第10話 洗礼の儀

 洗礼の儀が行われる前日の夕方、ドワーフの造った衣装が届けられた。

 それは縫い目のないキトン風のドレスで、真っ白でゆったりとした衣装だった。

 

 こんなにゆったりとした衣装なら、適当な採寸でよかったのでは?

 ララは採寸の時、とても疲れた事を思い出しそんな事を考える。


「いよいよ明日ですね」

 アンナがララに声をかけた。

「ええ。さすがに緊張するわね。皆の期待に応えられるか本当に心配」

 ララがそう言うとリタが微笑む。


「聖女じゃなかったとしても問題ありませんよ、みんなそう言っていたでしょ?」

 リタはララに優しく微笑んで言う。

「それに、”どんな人間でも価値がある”、……あの本にもそう書いてありましたわ」


「そうね、それを忘れてはいけないのだったわ」

 ララはそう言ってリタに微笑み返した。



 ~~*~~ 


 洗礼の儀式の日がやって来た。


 ドルト共和国の首都の空は青々と澄みきっている。

 そしてそんな空の下、朝から神殿の鐘が鳴り響いていた。

 

 この鐘は、聖女級の精霊使い誕生の可能性をドルトの聖職者たちに知らしめる合図の鐘だそうで、洗礼の儀式の慣習の一つらしい。

  

 

 はあ……

 聖女級の精霊使いになるいう予測はほとんど外れることが無いとは聞いているけれど……

 こんなに鐘を鳴らしまくって、もし聖女級の精霊使いじゃなかったらどう責任取るつもりなのかしら?


 鐘の音を聞きながら控室で儀式の支度をするララは、心の中でそんな事を呟く。皆の期待の大きさに、ララは相当なプレッシャーを感じていた。

 

 

 この鐘の音が響くと、ドルト共和国の首都に住む人々はこぞって神殿の庭に集まって来る。

 聖女誕生を期待し、皆お祭り騒ぎで集まってくるのだ。


「聖女級といえば、ほとんどが有力な家門のご令嬢たけど、今日洗礼を受けられるのは、どちらの方だろう?」

「いつもなら、かなり前から噂が流れるけど、今回は突然だったわね……」

「コタールの伯爵家の令嬢じゃないか? 噂では奥方は精霊力が強く血筋の良い人だって言うじゃないか」

「いやぁ、エルドランドの侯爵家の令息という可能性もあるぞ! 大司教を代々輩出している家系だからな」


 一体誰が洗礼を受けるのか、皆、興味深々のようで、口々に自分の推理を披露し合っている。



「出て来られたぞ!」


 控え室の建屋から、神殿の洗礼のに続く渡り廊下に体全体を覆うローブをまとったララと従者達が姿を現すと、群衆からは歓声のような声があがり、皆が一目見ようと渡り廊下のまわりに集まって来た。


「うわあ、綺麗な方!」

「おお! み、見ろ、先導しているのは聖獣じゃないか!?」

「本当だ! 小さいけど、2匹も!」

「聖獣に連れられて神殿に入る方なんて初めて見たわ!」

「従者の方々も、凛とされていて皆とても美しい方々ばかりね」

「ちょ、ちょっと、あ、あれってコタールの王子様じゃない? それにエルドランドの王子様も!」

「本当だ! 王子様方を従者にするなんて! 一体何者なんだ!?」

 一人の男性がハッとして何かに気付くような表情になる。

「……サルドバルドの至宝?」

 その言葉に皆がハッとなった。

「そうだ、サルドバルドの皇女だ! あの聖獣や、従者の顔ぶれ……間違いない!」

 おおおっと、大きなざわめきが起きた。

「ララ様! ララ皇女様!」

「なんて綺麗なお方なんだ! さすがはサルドバルドの至宝!」

 皆は口々にララの名を呼び称え始める。


 民の歓声の中を歩くことに慣れているララ達は、皆の発する言葉には気にも留めず、皆の前をゆっくり歩いて洗礼塔に入った。


 ララ達は、薄暗い明かりが灯っている下り気味の廊下を進んで洗礼の間に出る。

 その場所は、外の喧騒とは切り離された厳かな空間だった。

 サーっと言う心地よい流れる水の音だけが響いている。


 真正面の壁は岩場になっており、中央には水が優しく流れ落ちてくる滝があった。滝から落ちる水は、滝の下にある小さな泉に流れ込んでいる。

 泉は、中から青い光を放っているように光で満ちていて美しかった。

 

 泉の左側には女神アテラミカ像があり、泉の右側にロバート枢機卿が立っていた。

 そして泉の前には6つの柱に支えられた台があり、その上に形の違う皿のようなものが置かれていた。

 どうやらこれが”鏡の泉”と言う物のようだ。

 

 リタがララのローブを脱がすと、ララに付き添っていた者達はララから離れ、左右に分かれてララを見守る。

 

 ララは一人で前に向かって歩き、腰の掛けた袋から順にアイテムを取り出し、6つの水を張った皿の中に祝詞を唱えながら置いて行く。


 バラ、蓮、榊、翡翠の勾玉、鏡、水晶玉


 間違えることなく全てを置き終わると、ララはホッとする。


 それからララは女神アテラミカ像の前に進み、祝詞を唱えた。

 祝詞を唱え終わると、お布施の袋を女神アテラミカ像の台の上にそっと置き、ロバート枢機卿の方を向いてロバート枢機卿の前に進んだ。


「壮観な立会人達だね」

 ロバートが微笑みながら言う。

「大陸の全王室の王子達が揃っているなんて、初めてじゃないかな」


 ロバートにそう言われてララは振り返る。

 アーロンとヘンリー、そしてエイドリアンが優しい微笑みをララに向け立っていた。ララは少し嬉しくなって微笑む。

 

「よろしくお願いいたします、ロバート枢機卿」

 ララはそう言い、枢機卿に儀式用の精霊石を渡す。

  

「さあ、始めよう、……誰が付き添いを?」

 ロバートがそう言うと、エイドリアンが前に出た。

「私が……」

「では、こちらに」

 エイドリアンはロバートに手招きされ、ロバートの前まで進む。


「元ケール王国の第一王子のエイドリアン、汝に祝福を」

 ロバートはそう言い、エイドリアンの額に軽く触れた。

 そしてその後、ロバートはララの前に立ち、何か呪文のような言葉を小さな声で呟きながらララの右肩、左肩、首、唇、額に軽く触れていく。


「では、泉の中に」

 枢機卿がそう言うと、エイドリアンが先に泉に入りララに手を伸ばす。

 ララはエイドリアンの手を取り、エイドリアンに泉の中に導かれた。

 ふたりが泉の真ん中辺りまで進むと、水位がララの胸の下辺りまでになる。


 エイドリアンはララの身体を支えながら、ララを仰向けにして水に浮かべた。


 ロバートは先ほどララから受け取った精霊石を女神アテラミカ像に向けて掲げ、呪文のようなものを唱え力を込め始めた。


 少しずつ精霊石が光を放ち始め、その光が強くなる。

 ロバートは呪文を唱えながら泉の方に足を向け、最後の呪文を唱えた後、精霊石を泉に落とした―――

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