第10話 祭りの終焉

 三日間のお祭り騒ぎが終わり、賓客たちが帰っていく。

 街も後片付けが始まったようだ。


 ララはアーロンとリビングでお茶を飲んでいた。


「アーロン殿下のお心遣いのおかげで、本当に楽しめましたわ。ありがとうございます」


「いや、僕は何もしていないよ。我々の方こそ君が居てくれて楽しい祝賀イベントになったよ」

 アーロンはララを優しく見つめながら言う。ララは少し頬を赤くしながら照れ隠しに紅茶を一口飲み、そしてカップをソーサーに戻した。


「でもそろそろ、私達も帰らなければいけません」

 ララは残念そうな様子で言う。


 その言葉を聞いたアーロンはアンナを見た。

 ララはアーロンがアンナに視線を持って行った意味が分からず、少し頭を傾ける。


 アーロンとアンナは目で何かを語り、頷きあう。そしてアーロンがララの方に向いた。


 いつになく真剣なその瞳に、ララが不安な気持ちになる。


 アーロンがララを見つめて口を開いた。

「ララ皇女、君はもう。ここで僕と暮らすんだ」


「え?」

 アーロンの言葉を聞き、ララの顔が驚きの表情に変わる。


「一体何を……言っているの?」

 本当に訳が分からない、ララはそういう顔でアーロンを見て、それからアンナを見る。


「サルドバルドの皇帝より、親書を受け取った。サルドバルドの情勢が落ち着くまで、君をここで預かって欲しいという内容だった」

「情勢が落ち着くまでって……どういうこと?」

 ララは頭が真っ白になるような感覚に襲われる。


「これは皇帝が君に宛てた手紙だ。君が帝国に帰ると言ったら見せるようにと……」

 アーロンは手紙をそっとララの前に差し出す。


 ララは手紙を手に取り、封を開け中の紙を開き見た。


「これは、……間違いなくお父様の字」

 ララは、手紙の内容に目を通す。



 親愛なる我が娘 ララ

 突然の事で驚いているだろうが、今、お前がサルドバルドに戻るのは非常に危険だ。

 だから、落ち着くまでアーロン殿の元で過ごしてほしい。

 アンナやアーロン殿には既に事情を話しているが、サルドバルドは今、クーデターが起きる可能性が高くなっている。

 今まではなんとか均衡を保っていたが、どうやら敵側は動き始めたようで、直接私を暗殺しようと狙い始めた。

 もしお前がサルトバルドに戻ってくれば、お前までが危険にさらされる事になるだろう。

 だからララ、今はアーロン殿の元にとどまってくれ。

 全てを片付けたら、必ず、迎えに行く。

          ウィリアム=ハイムズ



 手紙の最後のサインを見て、ララは涙が出てきた。

「一体これはどういう事? 私は何も聞いてない……」


「君に心配をかけないよう、皇帝は口止めをしていたらしい」

 戸惑うララにアーロンが優しく言う。


「お父様を暗殺しようとしてる者がいるなんて信じられない、もしかして、ヘンリーが言っていた事は本当の事だったの!?」

 ララはアンナを見た。

「アンナ! どうして言ってくれなかったの? 知っていたら絶対にお父様の傍を離れたりしなかったのに!」


「ララ様、陛下は……ララ様がそうおっしゃられることを見越して、隠すよう命じられました。そしてギリギリまで知らせないでいて欲しいと」

「どうして!」

 アンナの言葉を聞き、ララは少しイライラして叫ぶ。


「君を守る為だよ。君に憂いない笑顔でいてほしいからだ、分かるだろうララ」

 最後はアーロンが諭すように言った。ララはぐっと押し黙る。


「ララ、陛下が君を思う気持ち、わかるよね?」

 アーロンは小さな子供に言うように優しく言う。


 ララは、ばっと立ち上がった。

「部屋で休みます!」

 そう言い、くるりと身を翻し歩き始める。


 アンナがついて行こうとするとララが叫ぶ。

「アンナは来ないで! 一人になりたいの!」


 アンナは酷く悲しい顔になって、立ち止まった。


 少し離れたところで控えていたセイラが、ささっと出てきて、アンナの顔をみて頷き、ララについて行く。


 アンナは寂しそうにララ達を見送った。

「大丈夫だよ、アンナ嬢」

 アーロンがアンナに優しく言う。

「ララ皇女は今は混乱しているが、落ち着けばわかってくれるさ」



「セイラも知ってたの!?」

 廊下を歩きながら、後ろを付いて来るセイラにララが聞く。

「ここに来る道中で聞きました」

 セイラがそう答えるとララは「ついてこないで!」と言い、速足になる。


 セイラは困った顔をしたが、少し距離を開けて後ろからついて歩いた。



 ~~*~~


 ララの護衛騎士団の隊長を務めるジュード=モハンは、アーロンの前に膝をついていた。


「はい、私も出発前夜に皇帝からお話を聞かされております。陛下には声がかかるまでは通常の任務を遂行し、その後は、アーロン殿下とララ皇女に相談しながら任務にあたるように命令を受けております」

