第9話  聖獣、目覚める

 ララの額からは汗が滲んでいた。

 ララは今、自分が持てる力の全てを精霊封じの宝石に向けていた。


 しかし、宝石には何の変化も見られない。


 どうしよう、このままではアーロン殿下を助けられず、アーロン殿下が殺されてしまうかもしれない。

 そんな事になったら、それは私のせいだ!


 ララは必死だった。

 もうこれに頼るしか方法が思い浮かばない。これしかないのだ。


 ララは、涙目になりながら、箱の中から赤い宝石を掴み取った。

 そして、胸に抱くようにして祈る。


 リリアンヌも一生懸命のララを見ていられず、宝石を持つララの手を包み込むように自分の手を持って行き、ララと一緒に祈る。


 お願いです。どうか目を覚まして、助けてください!



 ぱあぁぁぁぁぁぁ


 突然赤い宝石から、赤い光の筋が何本も伸び始めた。

 そして、何本もの光の筋は集まり重なって更に強い光になる。


 まぶしいっ


 ララがそう思うと同時に、毛むくじゃらな何かがララの手からこぼれ落ちるように床に落ち、ゴロンゴロンと転がった。


 それは、子犬のようだった。

 子犬の様な、丸くて毛むくじゃらな動物は、ゴロンゴロンと転がり、柱にぶつかり止まった。


 ”い、いてててて……”


 子犬の様な動物は、短い後ろ足を広げた状態で、ぶつかった柱にもたれかかって座るような体制で止まっていた。転がって頭を打ったのか、短い両方の前足で頭を隠すように覆って痛そうにしている。

 そして声では無い意識をララに飛ばして来た。


 "ちゃんと支えてよ! 痛いじゃないか!"


 ララとリリアンヌは、呆然としてその動物を見つめる。


 "力技で無理やり起こしよってからに!"


 この、可愛いが、聖獣?

 ララが心の中で呟いた。


 "わんちゃん!?"

 聖獣は叫ぶ。聖獣にララの心の声が聞こえたらしい。

 ララとリリアンヌは顔を見合わせた。

 多分リリアンヌも同じことを思っていたのだろう。


 "われは、フェンリル!とはなんだ、とは!"


 どこからどう見ても可愛い子犬にしか見えないそれは起き上がろうとしているのか両手足をバタバタ動かしながら叫んでいる。

 その声は、リリアンヌにもちゃんと聞こえているようだった。


「あ、ごめんなさい、あまりにも可愛いくて」

 ララは、転がって起き上がれないでいるフェンリルを抱き上げた。


 "?可愛いのではない!われはカッコイイんだ!"

 その子犬のようなモノはララの腕の中に収まりながら叫んでいる。

「えっと、あ、そうね、ごめんなさい」

 ララは戸惑いながらあやす様に言う。


 "ったく、力もないのに無理やり起こすから、おかげでパワーが足りずこの有様だ!"

 どうも子犬の姿である事を言っているようだ。気に入らないらしい。


 ララの方も、昔、母に見せてもらった大きくて立派な聖獣が出てくると思っていたのに、可愛い子犬が出てきて、少しガッカリしている。


「まあ、一応聖獣のようですから……お願いしてみたらいかがでしょう?」

 リリアンヌはララの心を察したように、ララにそう言った。

 そう言うリリアンヌ自身もがっかりした様子を隠しきれていない。


 "一応!? なんて無礼な聖女だ!"

