一人きりで本を読みながら過ごす事もあるが、皇帝や親族の時間が取れれば一緒に過ごす。また、侍女や友人を呼んでお茶会を楽しむ事も多かった。
皆、サルドバルドの至宝と言われているララ皇女のお茶会に誘われると喜んで参加してくれるのだ。
ララは中庭のバラ園まで来て、咲いているバラやつぼみを確認しながらバラ園をゆっくりと歩いた。まだ咲いている花よりつぼみの方が多い。
「もうすぐ、満開になるわね」
ララは笑顔で言う。そして綺麗に咲いている一輪のバラを見つけて手を伸ばした。
「あ、わたくしが」
さっとメイドのひとりがバラに手を伸ばす。彼女は昔からララに仕える年長のメイドのリタだ。
「さ、ララ様、どうぞ」
リタはささっとバラの棘を処理してから、ララに笑顔で手渡した。
「ありがとう、リタ」
~~*~~
「おいしい!このお茶は?」
ララは紅茶を一口飲んで声を上げる。
「このお茶はわたくしの実家から取り寄せたものです。父がコタール王国で見つけて買い付けたものですわ」
アンナは目の前のララの反応に嬉しそうに微笑み言った。
「あら、リンドル伯爵はコタールにお出かけだったのね」
「ええ、美味しいものを探しに」
アンナが微笑みながら言うとララは笑う。
「リンドル伯爵は帝国を美味しいもので埋め尽くそうとしているのね!あの男はいつも美味しい食材を探し求めてるって、お父様が笑っていたわ」
「ええ、父は商売人ですから、美味しい食材でこの国を支配する事を目論んでいるようですわ」
「いいわね、剣ではなく食材というのが!私はリンドル伯爵のそういう所が大好きよ。それにしても、美味しいわ。はちみつとの割合が絶品ね」
「ありがとうございます。皇女に気に入っていただけたと知ったら、父は涙を流して喜びますわ」
「ところでララ様、アーロン殿下へのプレゼントは出来上がりましたか?」
アンナはララのカップにお茶を注ぎながら聞く。
「ええ、昨日お父様の執事に渡しておいたわ。王様と王妃様への贈り物の精霊石と一緒にね。アンナの分も渡しておいたわ」
ララがそう言うと、アンナが微笑む。
「でも、アンナの刺繍の方が綺麗だから、殿下はアンナの方を気に入るかもしれないわ」
ララの言葉にアンナが慌てて否定する。
「そ、そんな事は、ありませんよ」
アンナの様子をみてララが意地悪く笑う。
「クスクス、冗談よ。それにどちらでもいいわ、殿下に喜んで頂けたら」
アーロンというのは、ララの婚約者だ。
隣国、エルドランド王国の第二王子で、ララが18才になったら結婚する予定になっている。
ララの父ウィリアム皇帝は、側室を持たず子供はララしかいない。
故にララは帝国の次期皇帝だ。結婚後、アーロン王子はサルドバルド帝国の皇室の一員になり、ララを夫としてサポートする事になっている。
今はお互い離れた場所に住んでいるので、まだ数えるほどしか会っていない相手だが、アーロンは容姿もよく紳士的で優しいので、ララはそれなりに好印象を持っていた。
今年、エルドランド王国の国王就任30周年の祝賀イベントがあり、それに各国の王が招待されていて、皇帝ウィリアムも参列する予定だ。
ララは今回、留守番する事になっていて行けないが、未来の家族へのお祝いの品を持って行って貰おうと、アンナとプレゼントを準備したのだ。
アンナはララを穏やかな表情で見ながら言う。
「アーロン殿下はララ様との婚姻の為、現在は帝国の法律や文化を勉強なさっているとか……、とても勤勉で誠実な方と言う噂です。素敵ですね」
アンナの言葉に、ララは少し顔を赤くし微笑んだ。
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