「そうだったのね」

 アーロンの横に立つアンナがつぶやいた。


「はい。陛下から伯爵令嬢には伝えるが、事態が進むまでは知らぬふりをしろと言われておりましたので、すみません」


「いや、皇帝もいろいろ考えられたのだろう。もしかして、護衛の中にスパイが混ざっている可能性とか」

 アーロンが考えるように言う。

「はい。私も念の為、今まで注意して見てきましたが、恐らくスパイに関しては問題ないとおもいます」

「そうか、なら、君たちはこのまま、ララ皇女の護衛騎士を務めてくれ」

「はい、喜んで!」



 ~~*~~


 ララは部屋でベッドに寝転び考えていた。

 どうやって、サルドバルドに帰るかをだ。


 危険な状況の帝国に父をひとり残しておく事など出来ない、ララはそう考えていた。


 それに戻ってちゃんと自分の目て色々と確認したかった。

 帝国がケール地区の人達に対して酷い扱いをしているなど、ララにはどうしても考えられなかったからだ。


 歴史の教師はいつも皇帝を慈悲深いと褒め称えていたし、帝国は奴隷を認めていないのに、噂にあるような事は有り得ないと、そう思った。


 戻ってそれを証明し、もし本当にケールの人達が父を狙っているのなら、説明して分かってもらわなければ……


 とにかく、今は、早くサルドバルドに戻らなければ行けない。

 しかし、単純に帰りたいと訴えて、果たして聞いてもらえるかどうか。


 ひとりで帰る自信はないし、ララは、どうすればよいかと考えあぐねていた。


 ララはため息をつく。

 ララは、何も知らずにはしゃいで喜んでいた自分に対し、湧き上がってくる苛立ちを抑えられずにいた。


 絶対に帰らないといけない

 たとえ皆に反対されても


 一人ででも私はサルドバルドに帰るわ!



 ~~*~~


 次の朝、朝食の場で、ララは何の前触れも無くいきなり言った。

「やっぱり、私はサルドバルドに帰るべきだと思うの」


 一緒に食事をしていたアーロンとアンナ、そして横に控えて立っているリタとセイラとジュードがララを見る。


「私たちがここに居る理由はなに?」

 ララはジュードとセイラの顔を見る。


「あなた方騎士は、何のために私を守るの?」

 ジュードとセイラが顔を見合わせる。


「何の役にも立たない皇女の為? しかも危険のない安全な場所で? それって、意味があるの?」

 ララは二人を見つめて言う。


「あなた方は騎士。あなた方が私達を守るのは、私たちが帝国の為、民の為にだと思うからでしょう? こんな所でぬくぬくと過ごす人間を守る意味はある? 戻ってお父様を守るべきよ!」


 最後は、少し大きな声で、ララは言い、そして、ララはアンナを見る。

「アンナ、アンナは私の親友よね? アンナは親友の私に何もできないでいてほしいの?」

「ララ様」

 アンナは少し驚いた顔をララに向けた。


 ララはアンナから視線を外し、今度はアーロンを見る。

「アーロン殿下、このままでは、私は皇女ではなくなってしまうかもしれません」

「何を言い出すんだ、ララ」


「もし、本当にクーデターが起きてお父様が倒れたら、政権はひっくり返ります。私は、皇女ではなくなる。皇女でもなんでもない、亡国の女との結婚を、アーロン殿下の側近たちは認めてくれますか?」


「それは……大丈夫。認めさせる」

 少し言い淀んだが、最後には強い口調でアーロンが言う。


「わたくしは、認められません」

 ララはアーロンにまっすぐな瞳を向けた。


「我が国を……父をのことを!」

 キッパリと言い放ったララのこの一言は、この場の温度を一気に下げた


「もし父を見捨てるなら、私にとってはです! それは例え護衛騎士であっても……父を見捨てた人はみんな、私にとってはです!」

 ララの言葉に、全員凍りついたようにしばらく固まったようになった。

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