第9話 嫌な噂
ふたりがパーティ会場に着くと、会場がざわめいた。
あちらこちらで、サルドバルドの至宝という言葉が聞こえてきて、ララは照れる。
ララはアーロンにエスコートされ、先ずは、エルドランドの王と王妃の座る席に行き挨拶をした。
「サルドバルドの皇女ララが、エルドランドの王様と王妃様にご挨拶いたします。在位30周年、誠におめでとうございます」
「久しぶりだな、ララ皇女。本当に美しく成長したね」
「あ、ありがとうございます」
ララは少し緊張した様子で可愛い笑みを見せる。それを見て王妃も微笑んだ。
「ララ様、何が不便な事があればすぐに私に言って下さいね。私には娘がいないでしょ?あなたが来て下さって本当に嬉しいのよ」
「ありがとうございます、王妃様」
アーロンとララがダンスを始めると、皆が二人を見ているようだった。
アンナも微笑みながらララを見ている。
ダンスを終えて、ララとアーロンが笑い合いながらアンナの方に戻って来た。
「ダンスは久しぶりで、楽しいわ!」
ララがそう言うと、アンナは飲み物をララに渡しながら微笑む。
「サルドバルドでは、ここ暫く大きなパーティーは開催されてませんものね」
アンナがそう言うと、アーロンがアンナを見た。
「では、アンナ嬢も一曲いかがですか?」
「え? 殿下と私がですか?」
「ええ、是非」
「行ってきなさいよ、アンナ! いい運動になってよ」
「は……い」
アンナはララにも言われて断れず、顔を赤らめながらアーロンに手を引かれてダンスを始めた。
ララは、少し頬を赤らめ楽しそうな表情でアーロンと踊るアンナを見る。アンナが本当に楽しそうで、見てるララも気分が良かった。
「こんばんは、サルドバルドの至宝」
突然、後ろから声をかけられ笑顔でララが振り向く。
しかし、声をかけてきた男の顔を見たララは一瞬で笑みを消し、はぁと溜め息をついた。
しかし、すぐに、ため息など無かったように作り笑いを浮かべる。
「ヘンリー殿下、お久しぶりね。パーティー嫌いの貴方とここで会えるとは思いませんでしたわ」
「奇遇だね、俺もまさかここで
ヘンリーはニヤっと笑って言う。
この男の名は、ヘンリー=ウォルター。
コタール王国の第一王子だ。
ララの父の姉がコタール王に嫁ぎ産んだ王子で、つまりララの
ララはヘンリーが苦手だった。
ヘンリーは、同じ従兄弟でもマルタン公爵令息のジェームスとは全然違っていた。
ララと年が3歳半しか離れていないからか、ヘンリーはジェームスのようにララを紳士的には扱わない。
ヘンリーはまるでガキ大将のようで、ララには幼い頃にヘンリーから意地悪をされた思い出しかないのだ。
あれは、ララが5才になってすぐの頃……
「お前の髪は大聖女の叔母様のように真っ直ぐじゃ無いんだな、きっと心に歪みがあるんだ! 俺が直してやる!」
などと言い、ヘンリーはララの髪の毛を思いっきり引っ張った。
ララは大泣きし、ヘンリーはその後、母親にこっぴどく怒られたのだった。
あれ以来ララは、ほんの少し癖がある自分の髪が嫌でたまらなくなった。
「ヘンリーは、あなたの事が可愛いから、そういう事をするのよ。あなたの髪は私よりずっと素敵なのに、泣かないの」
ララの母ミラは、髪の毛と心は関係ないと教えてくれたが、この時に言われた「髪が歪んでるから心が歪んでる」という言葉はララの心にずっと重く残っている。
ヘンリーを前に、ララの手が無意識に自分の髪に行く。
「相変わらず、髪を気にするんだな」
つまらない事を気にしてると、ヘンリーは笑う。ララは誰のせいだと思っているのよと、心の中で言い返す。
「どうして貴方が来たの? 王太子である第二王子はどうなさったの?」
少し嫌味っぽくララが言うと、少しだけヘンリーがムッとする。
ヘンリーは、第一王子でありながら王太子ではない。既に公爵に封じられていて、現在は第二王子が王太子になっていた。
「王太子は忙しいんだよ」
「成る程、そうでしょうね。だから……暇な人が来たのね」
ララの言い方に、ヘンリーは少しむかっとしたが気持ちを抑え、真面目な顔になってでララを見た。
「ララ、そんな事より、ちょっと聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「ああ、サルドバルドの例の噂の事だ。一体、サルドバルドはどうなっているんだ」
ヘンリーは、少し声を落としてララの耳元で言う。
ララは、キョトンとした顔をヘンリーに向けた。
「おや、そうきますか」
ヘンリーは、嬉しそうに微笑む。
「なかなかの演技力を身に着けたんだな、ララ」
「……」
ヘンリーは何の事を言っているのだろう?