 子犬のような聖獣はまた文句を言っているが、それでも呼びかけに応じてくれた聖獣ではある。

 ララはリリアンヌが言うようにお願いをしてみることにした。


「あの、えっと、な、なんと呼べばいいのかしら?お名前は?」


 ララが名を聖獣に聞くと、聖獣は誇らしげに胸を張った。

 ”おお、おぬしのお母上は、われをチョビと呼んでおったわ”


「……チョビ、ですか」

 なんとも頼りなさそうな聖獣だとララとリリアンヌは一層不安になる。


「あのう、チョビ、貴方は、空を飛べますか?」

 不安な様子で、恐る恐るララが訊いてみる。


 ”当たり前だろう”

 何を聞くのだと言う風にチョビが答えると、ララは少しほっとする。


「では、お願いがあります。今すぐ、アーロン殿下を助けに行って欲しいのです!」

 ララがそう言うと、チョビは首を斜め横に傾ける。

 ララはその様子を見て、可愛すぎる、と思わず心の中で呟いた。


 ”アーロンとは、お主の婚約者の少年だったな。今は、きっと大きくなっているのだろう”

 チョビは昔を懐かしむように言う。


「はい。そのアーロンが狙われているんです!お願いします、助けて下さい!今すぐに!」


 ”今、すぐ???”


「こうしてる間にも、アーロンは襲われてしまうかもしれないんです!」


 ”は今起きたばかりなのに? ……何と聖獣使いが荒いんだ。そんなんじゃ、立派な大聖女になれないぞ”

 急にチョビの言葉遣いが変わった。突然のお願いごとに驚いて、威厳を出そうと頑張っていたメッキが剝がれかけているようだ。


「そんな事を言ってる場合じゃないんです! もう、この方法しかないの、お願いします!」

 ララはすがるように、チョビを見て必死で頼んだ。


 ”……”

 聖獣のチョビは何やら少し考えてから、ピョンと供物をおく台の上に飛び乗った。

 ”……条件がある”

 重々しい雰囲気でチョビが言う。


「な、なんですか? 私に出来ることなら何でもします!」


 ”よし、じゃあ、僕がもどったら、美味しいケーキを10人分と、抱っこだ!”


「……は……い? ………? ……ですか?」

 予想外の要求にララは混乱したように聞き返す。


 ”なんだよ、ミラは仕事の後は必ず膝の上に乗せてくれて、なぜなぜ一杯してくれたぞ?”


「そう……なの? まあ、わかったわ……とにかく今は早く助けに行って!」

 ”OK、約束したからね! じゃあ、窓は?”

 チョビはキョロキョロとする。


「あ、ああ、そうね」

 ララが動こうとしたが先にリリアンヌが動いていた。

 リリアンヌは神殿の小さな窓を開ける。


 ”では行って来るよ………”

 と言い、チョビは宙に浮いて行きかけて振り返る。

 ”あ、で? 奴は今どこにいるのだ?”

 

「エルドランド王国からサルドバルドに向かっている途中なの、今は国境近くまで来ているはず」

 ”わかった、大丈夫、方角さえ分かれば探せる、では、行って来る”

 そう言って、チョビは窓から抜けて飛んで行った。


 ララとリリアンヌはそれを見送る。


 お母さまの聖獣って、あんなのだったっけ?


 ララとリリアンヌは少し不安な気持ちになりながら、残りの二つの宝石を見た。


「ララ様、これらはもうララ様がお持ちください」

 リリアンヌが言う。

「そこに眠る聖獣たちはララ様にミラ様が遺されたものですから」


 ララは頷き、緑と青の宝石を掴みあげる。

 リリアンヌはララに自分の腰につけていた小さな袋を取って渡す。


「これをお使いください。首からかけて服の下に入れておけば安全に持ち運べます」

「ええ、ありがとうリリアンヌ」

 ララはリリアンヌに言われたように宝石を袋に入れてそれを首にかける。


「リリアンヌ、あなたはもう今夜は眠ってください。今夜私達に出来ることはもうありません」


「しかし、ララ様」

「大丈夫です。何か動きがあれば、必ず起こしに行きますから」

「それなら私が起きて……」

 リリアンヌは心配そうな顔でララを見る。


「あなたは明日もお勤めがあるわ。マルタン公爵に気付かれないようになるべくいつもと同じフリをしなきゃいけないし」


「わかりました……何かあれば必ず起こしてくださいね、ララ様」

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