第10話 長い夜の始まり
「あ! あれは、聖獣だ!」
ララの女護衛騎士のセイラが空を仰ぎ見て叫んだ。彼女は上級巫女クラスの術者なので聖獣には詳しいし、気配を感じる事も出来た。
セイラの言葉で、皆も一斉に空を見ると、まるで流星のようなものが空を横断するように走り、すぐに見えなくなった。
エイドリアン達一行は王都まで来ていた。
街はずれの宿に馬を預け、ララをどうやって宮殿から助け出すか思案しながら歩き始めたところで、セイラがいきなり空を見上げて声を上げたのだった。
「あの聖獣はミラ様の聖獣と同じ気配がした。ミラ様が亡くなった時に眠りに着いたと聞いていたが、どうして放たれたんだ?」
セイラが首をかしげる。
「もしかして皇女に何かあったのでは?」
元近衛騎士団の団長で、ララの護衛騎士のジュードが心配そうな顔をした。
エイドリアンは二人の話を聞き、危機感を募らせる。
「早くララ皇女を城から出さないと……」
エイドリアンはそう言いミドルバを見る。
「宮殿なら抜け穴の一つや二つあるだろう? 知らないのか?」
エイドリアンがそう言うとミドルバは考えるような顔をする。
「昔、皇帝と皇后、そして皇太子の3人だけが知る抜け穴があるという噂を聞いた事はあるが、我々近衛に教えられている抜け穴のルートは1つだけだ」
ミドルバがそう言うと、ジュードがミドルバの顔を見る。
「ええ、皇帝を外に逃がすため、近衛に教えられている抜け穴はありますが、どこまでの人間にそれを知らせているのかは分かりません。マルタン公爵も皇族の1人ですし、教えられている可能性もある。だから、既に警戒されている可能性もあります」
ジュードの言葉にミドルバが頷く。
「危険かもしれないが……どうする?」
ミドルバがエイドリアンの顔を見て聞く。
「……行くしかないだろう」
エイドリアンの言葉に全員が頷いた。
ジュードの案内で一行は抜け穴の出口がある場所に向かった。
街のあちこちの飲み屋から男たちの楽しそうな笑い声が聞こえる中、一行は人に紛れるように夜の街を歩き進む。
帝都には皇帝の喪に服すようにとの命令が出ているが、生活の為には店を閉めてなどいられないのだろう。外に漏れる明かりを少なめにしているが、ほとんどの店が営業を続けている。
そして、そんな飲み屋の中から聞こえてくるのは亡くなった皇帝を悼む言葉と、ララの戴冠式を待ち望むという言葉だった。
ララが街の中を歩いて戻って来たと言う事が、民たちの間では大きな話題になっているようだ。そして、近くで美しいララを見た人達によって、ララ様の戴冠式を早く見たいと言う話が盛り上げられているようだ。
こんな風に、ララが一人歩いて戻った事は、思わぬ効果を発揮しているようだった。
途中、セイラが酔っ払いに絡まれそうになり、ジュードが睨みをきかせて酔っ払い達を追い払うと言う小さなアクシデントはあったが、その他は特に問題もなく進めた。
一行が辿り着いたのは住宅街を流れる川にかけられた石造りの橋の下だった。
この橋は馬車が余裕で対面出来るぐらい幅が広い。
幸い、近くに見張るような兵士の姿はなく特に警戒はされていないようだ。
その抜け穴がある橋の下は、橋の陰になっていて隠れるのには最適な場所だった。
ここなら、人に見られることなく抜け穴を開き出入り出来そうだ。
月の光が届き難く暗がりになっているので、エイドリアンが両方の
「術を使えるんですか?」
光を見てジュードが驚いて言う。
「少しぐらいなら」
エイドリアンが答えるとジュードは、さすがは元王族、と呟く。
ジュードはエイドリアンの明かりを頼りに、積み上げられた石垣部分を両手で探るように触り、位置を確認した。
そしてジュードは一旦手を離す。目的の石を見つけたようだった。
ジュードはそれから、そこにあるいくつかの石を順に押すように触る。
7回その動作を行ったとき石垣が動いた。
石垣はゴゴゴと小さな音を立てて、ゆっくりと内側に引き込まれていき、通路が開く。
「全員で行くと見つかりやすい、人数を絞ろう」
ミドルバがそう言うと皆が頷く。
ジュードがすぐに手を上げた。
「案内が必要だろう、私は行く」
ジュードの言葉にミドルバが頷いた。
「わたしも行きます。女の私が居た方が良い事もあるでしょう」
セイラがそう言うと、ジュードが頷いた。
「俺も行く。護衛が多い方が良いだろうし、地下通路には明かりも必要だろ?」
そう言ったのはエイドリアンだった。
ミドルバが頷き、みなの顔を見る。
「では、後は残ってここで待つことに……」
「いえ、将軍達はリンドル伯爵のタウンハウスに先に行ってください」
ジュードがミドルバの言葉を遮って言う。
リンドル伯爵のタウンハウス、つまりアンナの実家だ。
アンナは父であるリンドル伯爵に手紙を出し、ララを宮殿から逃がした後、リンドル伯爵邸で匿うように依頼していた。
アンナの父であるリンドル伯爵は商売人で官職には着いていないが、実は裏で皇帝からの密命を受けて動く皇帝の腹心の1人だった。
元々、そう言う経緯もあって、アンナがララの侍女として選ばれたのだ。
きっと、リンドル伯爵邸では今、ララを受け入れ、警護する為の準備でバタバタしてる事だろう。
ジュードはミドルバを見て続ける。
「中に入ってから、どうなるか分かりません。我々がこの場所に戻れるかも分からない……もしかしたらと言うこともあります、ここに居ては危険です。次の機会を狙う事も考慮して、将軍は一旦、安全な場所で待機していてください」
ジュードがそう言うと、ミドルバはジュードを見つめ、そして「わかった」と言った。
それから、ジュードとセイラ、そしてエイドリアンの3人は抜け穴に入り、長い通路を通って、宮殿に向かった。
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