ララは微笑みながら心の中で首を傾げる。
ウワサ? ……うわさ……何のことかしら?
ここは、知った顔をすべき?
それとも正直に知らないと言うべきかしら?
でも、また、からかわれるのも嫌だし。
ララは笑みを浮かべたままで、悩む。
そんなララを見てヘンリーはララに近づき、耳元で小さな声を出す。
「数年前に滅ぼした亡国の民をドレイ同然に扱い、帝国は随分と恨みを買っているとか」
「……」
ララは、一瞬眉を上げたが、すぐに顔に笑みを貼り付け直す。
「ヘンリー公爵はご存じないようですが、サルドバルドの皇帝は慈悲深いお方です。ケール地方は自治区として彼らの文化を尊重されていますわ。そんな皇帝が恨みを買うなどと……何かの物語を本気にされたのかしら」
ララは父の悪口を言われたと思い、気分が悪かった。それに、ララの方もコタール王国については言いたい事がある。
「だいたい、大陸で唯一まだ奴隷制を廃止していないコタール国の王子が言うことかしら」
「廃止に向けて動いてるのに、お前らが奴隷を送って来るんだろうか」
ヘンリーは相変わらずの口の悪さで言い返してくる。
ヘンリーはこの性格のせいで、第一王子でありながら王太子の座を第二王子に持って行かれたと言われている。個人的にララはこのウワサは本当の事だろうと納得している。
「今のサルドバルドは、ケール地方で獣人族を狩って首輪をつけて奴隷にするそうじゃないか。紳士は獣人族の若く美しい娘を、貴婦人は獣人族のたくましく美しい男を飼うのが流行っていると聞くがな」
!!
ヘンリーの言葉にララの表情から完全に笑みが消えた。
「失礼な! 誰がそのような戯言を!?」
「戯言?」
ヘンリーは笑い、そしてララを見つめた。
「実際、うちの国に安い値段で獣人族が大量に売られてきて、奴隷商人の景気が良くなって困っている。それに、酷い扱いを受けてた獣人族が帝国の転覆を狙っていると言う噂を知らないのか?」
「知らないわよ、そんなデタラメな噂! あるわけないでしょ!」
「喧嘩はおやめください!」
アンナの声だ。
ララとヘンリーの様子を見て、アンナとアーロンが慌ててララの所に戻って来たのだ。
「全く、子供の頃からお二人ときたら」
呆れたようにアンナが言う。
ヘンリーはアンナを見る。
「俺じゃあないぞ、こいつがいつも先に怒り出すんだからな」
「怒らせるのはあなたでしょ?」
ララも負けずに言う。
「もう、やめてくださいって」
アンナは困った顔になる。
「とにかく、奴隷の件、何とかしろよな。あと……アンナ伯爵令嬢!」
「は、はい?」
「いい加減、こいつを甘やかすのはやめろよ、世間知らず過ぎるぞ! それから、ララお前もだ! 今のままだと、脳天気なまま殺されるか、お人形さんにされるかだからな!」
ヘンリーはそう言い放ちその場を去った。
ララは怒りせいで目が吊り上がっている。
「一体、彼となにが?」
アーロンが驚いて聞く。アンナは困った様子で答える。
「兄弟喧嘩のようなものです。顔を合わせると喧嘩すると言うか……」
「そうなんだ、仲が良すぎるんだね」
アーロンは納得したように言う。
アーロンの言葉を聞いて、ララは首をブンブン振った。
「仲良くなんか無いですわ! ヘンリーはとにかく意地悪で、今だって、殺されるだの、お人形さんだの失礼な事を言うし、サルドバルドがケール地区の人たちに酷いことをして恨まれているなんて嘘まで!」
ララの言葉を聞き、アーロンとアンナが顔を見合わせる。
「一体どこでそんな噂が流れているのかしら」
ララはイライラした様子で言う。
アンナは作り笑いを浮かべて言った。
「気にすることはございません、きっと作り話ですから」
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